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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百六十四話「リヴネの森のダンジョン」

 季節は、すっかり夏になっていた。


 照りつける太陽の下――いや、正確にはそのずっと上。

 俺たちは、海を越え、陸の上を進んでいた。


 飛竜の編隊飛行である。


「……なあケイスケ」


 ニトが、前方を見ながら言った。


「これ、何回見てもおかしいよな」

「何が?」

「俺達が、飛竜に乗って、空の旅してるとこだ」

「うん、まあなかなか見ない光景だよな」


 俺はレガスの首筋を軽く叩きながら、そう返す。

 だが正直に言おう。俺は、もう完全に慣れてしまっていた。


 飛竜の背に乗る、という非日常に。というかそもそもこの世界自体が俺の常識の外にあったのだ。


『ケイスケ、ホメテル?』

「まあなー」


 ちなみにこの二か月で、鞍と鐙は無事完成した。

 サイズが馬とは違い巨大だったので色々とすったもんだあったが、ヘルヴィウスの貴族パワーで馬具職人への口止めもできた。


 鞍と鐙を飛竜たちが装備した結果、飛竜ライドの安定感は劇的に向上した。

 あの最初の「即中止」事件が嘘のようだ。


 さて。


 俺たちが、わざわざ空を飛んでいる理由。

 それは、あのダンジョンに行くためだった。


「……で、ケイスケ」


 ミルカが、風に髪をなびかせながら言う。


「目的地って、どこなの?」

「えーっと……」


 俺は少し考える。


 正直に言うと、地名をちゃんと覚えていなかった。


「俺が前に行った、アンデッドが出る森の中のダンジョンだな」

「アンデッドの森とダンジョン? 今向かってる方向は海を越えて、北よね……それって」


 ミルカが、ぴたりと動きを止めた。


「リヴネの森のことじゃない?」

「……リヴネ?」


 その名前を聞いた瞬間、記憶の奥がかすかに反応する。


「確か、この間の授業でダンジョンの話が出たでしょう」

「……あぁ」


 そういえば。


 確かにアンデッド系ダンジョンの話題が、ちらっと出ていた。

 ただ、その時は名前と実体が結びついていなかった。


「リヴネの森……通称、死の森よ」

「おい、物騒だな」


 ニトが率直に言う。


「言い得て妙ね」


 ミルカは真顔だった。

 話によると、リヴネの森は非常に広く、森そのものがダンジョンであり、未だ中枢部は発見されていないとのこと。


「俺、そのリヴネの森で洞窟型のダンジョン見つけたぞ?」

「本当ですか? この間の授業では、森全体が広くて、ダンジョンの洞窟部分は未発見と、ジェベルコーサ先生も言ってましたよ?」


 ヘルヴィウスが反応する。


「そういえばそんなこと言ってたな。まあ俺の場合、ポッコが見つけてくれたんだけど」

「本当、精霊って反則ですよね……。力を貸してもらってる僕が言うのもなんですけど……」

『……ん。精霊はすごい』


 と、どこからか誇らしげな念話。


「……ケイスケは」


 トルトが、のんびりした口調で言う。


「未発見のダンジョンの洞窟、見つけただか?」

「結果的には、そうなるな」


 一瞬、沈黙。


「ねえ、それって」ミルカが慎重に言う。

「冒険者ギルドに、報告したほうがいいんじゃない?」

「あー……」


 確かに、冒険者の心得には、そんな一文があった気がする。

 だが。


「心得、だったはずだぞ」

「規則じゃなかった?」

「義務ってほど、強くなかったよな」

「あら、そうだったかしら」


