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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百六十七話「暗闇の先で待つ者」

なんとか書けましたので投稿いたします。

 落ちている。暗闇の中をただ落ちている。


「マジかマジか!? やばい!」


 叫んだところでどうにもならない。

 俺の身体は、無情にもただ暗闇へと落ちていく。

 さっきまで仲間たちと喜んでいたはずなのに、一瞬で奈落だ。視界は真っ黒、上下の感覚も曖昧。胃がふわりと浮く。


 前にも似たようなことはあった。

 あのときはアイレがいた。風で減速してくれたし、最悪受け止めてもらえる安心感もあった。


 だが今回は――。


「アイレいないよなっ!?」

『私がいるよー!』


 聞こえてきたのは、リラの声だけ。

 俺は藁にも縋る思いで聞く。


「リラ、お前落下スピード緩められるか!?」

『それは無理ー』

「だよな! 知ってた!」


 やはりリラでは俺の物理的な落下を食い止めることはできない。ただ重力だけが俺を引きずっていく。

 暗闇の中の落下。これほど怖い状況はない。


「って、え!?」


 しかし落下は次第に変化した。

 垂直だったはずの穴に傾斜がつき、身体が滑り始める。

 今度は暗闇の滑り台だ。だがスピードはほとんど落ちない。むしろ加速している気さえする。

 石肌が背中をかすめる。摩擦で服が擦れ、耳元で風が唸る。

 やはり恐怖しかない。


 混乱して取り乱していた俺は漸く気が付く。

 ひとまず照らしてもらおうと。


「リラ、照らしてくれっ!?」

『落ち着いてー、大丈夫だよー』


 次の瞬間、通路が淡く照らされた。

 自分で光源を出す? それもできただろうけど、今の状況だとリラに頼む方が断然早いし確実だった。

 見えたのは、石でできた円筒状の通路。俺はその内側を滑っている。まるで巨大なチューブの中だ。


「大丈夫な要素がどこにある!?」

『ちゃんと出口あるからー』

「出口!? どこに!?」


 声に焦りが混じる。だがリラは変わらない。


『落ち着いてー! もうちょっとで到着だからー。具体的にはあと十秒くらいー!』

「なんでわかるんだよ!」

『気配ー』


 気配ってなんだよ。雑すぎる。


 だが、リラの声を聞いているうちに、ほんの少しだけ冷静さが戻る。

 滑る角度は緩やかになってきている。確かに、最初よりは落下の勢いが弱まっている気がした。


『ほら、あそこだよー』


 リラが前方を強く照らすと、遠くにぽっかりと空間が見えた。

 このチューブの滑り台の終わりだ。


「あそこか……!」


 まだそこそこの速度はある。

 俺はすぐに肉体強化魔法を発動。筋肉に魔力を巡らせ、衝撃に備える。


 出口を抜けた。


 重力が戻る。


 ドンッ!


