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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百六十九話「ヘルヴィウスの出会い」

なんとか書けたましたので投稿します。

 王都までの道のりは、順調だった。

 出発してから数日。雨に降られることもあったし、風の強い日もあった。馬車がぬかるみに足を取られて進まなくなることもあった。

 けれどそれだけで、どれも旅程に組み込まれている範囲の出来事だった。


「このあたりで雨が来る可能性が高いです」


 出発前、エンブスは地図を広げながらそう言って、実際その通りになった。


 野営の準備、進行の調整、馬の休憩。全部が予定通りに進んでいく。

 僕はその横で、ただ座っているだけだった。


 貴族として、守られる側の存在。

 そのことを、改めて実感させられる旅だった。


 それでも――。

 クリスが淹れてくれた温かいスープを飲みながら、焚き火の前で過ごす時間は、少しだけ昔を思い出させた。

 母と過ごした、小さな部屋の温もり。

 あの頃とは違う。でも、完全に失われたわけではない。


 そう、少しだけ思えた。


 だから、油断していたのかもしれない。


 王都の影が遠くに見え始めた頃だった。


 高い城壁が、ぼんやりと輪郭を現す。

 もうすぐ到着だと、みんなが思っていた。


 そのときだった。


 道の脇、林の陰から男たちが現れた。数は五人。

 粗野な装備。剣や斧を手にしている。人相は悪く、見るからに真っ当な人物には見えなかった。


「止まれ」


 低い声を発してエンブスがすぐに馬車の前に立つ。


「……盗賊か」


 短く呟いた。

 ここは王都近郊だ。騎士や警邏が巡回しているはずの街道から、ほんの少し外れただけ。

 もう目的地は目と鼻の先。それなのに、こんな場所で?


 胸の奥が冷たくなる。


 戦えるのは――エンブスだけだった。


 僕は、何もできない。剣も、槍も、扱えない。

 あの屋敷で教えられたのは、礼儀作法と勉学、そして光の魔法だけ。

 暴力に対抗する術なんて、持っていない。もっと時間があれば、少しは身に着けることができたんだろうか。


 クリスは、震える手で短刀を握っていた。

 その刃先は小刻みに揺れている。


「だ、大丈夫ですよ、坊ちゃん。エンブスはああ見えて、強いんですから!」


 声が震えていた。僕じゃなく、まるで自分に言い聞かせるように。

 エンブスは一歩前に出る。


「下がっていてください」


 それだけ言って、剣を抜いた。

 それを見て頷きあう盗賊達。


「護衛一人に女一人。残りは子供だ」

「身なりもいいぜ」

「金も持ってそうだな」


 嫌な言葉を言い合う盗賊たち。

 口元は一様に嫌な笑みを浮かべている。その動きに、ためらいはなかった。


「抵抗すんなよ? じゃねえと痛えぞ」


 そんな言葉を口にしながら、武器を振りかぶってくる盗賊の一人。

 次の瞬間、 金属音を鳴らして、盗賊の剣とエンブスの剣が交差した。

 ぶつかり合う音。金属が打ち合う高い響きだ。

 男たちの怒号。


「きゃあああああっ!」


 クリスは突然のことに悲鳴をあげる。

 僕は突然のことにただ立ち竦むことしかできなかった。


 エンブスは確かに強かった。

 一対一なら負けないだろうって思う。


 ――でも。


「早く始末しろ!」

「攫え! そうすりゃ終わる!」

「女と子供は押さえろ!」


 相手は五人。囲まれて、押し込まれていく。

 エンブスは三人を相手にして、もう身動きなんてとれなかった。

 クリスが必死に短剣を構えて右に左に、近づいてくる盗賊達に向けるけど、盗賊の二人はそれを見ながら僕たちを笑いながら追い詰めてくる。


「……っ」


 僕は歯を食いしばる。

 僕たちに向けられている鈍色の剣を見て、どうすればいいかわからなかった。

 何もできない。ただ見ているだけ。


 ――嫌だ。


 でもこのままじゃエンブスは傷ついて、クリスと僕は盗賊達に捕まって、きっと酷い目にあう。

 恐怖で心が塗りつぶされて、体は動かない。でも、目の前のことはやけにはっきりしていて目を離せない。


 誰か、助けて――!


