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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百五十四話「死霊のダンジョン」

「ダンジョン、行ってみるか」


 自分でも、少し意外なほど落ち着いた声が出た。


『行こう行こうー!』


 即座にリラがはしゃいだ声を上げる。

 どうやら精霊たちも、地形破壊にはすっかり飽きたらしい。


 確かにこれ以上やると、さすがに罪悪感が勝つ。

 ダンジョンなら、魔物が相手だ。遠慮も自重も必要ない。


『そう言うと思って、入り口は見つけておいたよ』


 ポッコが、いつの間にかそんなことを言った。


「……は?」


 思わず間抜けな声が出る。


『この辺りの地脈、変だったから。探したらすぐわかった』


 さすが土の精霊。

 俺が悩んでいる間に、もう仕事は終わっていたらしい。


 案内されるまま向かった先にあったのは、最初に降り立った岩山とよく似た、小高い岩の塊だった。

 だが、近づいてみると違和感がある。


 岩肌の一部がぽっかりと、まるで口を開けたように闇を抱え込んでいる。


「……なんていうか、雰囲気あるな」


 生き物の気配が一切しない森。

 風の音と、葉が擦れる音だけがやけに大きく響く。

 その中心にある、岩山の闇。


 まるで黄泉の国への入り口みたいだ。


 中を覗き込むが、何も見えない。

 本当に、闇しかない。


「……よし」


 覚悟を決め、俺は魔法で光球を浮かべた。

 淡い白色の光が、闇を押し広げる。


 これなら視界は確保できそうだ。


 一歩、足を踏み入れる。


 中はひんやりと冷え、空気が澱んでいた。

 無機質な岩壁。

 削り出したような通路。


 自然洞窟というより、人工的な造りだ。


 静かに進んでいくと、やがて通路は途切れ、広間に出た。


 円形の広間。

 天井は高く、光球の光が吸い込まれていく。


 そして――。

 壁一面に、いくつもの窪みがあった。


 その中に、規則正しく納められているもの。


「……棺、だよな」


 喉が、ひくりと鳴る。


 ダンジョンなんだから、本物の遺体じゃない。きっとそうだ。

 そう、理屈ではわかっている。


 でも。


「……嫌な予感しかしない」


 その瞬間だった。


 ガタン。


 俺たちが入ってきた通路の方向から、鈍い音が響いた。


「え?」


 振り返った瞬間、通路を塞ぐように、岩壁がゆっくりと閉じていく。


「ちょ、待て!」


 ドン、という重い音を立てて、完全に塞がれた。


 閉じ込められた。


「……マジか」


 次の瞬間。


 ゴゴゴ……。ギギギ……。


 えも知れぬ、不気味な音が広間に響き渡る。


 音の正体は、すぐにわかった。

 壁の窪みに納められていた棺が、揺れている。


「……やめてくれ」


 嫌な想像が、現実になる。


 棺の蓋が、ずれる。

 ゆっくりと、だが確実に。


 中から現れたのは――。

 包帯に覆われた、動く死体。


 ミイラだ。


 さらに、その隣。

 骨だけの腕が、棺の縁を掴む。


 人間の骨が、そのまま動いている。

 所謂、スケルトン。


「マジか……。勘弁してくれよ……」


 思わず後ずさる。


 ここは、アンデッド系の魔物が出るダンジョンだった。


 しかも、数が多い。


 ミイラ、スケルトン、さらに――。

 腐りかけの肉をまとったゾンビまで混じっている。


 彼らの手には、剣、盾、槍、斧、弓矢。

 どれも朽ちかけているが、武装していない個体は一体もいない。


 中には、錆びた鎧を身に着けているものもいる。


「……無理無理無理」


 完全に、足が固まった。


 頭ではわかっている。

 倒せる。

 倒せる力は、ある。


 でも。


 動く死体は、理屈じゃない。

 生理的に無理だ。


 結果。


 俺が何かする前に、戦闘は終わった。


 炎が走り、骨が砕ける。

 風が唸り、ミイラが吹き飛ばされ千切れる。

 水が奔り、凍り付かせ、粉砕する。

 土が盛り上がり、押し潰す。


 ――いや、正確には。


 俺が「何かする前に」、精霊たちが勝手に始めた。


