第三十二話「納屋の中にいたもの」
「……気のせいかな?」
ふと、背後に視線を感じて振り返った。しかし、そこには何もいない。納屋の中は静まり返っていて、風の音だけが微かに響いていた。
「鼠か何かいるのかもな……」
この納屋の古さを考えれば、小動物の一匹や二匹いてもおかしくない。
俺は首を振り、気のせいだと自分に言い聞かせながら、道具探しを再開した。
光の魔法であたりを照らしながら、俺は棚をひとつひとつ確認しながら、手入れ用の道具を探していた。
すると、開けっ放しの扉の向こうから、かすかにロビンの声が聞こえた。
「あれ? ゲズ、ケイスケは一緒じゃないの?」
どうやらそこにはゲズもいたらしい。
「……あ、あ……ロ、ロビンちゃ……」
ゲズの声は遠く、何を言っているのかはっきりとは聞き取れないが、どうやら俺の居場所を教えているようだった。
ロビンは俺を探しているのか。ならば、と俺は声を張ることにした。
「ロビーン! 俺は納屋にいるぞー!」
「……あっ! ケイスケ、わかったー! そっちに行くねー!」
俺の声は届いたらしく、すぐに元気な返事が返ってきた。
しばらくすると、小走りでロビンが納屋の方へ向かってくるのが見えた。その後ろにはゲズの姿もある。
「何やってたの?」
「農具の手入れをしようとしてたんだ」
「ふーん。あ、そうだ。手入れするための道具って、どこにあるかわかる?」
俺がロビンに尋ねると、横からゲズが口を挟んだ。
「て、手入れのど、道具は、お、おくの棚にある、んだ」
「そうなの? ゲズは物知りね」
「お、俺、手入れなら、得意だからな!」
ロビンの言葉に得意げなゲズ。しかし、俺は内心「最初から教えてくれよ」とため息をついた。
それにしても、ゲズの態度は俺に対するものとは明らかに違っていた。やはり、ロビンが村長の娘だからか、やたらと気を遣っているように見える。
言われた場所を探してみると、確かに木箱の中に道具が見つかった。もし俺一人で探していたら、もっと時間がかかっていただろう。
「ところで、ロビンはどうしたんだ?」
「あっ! それがね、あとでお父さんが話したいことがあるんだって。それを伝えに来たの」
「そうなんだ、ありがとう」
「じゃあ、私は行くわ! 二人とも頑張ってね」
「おう」
「お、おう、ま、またね、ロビンちゃん!」
俺とゲズは手を振る。ロビンは小走りで遠ざかり、振り向いてまた手を振った。
「か、かわいい、なあ……」
ゲズがぽつりと呟いた。その言葉は、俺に向けたものではない。
まあ、確かにロビンは元気でかわいいという表現が似合う女の子だ。
特に気にすることもないだろう。
俺はそのまま農具の手入れに向き合うことにした。といっても、ゲズが一緒に作業するわけでも、手入れの仕方を教えるわけでもなかった。
俺のほうには目もくれず、そのままどこかへ歩いて行ってしまうゲズ。
「……おいおい、マジか」
さっきロビンには、如何にも自分が手入れをすると言わんばかりの態度だったというのに。こいつ何もやらないのか?
俺は呆れつつ、ゲズの背中を見送るしかなかった。
そしてため息とともに農具と手入れ道具を見比べる。
「仕方ない。幸い、複雑な構造のものはないみたいだし、やれるとこまではやってみるか」
縄で縛り直して補強したり、釘を打ち直したり――。
俺は黙々と作業を進めた。
やってみると意外と楽しく、ついつい時間を忘れてのめり込んでしまうのだった。
どれくらいの間作業していたのか。
「……これで最後だな」
俺は手入れを終えた農具たちを見下ろし、程よい達成感と疲労感を味わっていた。
破損がひどいものは俺には手のつけようもないが、それ以外はすべて手入れを終えた。
「我ながら頑張ったな!」
立ち上がり、軽く背伸びをして体をほぐす。
そんなとき、ふと、再び背後に視線を感じた。
「……またか?」
俺はゆっくりと納屋の奥のほうへ目を向けた。
薄暗い納屋の中。光魔法で照らさなければ、奥の方は真っ暗だ。
目を凝らす。
その時だった。
薄暗い納屋の隅で、何かが揺らめいた。
──いや、『何か』ではない。
そこには、黒い影のようなものが佇んでいた。
大きさは、はっきりとはわからないが、1メートルもないくらい。
「な……んだ、あれ……?」
俺の心臓が跳ねる。
その影は、人の形をしていた。
けれど、顔もなく、輪郭も曖昧で、実体を持たないように見える。それなのに、確かにそこに『存在』していた。
そして──。
俺の意識に、直接語りかけるように、それは言った。
『……ケイスケ……よく、ない……』
「……え?」
子供ような、高い声だった。
声もそうだが、その声の意味。
「よくない……? どういうことだ?」
思わず声に出して問いかける。しかし、影はそれ以上何も言わず、ゆっくりと霧散するように消えていった。
「……あ」
あの影がもうここにいないことは感覚でわかったが、俺は思わず手を伸ばす。
そのとき、背後から声がした。
「お、お前、終わった、のか?」
振り返ると、まるで作業の様子をどこかで見ていたかのような様子のゲズの姿がそこにはあった。
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