 僕がそう何かに願ったときだった。


 ――風が、動いた。


 次に訪れたのは爆ぜるような衝撃音。同時に感じたのは、強い強い熱と光。


「ぎゃあああああああっ!?」


 気が付けば盗賊の体は半分燃えていた。


「な、なんだ!?」


 隣にいた盗賊が、突然のことに驚いて動きを止める。

 でも、その盗賊も――。


「……え?」


 短い声を漏らしたあと、腕が、飛んでいた。

 僕もその盗賊もぽかんと口を開けて、飛んで行った腕を眺めていた。


「う、うあああああああっ!」


 盗賊の悲鳴。


 いつの間にか、誰かがそこにいた。

 暗めの茶髪、紺色の目。僕よりは年上だろうけど、そう歳が変わらないような少年。

 剣を振りぬいたまま姿勢から、彼が盗賊の腕を飛ばしたんだとすぐにわかった。


「加勢します!」


 放たれたのは、強い言葉だった。


 それからは圧倒的だった。

 それまでのことが嘘みたいに、盗賊たちはあっという間に鎮圧された。


 御者のエンブスが、あの少年に深く頭を下げた。

 それだけで、彼がどれほどの働きをしたのかは十分に伝わる。


「加勢、感謝する」

「いえ、無事で何よりです」


 息を整えながら答えるその姿は、年相応の少年には見えない。

 戦いの余韻がまだ残っている。血の匂いと、焦げたような空気。


 僕は視線を落とした。

 地面には、倒れた盗賊たち。


 ……王都の近くで、こんなことが起きるなんて。


「……王都近郊でこのような目に遭うとは思いもしませんでした」


 エンブスが静かに言って、そして躊躇なく剣を振るった。

 倒れていた盗賊の胸に刃が沈む。短い呻き声。すぐに静寂。


 胸の奥が、わずかに重くなる。


「一人残せば問題ないでしょう。そちらもとどめをお願いします」

「……わかりました」


 ケイスケは一瞬の迷いも見せなかった。

 炎に包まれていた盗賊に歩み寄り、静かに剣を突き立てる。


 ――この人は、慣れている。


 そう思った。

 戦いにも、命を奪うことにも。


 残った一人は、地面に転がり、苦しそうに呻いている。

 それを見て、僕は一歩踏み出しかけて――止まった。


 エンブスが縄を取り出し、手早く縛り上げる。


「どうするんですか?」

「一応、このまま引きずっていって、尋問いたします」

「……ですか」


 当然のやり取り。

 けれど、僕の胸の奥には、どこか引っかかるものが残る。


 ――これが、この国の当たり前。


 分かっている。僕は貴族だから。法律も基本的なことは勉強したから。

 でも、実際に見て、慣れることなんてできない。


 ふと、少年が小さく息を吐いた。

 剣を納めるその仕草に、わずかな疲労と……何かを振り払うような気配。


 そのとき、気づけば僕は声を上げていた。


「ありがとうございました!」

「え?」


 顔を上げた彼と目が合う。思っていたより、ずっと幼い顔だった。

 僕は胸に手を当て、丁寧に頭を下げる。


「私はヘルヴィウス・ウェルナーリスと申します」


 名乗ると、彼は少し驚いたような顔をした。

 やっぱり、貴族だと分かると反応が変わる。


 けれど、彼の表情はどこか自然だった。


「この御者はエンブス、そして彼女はクリスです」


 二人もそれぞれ名乗る。

 けれど頭は下げない。――それでいい。


 ……でも。


 僕はもう一度、深く頭を下げた。


「本当に助かりました!」


 自然とそうしていた。助けてもらったのだから、当然だと思った。

 けれど、少年は少し戸惑ったように見えた。


 ――変だったかな?