 足元から吹き上がった熱風が、群れの先頭にいたスケルトンを包み込む。

 乾いた骨は一瞬で赤熱し、次の瞬間、内側から弾け飛んだ。


 飛び散った骨片を追うように、鋭い風の走る。

 包帯を巻いたミイラの胴が、暴力的な空気に吹き飛ばされ、千切れた。


 腐臭を放ちながら迫ってきたゾンビは、水流に足を払われ、床に叩き伏せられる。

 そのまま全身が白く凍り付き、次の衝撃で氷像のように砕け散った。


 最後尾で弓を構えていた個体は、地面が隆起した瞬間、逃げる暇もなく土塊に押し潰される。

 錆びた鎧ごと、壁に埋め込まれ、ぴくりとも動かなくなった。


 剣を振り上げる間もない。

 盾を構える意味もない。

 悲鳴すら、上がらない。


 魔法ですらない。

 ただ、精霊たちが「排除すべきもの」を処理しただけだ。


 床には、砕けた骨と、黒ずんだ肉片と、凍り付いた破片だけが残った。

 数十体いたはずのアンデッドは、ものの数秒で、完全に沈黙していた。


 ダンジョンに漂っていた死臭も、いつの間にか薄れている。


 俺は、剣を握ったまま、その光景を呆然と見ていた。


 ……勝った。

 間違いなく、勝った。


『主、しっかりしてくださいませ』


 耳元で、少し呆れたような、それでいて心配そうなアイレの声が響いた。


「……すまん」


 俺は額を押さえた。


「わかってはいるんだけど、ちょっと固まってしまった……」

『次はちゃんとできるよねー? ケイスケ』


 リラに言われ、俺は小さく頷いた。


「ああ……。次はちゃんとやる」


 そして、付け加える。


「でもみんな、このダンジョンの中では自重しなくていいからな!」

『それって、さっきみたいに暴れてもいいってことだよな?』


 カエリが、目を輝かせて言う。

 俺は、力強く頷いた。


『じゃあ、がんばりますー』


 シュネの声も、どこか弾んでいる。


『僕は、道を探してる』


 ポッコだけは、いつも通り淡々としていた。

 戦闘より、索敵と構造把握が役目らしい。


 こうして五人の精霊と、それに付随する俺による、ダンジョン攻略が始まった。


 そんな中。


『そういえばこいつら、光に寄ってくるみたいだぞ』


 カエリが、戦いながらそんなことを言った。


「え、マジで?」


 確かに見ると、一番光っているカエリの周囲に、魔物が集中している。

 対して、リラは闇に溶け込むように存在感を消しているため、ほとんど狙われていなかった。


「……なるほどな」


 アンデッドにとって、光は――

 きっと、抗いがたい存在なのだろう。


 俺は、少しだけ深呼吸をして、拳を握った。


 次は、逃げない! ……ようにしようと思う。




 それから階段をいくつ降りただろう。


 感覚的には七層くらいだと思うが、正確な階層はわからない。

 ダンジョン内には表示もなければ、親切な案内もない。


 もっとも、そんなものがなくても俺たちはまったく困っていなかった。


 精霊たちが、無双しているからだ。


 前方では、火が走り、風が唸り、水が奔流となり、土が隆起する。

 アンデッドたちは出てきた端から砕かれ、燃やされ、凍らされ、押し潰されていく。


 俺はというと、基本、後ろからついていくだけ。


 しかも、ポッコの道案内が完璧なので、迷うこともない。


「……にしても、マジでキモイんだけど……」


 思わず本音が漏れた。


『見た目は人間の死体だもんねー』


 リラが軽い調子で言う。


「骨だけの奴はまだマシなんだけどさ……」


 スケルトンは、まあいい。

 どう見ても「骨」だから、現実味が薄い。


「肉がついてる奴は、ほんと無理」


 ゾンビ。

 フレッシュとまではいかないが、明らかに生前の名残があるやつ。


 あれは駄目だ。

 視界に入るだけで、胃がきゅっとなる。


 出てくる魔物は、スケルトン、ミイラ、ゾンビ。

 階層が進むにつれて、ゾンビの割合が少しずつ増えてきている気がする。


 なお、こいつらからも魔石は取れる。


 色は、灰色に黄色が混じったような独特なものだ。


「……これ、拾っていったほうがいいよな?」


 そう思って回収しているが、すでに百個近くになっている。

 袋はとっくにパンパンで、これ以上入らない。