 両足で着地し、そのまま数歩滑る。

 膝を曲げ、衝撃を吸収。


 ……止まった。


「……」


 数秒、何も言えなかった。

 やがて、肺の奥に溜まっていた空気を吐き出す。


「心臓に悪い……」


 鼓動がうるさい。耳の奥でドクドクと鳴っている。

 しばらくその場にしゃがみ込み、呼吸を整える。

 落ち着いてから、ゆっくりと立ち上がった。


 辺りを見渡すと、そこは十畳ほどの小部屋だった。

 石壁に囲まれ、天井は低め。湿った空気が漂っている。

 上を見上げると、さっき滑ってきた穴がぽっかりと開いていた。


「……戻れるか?」


 そう呟いた瞬間。


 ゴゴゴ、と低い音が響く。


 穴の縁が動き、石がせり出し、ゆっくりと閉じていく。


「おいおいおい……」


 呆然と眺めているうちに穴は完全に塞がった……。


「……マジか、帰れなくなった……?」

『来たところからは、無理だろうねー』

「だよな……」


 とはいえ、嘆いても仕方ない。

 閉じたものは開かない。


 部屋の正面には石の扉があった。

 装飾はほとんどなく、ただの石板に見える。


「行くしかないな……」


 俺は深呼吸し、扉に手をかける。


 罠の気配は……ない。と思う。

 強く推すと、重い音を立てて、扉はすんなり開いた。


 その先は通路だった。


 半円形のトンネル。

 壁は積み上げられた石、床は石畳。規則的で人工的だ。


「ダンジョンの下層、なんだよな……」

『そだねー』


 リラの光に導かれながら、ゆっくり進む。

 足音と自分の息遣いだけが通路に響いており、他に気配はない。静かすぎる。


「……なんかしゃべってくれよ。静かすぎる」

『なんかー』

「お前な……」

『そんな急に言われても、私だって困るよー』

「そりゃそうかもだけど……。もっとこうあるだろ?」

『なにがよー?』


 そんなとりとめもないような会話が通路に響く。

 でも、おかげで随分と気は紛れた。


 そのまましばらく歩くと、再び扉が現れた。


 今度の扉は少し立派だ。縁に装飾が施され、中央に紋様のようなものが刻まれている。


「……いかにもって感じだな」

『最深部到着ー』

「普通なら、ボスでもいそうなもんだが……」


 扉はそれほど大きくはない。

 警戒しながら耳を澄ますが、中からは何の物音もしなかった。

 俺は再び肉体強化を軽くかけ、いつでも動けるようにしてから、ゆっくりと押し開いていく。扉は意外と軽かった。


 軋む音。


 扉の向こうは、ボス部屋にしては狭い、広めの円形の部屋だった。

 中央に据えられた台座。そしてその奥――。


 そこには、いた。


 見た目は女性だ。ただし青白い、半透明の。


 長い髪は重力を無視するようにふわりと揺れ、ゆったりとしたローブのような衣を纏っている。だが布ではない。すべてが淡い青みを帯びた魔素で形作られている。だが足元は床に接していない。

 肉体がない精霊に似ている。だが、リラとは決定的に違う。

 冷たい。しかしどこか人の匂いがする、実体はないが確かにそこにいる存在……。


 その存在は、俺の姿を認めるとゆっくりと頭を下げた。


『お待ちしておりました。調律者様』

「……は?」


 思わず声が漏れる。


 今、なんて言った?


 俺が聞き返す間もなく、目の前の存在は続ける。


『私はレイス。この地下迷宮の管理をしております』


 レイスと名乗った存在。それはこのリヴネの森――死霊の森の地下迷宮の管理をしている……、ということはダンジョンマスターということだ。

 半透明の彼女は、深々と頭を垂れたまま続ける。


『ようこそ、調律者様』


 静まり返った空間で、その声だけが柔らかく響く。

 頭を深く下げたまま動かない、半透明の女性。

 全身が透けて見える向こう側の石壁が、その存在の異質さを強調していた。


 この場所は恐らく、このダンジョンのコアルーム。

 空気の密度が違う。魔力の流れが中心に収束しているのがわかる。


 相手はこのダンジョンの主……?


 俺は警戒を解かないまま、口を開いた。


「……とりあえず頭を上げてくれ、ますか?」


 少し距離を置きつつ言う。


『はい』


 素直に、ゆっくりと顔を上げた。


 よく見れば、綺麗な人だった。

 たれ目気味の瞳は穏やかで、どこか憂いを帯びている。整った鼻筋、柔らかな唇。年齢は二十代半ばくらいに見える。

 ただし、その身体は薄く青みがかった半透明。生者ではないことは一目瞭然だ。


「貴方は……」

『私にそのような敬称は必要ありません。私のことは、レイスとお呼びください』


 レイス。


 まんまだな。幽霊って意味だろ、それ。

 精霊かとも思ったが、やっぱり名前の通り幽霊なのだろうか。


「レイスは、このダンジョンの……?」

『はい。ダンジョンマスターです』


 レイスはそう答えた。やっぱり聞き間違いじゃないらしい。


 俺は改めて部屋を見渡す。

 すると中央に小さな台座があることに気づく。あれがコアだろう。石の中に淡い光が脈打っている。


 そして俺は、落とし穴に落とされ、ここに来た。

 偶然じゃない。ダンジョンの構造を変えてまで俺をここにたどり着かせたということだ。


「あの落とし穴……俺をここに連れてくるためか?」

『はい。専用通路として用意いたしました』


 専用通路って。あんな心臓に悪い滑り台が?

