第三話「確認作業」
日はすっかり暮れ、辺りは漆黒の闇に包まれつつあった。
しかし、完全な暗闇というわけではない。焚き火の赤い炎が、ゆらゆらと揺れながら周囲をぼんやりと照らしている。火の光は温かく、心を落ち着かせてくれるが、同時に燃え上がる木々のパチパチという音が静寂を破り、妙に耳に残った。
見上げた空には、厚い雲が広がっている。
星の光は、その帳の向こうに隠され、夜空はただの暗い天井のように見えた。
「……残念」
俺は、ほんの少しだけがっかりしながらため息をつく。
異世界に来たのなら、天体観測をしてみたかった。
たとえば、見たことのない星座が広がっていたり、月が複数浮かんでいたり……そんな期待を抱いていたのだ。地球とは異なる天文現象が見られれば、ここが異世界であることの決定的な証拠になるし、ロマンを感じることもできる。
だが、俺の願いはあっさりと打ち砕かれた。
星どころか、月すら雲に隠れてしまっているのだから。
「まあいいさ……星の数なんて、どうでもいい」
それよりも、今はもっと大事なことがある。
俺は、焚き火の明かりに照らされながら、深く息を吸い込んだ。
「ステータス、オープン」
沈黙。
「状態、表示」
なにも起こらない。
「状態、開示」
やはりダメか。
その他にも、「パラメーター確認」「能力値開示」「ステータスウィンドウ展開」など、思いつく限りのワードを試してみたが、結局どれも反応はなかった。
どうやら、この世界にはゲームのようなステータス表示システムは存在しないらしい。
いや、もしかすると違うキーワードがあるのかもしれないが、それを片っ端から試していくのはあまりにも効率が悪い。
「はぁ……残念」
異世界転移モノといえば、やはりステータス画面が定番だ。
能力値やスキルが目に見える形で表示されるのはロマンがあるし、成長の実感も湧きやすい。何より、異世界で生き抜くための重要な指標になり得る。
だが、それがないとなると、己の力を把握するためには地道な方法を取るしかない。
「となると……次は魔法か」
俺は、焚き火を見つめながら呟いた。
考えてみれば、俺は不可思議な現象によってこの世界に飛ばされた。
少なくとも、自分ではそう思っている。
ならば、魔法や気のような超常的な力が存在してもおかしくない。
「ファイア!」
無反応。
「火よ、起これ!」
何も起きない。
「……根源たる命の精霊よ、我が手に奇跡を、ファイア!」
完全に中二病全開の詠唱だったが、それでも何も起こらなかった。
「魔法は……ないのか?」
それとも、やり方が間違っているのか?
よくある設定では、魔法は言葉だけで発動するものではなく、魔力の流れを意識することが重要だったりする。
「魔力を感じるって……どうやるんだ?」
こういう見えない力を感じる方法といえば――瞑想が定番だろう。
「よし、やるか」
俺は焚き火の前に座り直し、姿勢を整えた。
とはいえ、正座はしない。
地面は硬いし、葉っぱを敷いたところでクッションにはならない。
だから、胡坐をかくことにした。
大事なのは集中力だ。
俺は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
吸って……。
吐いて……。
自分の体の内側に意識を向ける。
魔力というものが存在するのなら、体のどこかに宿っているはずだ。
一般的なイメージでは、魔力の源は胸や丹田――おへその下あたりにあることが多い。
「……感じろ……俺の中の力……!」
俺は心の中で念じながら、さらに意識を集中させる。
しんとした静寂。
――いや、違う。
静寂とは程遠い。
夜の森は、むしろ騒がしい。
どこかで鳥の羽ばたく音がする。
虫の声が響き、木々が風に揺れる音が耳をくすぐる。
遠くでは獣の鳴き声らしきものが聞こえる。
そして、すぐそばには川の流れ。
ザァ……ザァ……と、絶え間なく響く水音。
「…………」
俺は、ひとつ重要なことを忘れていた。
今日一日、森の中をひたすら歩き、火を起こすために必死になり、汗だくになるほど疲労しているという事実を。
加えて、焚き火の温かさが心地よく、包まれるような安心感を与えてくれるということを。
そんな状況で、目を閉じてじっとしていたら……。
「…………」
……気づけば、俺の意識は途切れていた。
ガクッと落ちた頭を慌てて元に戻す。
いやいや、違うんだ。
魔力を感じるはずだったのに。
呼吸を整えて、集中して……。
つまり、これは……。
――おやすみなさい。
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