 仕方ないので、途中からはスマホのストレージ機能に放り込んでいた。

 スマホの格納機能に、魔石格納がいつの間にかできるようになっていたのだ。

 今のところ魔石に限定されているけど、便利すぎるだろ、これ。


 ふと、スマホで時刻を確認する。


「あ……もう二時過ぎてるな」


 体感では、あっという間だったが、実際にはかなり潜っていたらしい。


「みんな、そろそろ引き返そう」

『えー? もうー?』


 リラが不満そうな声を上げる。


『確かに、それなりに時間は経ちましたね』


 アイレは冷静だ。


『じゃあ最後に、この通路に火をつけてもいいか?』


 カエリが、妙に楽しそうに言う。


『私は思いっきり水を流したいですー』


 シュネまでノリノリだ。


『ん。この先に、少し広めの広間がある。そこでなら、いいかも』


 ポッコの一言で、全員の視線が前を向いた。


「……ちょっと待て」


 嫌な予感がする。

 ポッコの案内で進んだ先にあったのは――。


「明らかにボス部屋じゃないか?」

『ん。そうっぽい』


 あっさり認めるな。


 広い部屋だった。広さは、体育館ほど。

 床一面には骨が散乱し、壁際にはいくつもの棺が無造作に横たわっている。


「これ、絶対にさ……」


 骨でできたようなおどろおどろしい扉の隙間から、中を覗き込む。


「足元からスケルトンが出てきて、棺からはミイラが出てくるパターンだろ」

『じゃあ、ここ終わったら帰ろー』

「だから、そんな簡単に言うなよ……」


 溜息をつきつつ、覚悟を決めて一歩踏み出す。

 中に入った瞬間。


 ガン、という鈍い音を立てて、扉が閉まった。


「……はいはい、そうですよね」


 セオリー通りだ。

 ふと、別のことが頭をよぎる。


「……これも、設定でいじれたよな」


 俺がダンジョンの中身をいじっていたとき、確かにあった。


 侵入者が入ったら何秒後に扉が閉まる、という設定。

 閉まる速度も選べたはずだ。


 勢いよくバターン! と閉まる扉も作れた。


 でも、ここのは――。


「早くもなく、遅くもない。デフォルト値っぽいな」


 これから始まるアンデッド祭りから目を逸らすために、そんなことを考える。


「……はぁ」


 どうやら、部屋に入っただけでは始まらないらしい。

 俺は溜息をついて、慎重に部屋の中央へ歩き出す。


 その瞬間。ひときわ大きな棺の蓋が、ぎ、と動いた。

 それに連動するように、周囲の棺の蓋も動き始める。


 そして足元。


 無数のスケルトンが、地面から這い出してきた。


「うわっ!?」


 不意に、足首をつかまれる感覚。


 完全にホラー展開だ。


 情けないが、小さく悲鳴を上げてしまった。


 見下ろすと、地面から半身を出したスケルトンが、俺の足を掴んでいる。


「くっ……!」


 反射的に叫ぶ。


『浄化ぁ!』


 足元に向けて、浄化の魔法を放った。

 白い光が広がり、スケルトンは声なき声を上げて、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 その間にも、アンデッドたちは次々と棺や地面から這い出し、戦闘態勢を整えていく。


『ねえねえ、その浄化の魔法ってさー?』


 戦いの最中なのに、リラは呑気だった。


『瘴気相手には特攻だよねー?』

「あー……そうっぽいな」


 別に、このダンジョンのアンデッドだから効くわけじゃない。

 魔物全般に効く。


 ……そういえば。


 俺がダンジョンマスターになった、あのエージェのダンジョン。


 あそこで生み出した魔物に、浄化の魔法を使ったことはなかった。

 俺の魔法は、あいつらにも効くのだろうか。


 ふと、そんな疑問が頭をよぎる。


 そのうち一度、行ってみて試してみる必要がありそうだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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― 新着の感想 ―
アンデットではなくアンデッドが適切かと思います。
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