 確かにあっという間に最深部のこの部屋にたどり着いたけども。


「なんで俺を?」


 俺が調律者だからなのだろうか?

 レイスは首を傾げ、穏やかなまま答えた。


『先日、私のダンジョンの表層部で五大精霊の力を示して見せたのは、調律者であることを主張する意味ではなかったのですか?』

「……ん?」


 五大精霊の力を示した?


 ああ、あのときか。と思い出して、冷や汗が流れる。

 森を派手に吹き飛ばしたやつ。結果的にダンジョンの地表部を半壊させたあれ。あれはつまり俺達はレイスのダンジョンをひたすらに破壊したということになる。

 俺の心配をよそに、レイスはそのことを怒っている様子はなかった。

 ただ、勘違いをさせたようだったのだ。


『その後、迷宮部にもお越しになりました。しかし急にお帰りになる様子でしたのでお引き留めしたかったのですが……。ですのでこの度今一度いらしてくださったので、いよいよコアルームまでいらっしゃるのかと思い、手っ取り早くお越しいただくために通路をお作りしてお待ちしておりました』

「いやいやいや」


 俺は思わず手を振る。


「そんなつもりなかったですからな? 普通に攻略してただけだからな?」


 いや、普通ではなかったかもしれない。

 でもまさか、あの暴れっぷりが「我こそは調律者なり」みたいな宣言扱いになっていたとは。

 というか帰りのアンデッドラッシュは、俺を引き留めるためだった?


 レイスはまたわずかに首を傾げた。


『違うのですか?』

「違う」


 即答だ。

 すると、彼女はほんの少しだけ目を細めた。


『ですが、迷宮に足を踏み入れた時点で確信いたしました』

「何を?」

『やはり貴方こそが調律者であることを、です』


 なんでだよ。

 俺は内心でツッコミを入れる。


「どうしてわかる?」

『魔力の波動です』


 波動。

 なんかそれっぽい単語出てきたな。


『そして複数の精霊と同時に深く契約している人間など、存在しません』


 リラが影の中で小さく笑う気配がした。


『それこそ“神”でない限りは』


 空気が一瞬、重くなった気がした。


「……神?」


 思わず聞き返す。レイスの言葉は聞き逃せなかった。


 俺はただの元会社員だぞ。

 この世界に転移した、ちょっとチート持ちの見た目は少年、だ。


「……調律者ってのは神ってことなのか?」

『いえ……』


 レイスはすぐには答えなかった。少しだけ視線を伏せ、思案するように沈黙する。

 その沈黙が、妙に長く感じる。


 やがて、彼女は静かに口を開いた。


『厳密には、異なります』

「じゃあなんなんだ」


 自分のことなのに、何も知らない。


 水森の里で巫女に言われた『調律者』。

 その意味を、俺は一度もちゃんと理解していない。


『調律者とは――』


 レイスはそこで言葉を切った。

 そして、じっと俺を見つめる。


 その瞳には、探るような光があった。


『ご存じないのですか……?』

「知らないから聞いてる」


 少しムッとして返す。


 レイスは俺の様子を見て、次に視線をリラに向けた。

 そして再び、沈黙。


 リラと何かやりとりをしているのか、何かを考えているのか。

 やがて。


『……なるほど、そういうことですか。わかりました』


 レイスはそう零した。


 その言葉の意味を即座に聞き返すが、レイスはそれ以上は語らず、代わりに口を開いたのはリラだった。


『それを私たちから伝えることはできないんだよ、ケイスケ』

「リラも、知ってるのか?」


 俺は深い暗闇のような人型のリラに問いを投げかける。


『そうだよ。知ってる。これはケイスケがケイスケ自身で、知らなくちゃいけないこと。これは決められてるんだよ』

「決められている? 何に?」


 それこそ神だとでもいうのだろうか。

 リラの口調はいつになく明瞭で、諭すようなものだった。


『知ることは簡単。ケイスケは自分で知ることができるよ。接続することができれば』

「接続? ……それは――」


 ああ、以前、その単語を聞いたことがある。


「――世界樹?」


 俺の問いに、リラは黙って肯定した。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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