「俺はケイスケ。冒険者やってます」


 その言葉に、思わず目を見開く。


「その年で!?」


 思ったことがそのまま口に出てしまった。

 ケイスケは少し笑った。


 やっぱり不思議だ。

 見た目は僕とそう変わらないのに、まるで大人のような空気を持っている。


 改めて彼を見る。

 剣の扱い、動き、判断。どれもすごい。


 ……そして。


 どこか、少しだけ――寂しそうに見えた。

 理由は分からないけど、そう感じた。


「鉄級にしては、随分と実力がおありのようですね」


 エンブスの声。その響きに、僕はわずかに眉を寄せた。


 警戒してる。


 それも当然だ。

 けれど――。


 ケイスケは慌てて弁明し始めた。

 冒険者証まで取り出して。


 ……そこまでしなくてもいいのに。


 でも、それだけ疑われているって感じたんだろう。


 そのとき、僕ははっとする。


「あっ! その前にエンブス、傷を見せて!」


 エンブスが戦いの最中に負った傷。

 僕はエンブスの腕に手をかざした。


『命の精霊たちよ、わが手に集い集いてあるべき姿に細胞を修復せよ……レパティオ』


 淡い光が手のひらから溢れて傷口に触れると、血の流れが静かに止まっていく。

 完全に治るわけじゃないけど、これで応急処置にはなる。


「ありがとうございます。ヘルヴィウス様」

「ううん。僕を守ってくれてありがとう、エンブス」


 自然に出た言葉だった。

 エンブスは一瞬だけ表情を緩めたように見えた。


 やがて彼は立ち上がり、周囲を見回す。


「……先を急ぎましょう」


 その言葉に、僕は頷き――そして思いついた。


「そうだ! ケイスケさんも一緒にどうですか!? 王都に行くんでしょう!?」


 助けてくれた人だ。

 せめてそれくらいは。


 けれど。


 エンブスとクリスの視線。

 その鋭さに、僕は気づいてしまう。


 ――ああ。


 そういうことか。


 ケイスケもそれに気づいたのだろう。

 少しだけ苦笑して、首を振る。


「俺は、遠慮しておくよ」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ沈む。


「……そうですか。でも本当にありがとうございました」


 せめて、もう一度だけ。


 エンブスが形式的に礼を述べる。

 ケイスケは曖昧に頷いた。


 馬車が動き出す。

 縛られた盗賊を引きずりながら、ゆっくりと街道を進む。


 僕は振り返った。


 ケイスケは、その場に立ったままこちらを見送っている。


 ――不思議な人だ。


 強くて、落ち着いていて。

 それなのに、どこか孤独で。


 ほんの少しだけ。


 もっと話してみたかった、と思った。


 どうしてあんなに強いのか。

 どうしてあんなふうに戦えるのか。


 でも。


「……行くぞ」


 エンブスが短く言った。


 それからすぐに王都に着いて、休む間もなく騎士に引き渡す。

 取り調べの結果、彼らは盗賊ではなかった。


 冒険者。ケイスケと同じ。


 依頼を受けて、僕たちを襲ったという。

 尋問した騎士が教えてくれた。

 盗賊はこう言っていたらしい。


「知らねぇよ……顔も隠してた。ただ、身なりは良かった。ちょっと楽しんで、殺すつもりだった」


 それだけだった。名前も、素性もわからない。

 捕らえられた男は、ほどなく処刑された。


 残されたのは、不気味な事実だけ。


 誰かが、僕を殺そうとした。


 屋敷を出ても、それは終わらない。


「くれぐれも、お気を付けください」


 宿で、クリスが言う。真剣な表情。僕を本当に心配してくれているのがわかる。


「大丈夫だよ。流石にあの人達も、神学校の中までは何もできないと思うよ」


 僕はそう答えた。自分に言い聞かせるように。


「それはそうですが……」


 クリスは納得していない様子だった。

 エンブスも無言のまま、窓の外を警戒している。

 この二人は、本当に僕のことを気にかけてくれている。


 屋敷の誰よりも。

 父よりも。義母たちよりも。


 温かい。


 でも――。


 母の温もりには、届かない。でも、それは当たり前。


 僕は次の日に教会へ向かった。

 神学校の敷地に隣接する、大きな聖堂。

 荘厳な空気。高い天井。

 色とりどりのステンドグラスから、光が降り注いでいる。


 静寂の中、僕は膝をついた。


 手を組み、祈る。


 そして、問いかける。


 ――どうして。

 どうして僕に、光の魔法なんて与えたんですか?


 この力のせいで、僕はここにいます。

 この力のせいで、母と離れました。

 この力のせいで、狙われています。


 ……でも、この力がなければ、僕はもっと無力でした。


 なんでですか? どうしてですか?


 どれだけ見上げても。

 どれだけ祈っても。

 どれだけ問いかけても。


 アポロ神からの答えはなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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