第三十話「初めての魔法」
場所を教会の中にある小部屋に移して、俺は司祭さまに問いかける。
「司祭さまは光の魔法を使えると聞きました」
俺の言葉に、司祭は穏やかに微笑んだ。
「ええ。使えますよ」
穏やかな口調で答える司祭さま。
低い、少ししわがれた声は、聞いているだけで落ち着くような声色だ。
この世界における神職には、光の魔法の適性が必要なのだという。
だが、それがあるからといって誰もが神職に就くわけではなく、神学校に通い、そこで基礎を学ばなければならないらしい。適性があれば無条件に神職になるわけではないとのことだ。
――でも、学校か。
「やっぱり、それなりの家柄が必要だったりするんですか?」
サンフラン王国は封建制の国だ。学校に通うとなるとやはり貴族など、一定以上の家柄が必要なのか?
俺の問いに、司祭さまはゆるりと首を振る。
「いいえ、貧民の出でも神職になった者はいます。実際、アレクシス様の仲間であった聖女ユミラスローネ様は、とても貧しい家の生まれだったと伝えられています。学校に入る条件はただひとつ、光魔法の適性があるかどうかだけですよ」
どうやら神学校自体は無償で運営されているらしい。すべてはアポロ神の導きによるものだと、司祭さまは誇らしげに語った。
適性診断については、ロビンが言っていたように領都など各地に置かれている機械で測定するらしい。
なので、一定の年齢になった子供たちは、一度は領都に行って、その検査を受けることになっているとのこと。
俺もその検査を受けることはできるのだろうか?
「もちろん、検査は誰にでも無料で受けることはできますよ」
「無料なんですか?」
「ええ。ただ、頻繁に受けることはできません。あまり意味もないことですからね」
なるほど、まあ適性なんてものは普通はそうそう変化しないものだそうだ。
ともあれ、今日教会に来た一番の目的についてである。
「あの、光の魔法を見せてもらうことはできますか?」
俺のお願いに、司祭は快く頷いた。
「もちろんです。では、よく見ていてください」
司祭はゆっくりと手を前にかざし、朗々とした声で詠唱を始めた。
『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを……フォティノ』
すると、司祭の掌の先に小さな白い光がふわりと現れた。その光は、十畳ほどの部屋を十分に照らせるほどの明るさを放っている。
「これは光魔法の基礎中の基礎なので、ただ明るく照らすだけの魔法です」
そう言いながら司祭さまが小さく手を振ると、光はすっと消えた。
「ケイスケ君も、やってみますか?」
「え?」
突然の提案に驚いたが、ロビンが興奮気味に言葉を添える。
「やってみたらいいわ! もしかしたら適性があるかも!」
「適性があるかどうか判断するには、実際にその魔法が使えるかどうかが、一番簡単ですからね」
たしかにそうだ。機械を使った検査なんかより、魔法が発動すれば一目瞭然だ。
「じゃあ、やってみるよ」
初めての魔法の詠唱だ。コツがあるのかと司祭さまに尋ねると、「とにかく詠唱の文言を一字一句間違えないこと」とのことだった。
……一字一句間違えない? 普通に話し言葉なのに、そんなに間違えるものなのか?
詠唱を頭の中で反芻する。そして気づく。
……あれ?
ロビンが唱えていた詠唱も、司祭さまが唱えていた詠唱も――。
「……日本語、じゃないか?」
気づいた瞬間、背筋がゾクッとした。
ここは異世界のはずだ。なのに、詠唱が俺の知っている日本語で成立している。
なぜだ? なんでこの世界の魔法の詠唱が日本語なんだ?
「どうしたの? やってみないの?」
考え込んでいると、ロビンが不思議そうに首を傾げた。
俺の呟きはだれにも届かなかったようで、皆が俺が詠唱することを待っている。
「あ……いや、今から、やってみるよ」
「……?」
詠唱が日本語……。
この疑問は今は置いておくことにした。
深呼吸して、先ほど司祭さまが唱えた言葉と動きを思い出す。
手のひらを前に出し、俺はゆっくりと言葉を発した。
「たしか……『……輝ける精霊たちよ、集い集いて白き揺らめきを……フォティノ!』……あっ!?」
しまった。煌めきを揺らめきと間違えた?
失敗か、と思った瞬間――。
俺の手のひらから、白い光が広がった。
だが、それは司祭さまのものとは違った。
それはまるでオーロラのような、白い光のカーテン。
「……なんと」
司祭さまの目が驚愕に見開かれる。
「すごーい!」
リエトは純粋な感動を声にする。
「綺麗……」
ロビンはうっとりと見惚れていた。
俺は「やらかした」という気持ちと、詠唱がやっぱり日本語だったこと、魔法が発動した感動で、複雑な気分だった。
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