第二百六十六話「落ちるのはアイツと俺だけ」
なんとか書けましたので投稿いたします。
大変長らくお待たせいたしました!
リッチは悠然と浮かんでいた。
骨ばった体を黒いローブで包み、空中で静止したまま、こちらを見下ろしている。重力という概念を嘲笑うかのようなその姿に、ニトが舌打ち交じりに声を上げた。
「そもそもよ……あいつ、どうやって浮かんでんだ?」
もっともな疑問だ。
風も起きていない。ただ、当然のように宙にいる。
『風などの力ではありませんわね。純粋な魔力操作です』
影の中から、リラではないもう一つの声が響いた。
淡々と、しかし確信をもって告げるその口調。
「魔力操作……?」
『ええ。魔力そのものを浮遊させ、それに自分の身体を乗せているのですわ』
なるほど、と俺は内心で頷く。
確かに、魔力の塊は宙に留めておける。光魔法の光源も、火魔法の灯りも、魔力を一定の形で維持しているから空中に浮かんでいる。
つまり――。
「魔力って、浮かせられるんだよな……」
呟いた瞬間、頭の中で何かが繋がった。
某有名漫画。気を操作して空を飛ぶあれ。
理屈だけ聞けば、同じことができそうな気がする。体の魔力を操作することで人も宙に浮ける。理論上は。
「……マジか」
そのことに気づいて思わず口癖が出る。
リッチは俺達がティマの光壁に阻まれているのにも関わらず、魔力弾を定期的に撃ってくる。
魔力弾は壁に阻まれては音を立てて霧散していった。
そのとき、ふと、過去の光景が脳裏に浮かぶ。
――神学校の一室。
放課後の静かな教室で、俺とティマは並んで座っていた。
向かいに立つのは、ロシオリー・メズドラン。
背筋を異様なほどまっすぐに伸ばした、あの初老の教師の特別授業。俺はそこでリッチの使ってきた魔力弾の攻撃について聞いてみたのだ。
「ふむ、無詠唱の魔力弾か。もちろん、習得は可能だ」
低く、しかしよく通る声。
「だが、実際に使いこなしている者はごく僅かだ。この理由がわかるかね?」
「……いえ、わかりません」
俺が答えると、隣のティマも小さく首を振った。
「そうか。ならば教えるとしよう。まずは見たまえ」
ロシオリー先生はそう言って、片手を上に向けた。
掌に魔力が集まり、やがて白い光の塊が生まれる。
ピンポン玉ほどの、小さな魔力弾。
数秒で霧散したそれを見て、先生は続けた。
「今、私が生成したのが魔力弾だ。射出すれば、軽い衝撃程度は与えられるだろう」
だが、と一拍置いて。
「私はこれを使うことはない。その理由は、費用対効果が極めて悪いためだ」
「費用対効果……?」
「まず前提としてだ」
先生は講義口調で語る。
「魔力は誰もが持っている。才能の差はあれど、この世界に生きる者は必ず魔力を有する。ここまでは理解しているな?」
その問いに俺とティマは頷く。
「よろしい。では質問だ。先ほど私が生成した魔力弾、どう感じた?」
ティマは言葉に詰まり、俺が代わりに答えた。
「……小さい、です」
「うむ。その通りだ」
ロシオリー先生は満足げに頷いた。
「先ほど見せたあれが、私の限界だ。私は知識と操作技術には自信があるが、魔力量は平均的だ。それでもこの大きさが精一杯」
そして、淡々と結論を告げる。
「この魔力弾を生成するのに、光源魔法フォティノを五回使う程度の魔力を消費する」
フォティノ。ただ光源を出すだけの基礎魔法。
五回も使えば、同級生なら息が上がる回数だ。
俺やティマ、ヘルヴィウスは魔力が多いから平気だが、トルトなら腹が減る頃合いだろう。
「つまり、普通の魔法使いにとっては、威力が低く、非効率。だから詠唱魔法が主流となる」
「……なるほど」
「私ほどになれば、詠唱破棄――無詠唱魔法を使えるがな」
「……すごい、ですね」
ティマは素直に称賛の言葉を口にするが、俺としては確かにロシオリー先生は教師としては優れていると思うんだけど、こうやっていちいち自慢を挟んでくるのが引っかかるポイントだ。
確かにすごいと思うけど。
「純粋に魔力そのものを打ち出す魔力弾は何故非効率となるのか。それは自身の体内魔力のみを魔力弾として生成しなければならないことに対し、詠唱魔法などは周囲の精霊からも力をもらっているからだ。自らの魔力のみと、周囲の魔素を取り込み運用できるのでは違いが出るのは当たり前とは思わんかね?」
「なる……ほど」
「だがな」
ロシオリー先生の話は続き、視線が俺とティマに向いた。
「お前たちのような魔力量を持つ者なら、話は別だ。咄嗟の牽制としては、十分に価値がある」
確かに、衝撃を与えるだけでも、使い道は色々とあるだろう。
「魔力弾の生成について、習得したいかね?」
「はい」「……はい!」
「よろしい。魔力弾の生成方法を教えよう。これは魔力操作の技術のみがものを言う。一度感覚を掴めばすぐに習得できるだろう」
こうしてその後ロシオリ―先生の研究室にて二時間ほどみっちりと教わり、無事俺たちは魔力弾の生成に成功した。
俺たちの魔力弾の大きさは野球ボールほどの白く光るものだった。
生成にはかなりの集中力が必要で手こずったが、あとは繰り返し訓練を行うことで、生成時間の短縮、魔力弾の威力、射出速度を磨くことができるとのこと。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
「うむ。精進するがよい。魔力操作は魔法の基礎だ。疎かにしては大成できぬぞ」
二人でロシオリ―先生にお礼を言って、その日の特別授業は終わりを告げた。
俺はその後一人で夜寮を抜け出して、魔力弾の訓練をひたすら積んだ。
結果、魔力弾はどこまでも大きくすることができた。同時に生成する数も増やすことができた。速度もかなり早くできるようになったと思う。
射出速度についてはまだまだだと思うが、多分プロ野球のピッチャーの投げる球くらいにはなっている。
いずれは魔力弾で弾幕を張れるくらいにはなりたいものだ。
飽和攻撃とか、憧れるよね。
――回想は、そこで終わる。
リッチはなおも空中で魔法を放ち続けていた。
魔力操作による浮遊。
費用対効果。
あのとき教わった理屈が、今になって鮮明に意味を持つ。
――もしかしたら俺、自分の力だけで空を飛べるかもしれない。
目の前には、依然として空中に浮かぶリッチ。
黒い魔力弾をばら撒きながら、余裕たっぷりにこちらを見下ろしている。
「で、どうすんだよ、あれ」
ニトが舌打ち混じりに言う。
正直、俺が飽和攻撃すれば終わると思う。
光弾を雨あられと撃ち込めば、魔力切れになる前にあっちが消し飛ぶだろう。
だが。
「ケイスケは手を出さないで」
ミルカがきっぱりと言った。
「そうだよ。今回は僕たちでやる」
ヘルヴィウスも珍しく強い口調だ。
「……マジか」
なんか最近、俺の扱いが雑じゃない?