 ミルカが首を傾げる。


「報告したほうがいいのかな? 何かしらの報酬とかあるかもしれないし」


 何の気なしに口にした言葉に、ヘルヴィウスが反応する。


「僕は……やめたほうがいいと思います」


 珍しくそうヘルヴィウスがはっきりと反対した。


「発見の経緯を、説明できません」

「……あ」


 それは、確かに。


 空から入ったとか、精霊がいたとか、説明した瞬間に色々詰む。

 そもそも証明するのも大変そうだし、騒ぎになるのは避けたいところ。……となると、ダンジョンで手に入れた魔石なんかも売ることはできないのかもしれない。

 この前手に入れた魔石はスマホのストレージに入れたままだったので、俺はまだ売っていないのだ。


「ここまで来てあれだが……じゃあ、行くのやめるか?」


 俺が軽く言うと。


「おいおいおい!」


 ニトが、鞍の上で身を乗り出した。


「未発見のダンジョンだぞ!? 行かねえ理由がねえだろが! ギルドに絶対報告しなきゃなんねえ決まりなんかねえんだろ! 俺たちだけで行きゃいいだろうが!」


 完全にテンションが上がっている。

 最近わかったことだが、ニトは基本的に斜に構えていることが多いが、所謂男の浪漫みたいなものに弱い。

 冒険者になったのも、やはりそういったもともとの興味から始まっているのだろう。


「……興味が勝ってるな」

「当たり前だろ!」


 俺は、周囲を見渡す。


 この二か月余りで皆は、目に見えて強くなった。

 精霊たちとの連携も、今では安定している。

 ニトに至っては、魔法詠唱を覚えることができた。


 もっともニトの場合、詠唱は「ついで」だ。

 本命は、肉体強化魔法と火魔法の融合。

 全身に炎を纏い、火の玉のように突進する姿は、正直、毎回ちょっと引く。


 ちなみに俺も、カエリやニトに教わって、

 簡易版なら使えるようになっているが。


「……ケイスケ、どうしただ? 顔怖えぞ」

「ちょっと集中してただけだ」


 トルトは、ポッコとの連携で、土や石の壁を自在に生やし、全身を鉱石で纏うことすらできるようになった。

 ただでさえ熊みたいなのに、さらに巨大化するのは反則だ。


 ミルカは、シュネとの連携で水魔法を扱う。

 凍結、拘束、防御。汎用性が高く、冷静な判断と相性がいい。


 ヘルヴィウスは――別格だ。

 風の精霊アイレと連携し、短時間とはいえ、空を飛べる。


 初めて見たとき俺は口を開けたまま固まってしまった。


 そんな彼は、冒険者活動の時だけは、年相応に楽しそうだった。


 最後に、ティマ。

 エステレルとの連携は、言うまでもない。

 試しに、俺の浄化魔法を教えたら、数回で、あっさり習得してしまった。

 聖なる光を放つ姿は、天から舞い降りた聖女そのものだ。


 そんな感想を俺が伝えると、ティマは顔を真っ赤にして、ぽこぽこと俺の背中を叩いてきた。


「おいティマ、暴れると危ないって」

「……ケイスケが、悪いの」


 そんな俺達を見て、周囲からくすくすと笑いが漏れる。


 飛竜の影が、夏の大地に落ちる。

 その先にあるのは死の森、リヴネ。

 未踏とされるダンジョンが、俺たちを待っていた。


「にしても今日は揺れが少ねぇな。お前、機嫌いいのか?」


 ニトが軽口を叩きながら、飛竜の首筋を軽く叩く。最初の頃は、あれだけガチガチに固まっていたくせに、今では片手を離して景色を眺める余裕まである。


『ワレ、ナレタナ』

『オレタチ、トブノ、ウマイ』


 レガスと、今回連れてきた仲間の飛竜たちが、どこか誇らしげだ。

 いや、誇らしいのはいいんだが……飛竜タクシーが当たり前になっていいのだろうか?


