第三十一話「納屋の中」
「君には間違いなく光の魔法の適性がある」
司祭さまはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
「ぜひ、神学校への入学を考えてみてはどうかね?」
予想だにしない勧誘に、俺は少し戸惑った。まさか、たった一度魔法を使えただけでそんな話になるとは。
ここに来てこれから先の、三つ目の選択肢が増えた。
一つ目は、リームさんたちと行商をしながら旅をすること。
二つ目は、このミネラ村で腰を落ち着けて生活すること。
そして三つ目が、神学校に入ること。
まったく、人生は何があるかわからない。とりあえず俺は、神学校についてはもう少し詳しく聞いてみてから考えてみることにした。
すぐに決められることではないし、そもそも俺に合う道なのかもわからない。
そんなことを考えながら、俺たちは教会を後にした。
帰り道、ロビンがふと思い出したように話しかけてきた。
「そういえば、ケイスケはしばらくうちの村にいるの?」
「そう、だな。少なくとも、リームさんが戻ってくるまでの一か月はお世話になりたいと思ってるよ」
リームさんたちとの旅もいいだろう。
しかし、長閑なこの村でこの世界の人の文化にじっくりと触れてみたいと思った。
そしてこの村での暮らしに慣れて、何か役に立てることを探したい。そう考えていた。
「それなら、村の仕事を手伝ってみたら?」
「俺もそう思ってたよ。ただ世話になるだけじゃ申し訳ないしな」
「なら、うちで一緒に生活するのよね?」
「あー……多分、そうなるの、かな?」
まあ流石にいきなり一人暮らしをしろと言われることもないだろう。
いきなりこども一人を預かってくれなんて言われて、受け入れてくれるような余裕のある家なんて、そうそうあるとも思えないし。
「きっとそうよ!」
「そうなんですね!」
リエトがパッと明るい表情になった。姉と同じくらいの年齢に見える俺が一緒に暮らすことが嬉しいのだろう。
「これから刈り入れの時期だから、仕事はいくらでもあるわよ! それで麦の山ができるの! 刈り取った麦の臭いって、私とても好きなのよ!」
そう言って、ロビンも頷く。
「僕たちも手伝います!」
リエトが自慢げに胸を張った。その様子を見て、俺は微笑んだ。こうやって少しずつ、俺の居場所を見つけていけるかもしれない。
――翌朝、リーム夫妻は村を出発した。
「次に会うのは一か月後か……」
俺は、遠ざかっていく二人の後ろ姿を見送った。
そして、その日から俺の村での仕事が始まる。
「オーブリーさん、何か俺に手伝えることはありませんか?」
俺が尋ねると、彼は少し考えてから頷いた。
「では、うちの畑を手伝ってもらおうかな」
「畑仕事ですか、わかりました」
「ちょうどこれから刈り入れの季節でね。助かるよ」
オーブリーさんの家には広い畑がある。そこで育てられているのは小麦だった。
「そうだ、ゲズを紹介しておこう」
ゲズというのは、村で働いている小作人の一人らしい。
「おい、ゲズ!」
オーブリーさんが呼ぶと、少し離れたところで作業していた男が顔を上げ、こちらへ歩いてきた。
「お、おはようございます、だ、旦那」
ゲズは中年の男で、猫背で痩せ型、髪はボサボサ、片目は白く濁っていて見えていないようだった。
お世辞にも容姿がいいとはいえなかった。
「こいつはケイスケ。しばらく村にいるから、仕事をおしえてやってくれ」
「わ、わかりました」
オーブリーさんはそう言って立ち去っていく。残されたのは俺とゲズと呼ばれた男だけ。
目の前の男の様子に少し不安になるも、偏見はよくないと頭を振った。
「つ、ついてこい」
ゲズがぼそぼそとした声でそう言い、俺を手招きする。彼のどもりがちな口調には、なんだかどこか苛立ちを孕んでいるようにも感じられた。
俺は軽く頷き、彼の後について歩き出す。
辿り着いたのは村長宅の裏にある納屋だった。
納屋の扉は古びた木製で、所々が朽ちかけている。ギィ……と軋む音を立てながら開かれると、中の空気がふわりと流れ出し、ほのかな土と草の香りが鼻をくすぐった。
中は思ったより広く、様々な農具や器具が雑多に置かれていた。日の光が隙間から差し込み、舞い上がる埃を照らしている。
梁からは乾いた藁束が吊るされており、壁際には鍬や鎌、鋤といった道具が並んでいた。長年の使用によるものか、刃先には無数の傷が刻まれ、錆びついたものも少なくない。その間には蜘蛛の巣が広がり、まるで時間が止まった空間のようだった。
床には干草が敷き詰められ、籠や袋が無造作に転がっている。奥の棚には木箱が積み重ねられ、梁には保存食らしき干し肉やハーブが縄で吊るされていた。
片隅には大きな台車が置かれている。
ゲズに言われ、鎌や大きなフォークのような農具を台車に乗せ、外に運び出す。
道具を運び出して何をするのだろう? そう思っていたら、ゲズが言った。
「こ、このど……ぐ、て、手入れ、しとけ」
ゲズがぎこちない言葉を発しながら、俺の前に道具を並べる。
「……え?」
「こ、の、ど、ど……ぐ、手入れ、だ」
何を言っているのか最初はわからなかったが、どうやら農具の手入れをしろということらしい。
ゲズはぼそぼそとした口調で言い終えると、「お、俺は、ほかにやることある、からな、お、お前、やっとけ」とだけ言い残し、足早に納屋から立ち去っていった。
「えっ、ちょっと……」
俺が引き止める間もなく、ゲズの姿はもう見えない。
「うーん、手入れしろと言われてもな……」
とりあえず、農具を確認する。
刃がぐらついているもの、錆びているもの、柄が折れかけているもの……いろいろあるが、すぐに修理できそうなものもある。しかし、肝心の修理道具がどこにあるのかわからない。
俺は背後を振り返ってみる。そこにあるのは、この農具たちが納められていた納屋だった。
フンっ……と、息をひとつ吐き出す。
「探してみるか」
俺は納屋の中に戻って辺りを見回した。
ただ、奥に行くほど陽の光が届かず、暗くてよく見えない。何か道具を見つけたくても、手探りでは難しそうだった。
暗い。だけど――。
「うん、こんなときこそ魔法だな!」
早速実践で魔法を使える状況に、俺は少しテンションが上がった。
手を前に出し、小さく呟く。
『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを……フォティノ!』
司祭さまに教わった光の魔法を詠唱すると、俺の手のひらから柔らかい光の球が出現した。蛍光灯のように白い明るい光が納屋全体を照らし、暗がりが消えていく。
「おお、これなら探しやすいな」
魔法の光を頼りに、俺は修理道具を探し始めた――そのときだった。
かすかに、納屋の奥から何かの気配がした。
何かが……いる?
俺はそっと光を向ける。だが、その時はまだ、それが何を意味するのか気づいていなかった……。
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