“最終兵器だから温存”とか言われるならまだわかる。だがこれは明らかに「出しゃばるな」的な空気だ。
解せぬ。
「お前はティマの護衛な」
ニトが親指で示す。
「……はいはい」
俺は肩をすくめた。
作戦会議は一瞬だった。
空中にいるなら、こっちも空へ。
単純だが、それしかないだろう。
「トルト、いける?」
「お、おう。任せろだ」
トルトが巨大な槌を構える。
その前に立つニト。
「おい、失敗すんなよ熊!」
「熊じゃねえだ」
「今は熊でいいだろ!」
軽口を叩きながらも、ニトはドーピーを発動。筋肉が膨れ、魔力が身体を巡る。
「三、二、一――!」
ドゴォッ!!
轟音とともに、トルトの槌が地面を叩き、反動を利用してニトを打ち上げる。
「うおおおおおっ!?」
弾丸のように射出されるニト。
そこへ、ヘルヴィウスが風魔法を展開。
「逃がさないよ!」
上空で風が渦を巻き、リッチの動きを拘束する。さらに微調整の風がニトの軌道を修正。
「右だ、ニト!」
「わかってんよ!」
リッチが魔力弾を放つが、ヘルヴィウスの風壁が逸らす。
それでも何発かニトに当たっているが、直撃は避けている。
勢いのまま、空中でニトがリッチに肉薄した。
「落ちろやああああ!!」
そしてニトの拳が、骨の顎を打ち抜いた。
バキィッ!!
衝撃でリッチの身体が傾く。だが、まだ浮いている。
「もう一発!」
ニトが回転し、踵落とし。
ゴンッ!!
リッチの頭蓋が軋み、ついに高度を失った。
「ティマ!」
ミルカが叫ぶ。リッチは一直線に落下し、浄化の魔法の詠唱をしているティマの正面へ。
あとは浄化の魔法をリッチに当てれば終わり。
だがそのとき、周囲の床からスケルトンが這い出てきた。
「ちっ、雑魚か」
俺は一歩前に出る。
スケルトンの剣を蹴りで弾き、頭蓋を拳で砕く。もう一体は光弾で粉砕。
雑魚は本当に雑魚だ。
問題はボス。
リッチが地面に叩きつけられる直前――。
「――浄化」
ティマの声は小さいが、凛としていた。
眩い光が広間を満たす。
光はまっすぐリッチを包み込み、黒い魔力を焼き払い、そして――。
「っ――!?」
声にならない断末魔。
次の瞬間、リッチは灰色の魔石を残して消滅した。
静寂。
数秒後――。
「やったぁぁぁ!」
ヘルヴィウスが飛び跳ねる。
「成功だな!」
ニトが親指を立てる。
「う、うまくいっただ……」
トルトはほっと息を吐き、ミルカは冷静に魔石を回収。
「……みんな、怪我は?」
ティマが心配そうに言う。
……俺?
俺は雑魚を片付けただけだ。
「……」
なんだこの、一人だけ仕事してない感。
いや護衛は大事だよ?
でもさ。なんかこう、もうちょっと活躍の場があってもよくない?
「ケイスケもありがとう」
ティマが小さく笑う。
「……ああ」
その笑顔を見て、まあいいかと思った、そのとき。
ふわっ。
妙な感覚が足裏に走る。
「……は?」
視界が傾いた。
足元の床が、音もなく消えていた。
「ケイスケ!?」
誰かの叫び。
俺の身体は、そのまま真っ逆さまに落ちる。
「マジかぁぁぁぁぁ!?」
穴の縁に駆け寄る仲間たちの顔が見えた。
驚愕。
手を伸ばすニト。
泣きそうなティマ。
だが、届かない。
重力が俺を引きずり下ろす。
壁を掴もうとするが、つるりと滑る石。
暗闇が迫る。
風が耳元で唸る。
「ちょ、待て――!」
落下は止まらない。
やがて、視界は完全な闇に包まれた。
俺の声だけが、虚空に吸い込まれていった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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