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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第一章「異世界スタート地点:ゴブリンの森と優しき村」
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第三話「確認作業」

 日はすっかり暮れ、辺りは漆黒の闇に包まれつつあった。

 しかし、完全な暗闇というわけではない。焚き火の赤い炎が、ゆらゆらと揺れながら周囲をぼんやりと照らしている。火の光は温かく、心を落ち着かせてくれるが、同時に燃え上がる木々のパチパチという音が静寂を破り、妙に耳に残った。


 見上げた空には、厚い雲が広がっている。

 星の光は、その帳の向こうに隠され、夜空はただの暗い天井のように見えた。


「……残念」


 俺は、ほんの少しだけがっかりしながらため息をつく。


 異世界に来たのなら、天体観測をしてみたかった。

 たとえば、見たことのない星座が広がっていたり、月が複数浮かんでいたり……そんな期待を抱いていたのだ。地球とは異なる天文現象が見られれば、ここが異世界であることの決定的な証拠になるし、ロマンを感じることもできる。


 だが、俺の願いはあっさりと打ち砕かれた。

 星どころか、月すら雲に隠れてしまっているのだから。


「まあいいさ……星の数なんて、どうでもいい」


 それよりも、今はもっと大事なことがある。

 俺は、焚き火の明かりに照らされながら、深く息を吸い込んだ。


「ステータス、オープン」


 沈黙。


「状態、表示」


 なにも起こらない。


「状態、開示」


 やはりダメか。


 その他にも、「パラメーター確認」「能力値開示」「ステータスウィンドウ展開」など、思いつく限りのワードを試してみたが、結局どれも反応はなかった。

 どうやら、この世界にはゲームのようなステータス表示システムは存在しないらしい。


 いや、もしかすると違うキーワードがあるのかもしれないが、それを片っ端から試していくのはあまりにも効率が悪い。


「はぁ……残念」


 異世界転移モノといえば、やはりステータス画面が定番だ。

 能力値やスキルが目に見える形で表示されるのはロマンがあるし、成長の実感も湧きやすい。何より、異世界で生き抜くための重要な指標になり得る。

 だが、それがないとなると、己の力を把握するためには地道な方法を取るしかない。


「となると……次は魔法か」


 俺は、焚き火を見つめながら呟いた。


 考えてみれば、俺は不可思議な現象によってこの世界に飛ばされた。

 少なくとも、自分ではそう思っている。

 ならば、魔法や気のような超常的な力が存在してもおかしくない。


「ファイア!」


 無反応。


「火よ、起これ!」


 何も起きない。


「……根源たる命の精霊よ、我が手に奇跡を、ファイア!」


 完全に中二病全開の詠唱だったが、それでも何も起こらなかった。


「魔法は……ないのか?」


 それとも、やり方が間違っているのか?

 よくある設定では、魔法は言葉だけで発動するものではなく、魔力の流れを意識することが重要だったりする。


「魔力を感じるって……どうやるんだ?」


 こういう見えない力を感じる方法といえば――瞑想が定番だろう。


「よし、やるか」


 俺は焚き火の前に座り直し、姿勢を整えた。

 とはいえ、正座はしない。

 地面は硬いし、葉っぱを敷いたところでクッションにはならない。

 だから、胡坐をかくことにした。


 大事なのは集中力だ。

 俺は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。


 吸って……。

 吐いて……。


 自分の体の内側に意識を向ける。

 魔力というものが存在するのなら、体のどこかに宿っているはずだ。


 一般的なイメージでは、魔力の源は胸や丹田――おへその下あたりにあることが多い。


「……感じろ……俺の中の力……!」


 俺は心の中で念じながら、さらに意識を集中させる。


 しんとした静寂。


 ――いや、違う。


 静寂とは程遠い。

 夜の森は、むしろ騒がしい。


 どこかで鳥の羽ばたく音がする。

 虫の声が響き、木々が風に揺れる音が耳をくすぐる。

 遠くでは獣の鳴き声らしきものが聞こえる。

 そして、すぐそばには川の流れ。

 ザァ……ザァ……と、絶え間なく響く水音。


「…………」


 俺は、ひとつ重要なことを忘れていた。

 今日一日、森の中をひたすら歩き、火を起こすために必死になり、汗だくになるほど疲労しているという事実を。

 加えて、焚き火の温かさが心地よく、包まれるような安心感を与えてくれるということを。

 そんな状況で、目を閉じてじっとしていたら……。


「…………」


 ……気づけば、俺の意識は途切れていた。

 ガクッと落ちた頭を慌てて元に戻す。


 いやいや、違うんだ。

 魔力を感じるはずだったのに。

 呼吸を整えて、集中して……。


 つまり、これは……。


 ――おやすみなさい。


ご拝読いただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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