 そんなことを考えているうちに、視界の先に、見覚えのある地形が見えてきた。


 森の中から、ぴょこんと突き出した小さな岩山。

 いや、小さいと言っても、森の中ではかなり目立つ部類だ。


「……前に来たとこ、だよな?」

『多分ねー』


 リラが念話で俺に同意する。


「あれがそうなの?」

「多分、あの辺だと思う」


 ミルカが眼鏡を押し上げながら尋ねてくる。


「でも、似たような岩山、他にもありそうですけど……」

「それは言うな、ヘルヴィウス」


 確かに周囲を見渡せば、同じような岩山が森から突き出ている。

 俺だって正確な場所はわからない。

 空から来たら、地上の目印なんてあってないようなもんだ。


 比較的広くて、安定していそうな岩山の上に、レガスたちは器用に降り立った。

 視線の高さは、針葉樹の森の上。風が吹くと、木々がざわざわと波打つのがよく見える。


 ……静かだ。


 前回ここに来た時は、あのダンジョンと帰り際にアンデッドの大群に追いかけ回された記憶しかないというのに。


「……妙に静かだべな」

「気味悪いわね」


 ミルカが小さく呟く。

 トルトも、いつもより周囲を気にするように、きょろきょろと森を見回している。


 その中で。


「……」


 ティマは、無言で俺のマントの裾をぎゅっと握っていた。


「大丈夫だぞ」

「……うん」


 声は小さいけど、ちゃんと返事はしてくれる。


「じゃあ、レガスたちは少し離れた安全な場所で待機してくれ」

『ワカッタ』

『ナニカアッタラ、スグヨブ』


 飛竜たちは翼を広げ、再び空へと舞い上がる。

 風が去り、残されたのは俺たちだけ。


 静寂。


 本当に、森が息を潜めているみたいな静けさだ。


『そういえばさー』


 影の中から、リラの軽い声が響く。


『やっぱり森、元通りになってたねー』

「ああ、そういえば……」


 言われてみれば、だ。


 前回は、俺たち、かなり派手に暴れた。

 木は倒れるわ、燃えて消し炭になるわ、地面は抉れるわで、正直「原状回復不可」レベルだったはずだ。


 なのに。


「……どこをどう壊したか、全然わからないな」

「森をかなり破壊したって聞きましたけど、全然そんな様子はないですね」


 ヘルヴィウスが感心したように言う。


「やっぱりダンジョン、ってことなのかしらね」

「多分な。自己修復機能付き、ってやつだ」


 この森がダンジョンである証拠だ。


「おい、待てよ」


 ここで、ニトが眉をひそめた。


「暴れたって、どういうことだよ?」


 そういえばニトには言っていなかった。

 神学校の昼休みに出た話題だった。


『ああ、前に来た時、皆でここら一帯をめちゃくちゃにしたんだー』


 隠すつもりもない。でもなんというか、精霊たちと好き勝手にしたということが少し心苦しかったのだが、リラが、さらっと言ってしまった。


「……はあ?」

「いや、あれは、その……不可抗力というか……」


 俺が言い淀んでいると、「おい、俺もやってもいいか?」とニトが食いついた。


「こんなダンジョンなら、思いっきり暴れてもいいってことだろ?」

「いや、今日はそれじゃないから」


 即却下。暴れるなら是非ダンジョンの中にしてくれ。


「あぁ?」

「ダンジョン攻略が目的だ。魔物相手にやってくれよ」

「ちっ……」


 舌打ちをするな。露骨に不満そうな顔をするな。

 まあ、いつもは周りに気を使って全力を出せないであろうニトの気持ちは少しわかる。


「……でも、少し安心しました」


 ミルカが周囲を見渡しながら言う。


「修復されるなら、多少は無茶しても……」

「ミルカまで何を言い出す」


 トルトが、ぽりぽりと頭を掻きながら、


「前は……いっぱい、怖いの、出たって言ってただよな」

「ああ。今日は、今のところ気配なし」


 それが、逆に怖い。


「空から来たから、感知されてないのかも?」

「その可能性はありますね」


 ヘルヴィウスが頷く。


「地上からの侵入を前提にした防衛機構なら……」

「なるほど」


 ……だがいや、待てよ。


 それってつまり、俺たち、完全に想定外の侵入者ってことじゃないか?

 このダンジョンの攻略をショートカットしたようなものだ。この前大量のアンデッドに襲われたのって、そこのところの怒りを買ったってのもあるのか……?


「マジか……」

『ま、考えても仕方ないでしょー』


 リラが軽い。でも確かにその通りだ。


『とりあえず、進もー』

「……そうだな」


 目的は一つ。

 ――ダンジョン攻略。


「行くぞ。気を抜くなよ」

「おう!」

「了解」

「……うん」

「……だな」

「はい」


 それぞれの返事を背に、俺達は一歩、森へと踏み出した。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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