第二百五十一話「勇者(候補)ケイスケ」
訓練場の喧騒が遠ざかっていく。
あれだけ土煙が舞い、怒号と金属音が響いていたはずなのに、今はやけに静かで落ち着かない。
俺は案内された会議室みたいな一室で、椅子に座っていた。椅子というより玉座の前の小さな踏み台に座らされてる感が強いが。
向かいにいるのは、アポロ神教聖騎士団総長――グライコフ・ドグトリアス。
総長は治癒班に治療されたらしく、あれだけボロボロだった傷はもう影も形もなくなっていた。
ただ、後ろへ撫でつけた白髪の一部だけは、俺の光魔法の余波で少し焦げたままだ。
偉そうとかじゃなく、ガチで生きた伝説みたいな雰囲気を放っている。
部屋の空気が、この人の周りだけ密度を増してる感じすらする。
イズミト先生とティマは、治療と報告を済ませて先に帰った。
パトリックも、ティマを庇うようにして去っていった。
気付けば部屋には、俺と総長の二人きり。
やけにしんとした空気が、耳に痛い。
総長が背もたれに体を預けると、ギシッと椅子が鳴る。
そんな中で、総長は重々しい声で口を開いた。
「さて、ケイスケよ。……おぬしは勇者候補となった」
「……マジですか」
反射で言葉が漏れた。
いや、これ反射で済ませていい内容じゃないだろ。
「うむ。この儂がそう判断した」
その「うむ」の重さよ。
否定する隙が一ミリもない。
なんにせよ、この人の判断を覆らせるのは今のところ無理そうだ。ならば聞くべきことだけは聞いておかないと。
「勇者候補って……具体的に、なんなんですか」
「……ふむ。まずはそこからか? 神学校の生徒であれば、そのうち学ぶことなのだがな」
総長は腕を組み、少し目を閉じる。
その仕草ひとつにも歴戦の重みがあって、教える準備完了みたいな圧がすごい。
「勇者候補とは、文字通り勇者となる可能性のある者だ。魔王に対抗しうる資質を持つ者、と言い換えても良い」
「魔王って……やっぱり本当にいるんですね」
「おる」
間髪入れずに断言されると、もうそれだけで怖い。
総長によれば、魔王は百一年周期で現れるらしい。
海の向こうから。
ただ、どこから生まれるかまではわからないとのこと。
「そして魔王を討伐できるのは、勇者だけだ」
「限定職……?」
「なんだその言葉は」
「あ、いや……なんでもないです」
ゲームが脳裏をよぎったのがバレたら恥ずかしい。
総長の説明は続く。
歴代の勇者は、平民出身もいれば王族もいる。
ただ共通しているのは――どの勇者も「精霊と契約していた」という点だ。
「おぬしも契約しているのだろう? 光の精霊と」
「……なんで、それを」
王都に来てからは誰にも言っていない。
リラも、俺の影に潜って黙っていたはずだ。
「マデレイネ殿から報告を受けている。重要事項ゆえな」
「あ、あぁ……確かに口止めしてなかった……」
言われてみれば、当然すぎる話だった。
前回の勇者――アレクシスは雷の精霊と契約していたらしい。
その前は火の精霊だったり、水だったり、毎回違うそうだ。
ティマが勇者候補ではないのか、と俺は思わず聞いた。
彼女の光魔法適性は高く、聖女候補に選ばれるほどだ。
「だが、あの少女が戦闘できるとも思えん」
「あ……確かに」
ティマは優しすぎる。
癒しの光は似合っても、戦いの光は似合わない。
勇者に必要なのは――精霊契約、そして戦闘能力。
どちらも揃っている俺は、条件に見事に当てはまってしまったらしい。
『ケイスケ、勇者だってー!』
『まだ候補だ、候補』
影の中からリラが楽しそうに囁いてくる。
いや、全然楽しくないんですけど。
「……パトリックも勇者候補なのですか」
「うむ。あやつは勇者アレクシスの直系の子孫だ。精霊契約こそまだだが、強い資質がある」
なるほど。
そういえばパトリック、光魔法も肉体強化も普通に上手かったもんな。
「……じゃあ、勇者候補って何人いるんです?」
「三人だ。おぬしと、パトリックと、もう一人」
もう一人。名前は教えてもらえなかった。どうにも国外の人物らしいのだが。
年齢は皆、俺と同じくらい。パトリックは少し年齢が高いくらいだとか。
「勇者候補となっても、義務は特に発生しない。強制はせん。……だが、できるならば聖騎士団の訓練に参加してくれると助かる」
「……はぁ」
「拒否してもよい。おぬしの意思は尊重される」
そうきっぱり言われると、逆に断りづらくなるのはなぜだろう。
勇者候補って……絶対めんどくさい。
「勇者候補の『候補』が消える条件って……あるんですよね?」
「ある」
「それは……」
「教えん」
「なんで!?」
「教えれば、おぬしは全力で回避するであろう」
「……うぐ」
図星すぎる。
この人洞察力高すぎでは?
「勇者は、望まずしてなるものではない。だが、備えが必要な存在でもある。……おぬしには、その器がある」
「いやいやいや、俺まだ王都に来て全然ですよ?」
「関係ない」
即答。
この人の中では、もう決定事項なのだろう。
俺は頭を抱える。
勇者候補なんて肩書き、絶対ろくなことにならない。
魔王とか、世界とか、そういう単語がすでに重すぎる。
『ねぇケイスケ、勇者になるとモテるんじゃないー?』
『影で変な期待するな!』
『えー? でもケイスケが勇者候補になったって聞いたら、皆びっくりするよー? ティマとか特に』
『……ティマは普通にもう知ってるだろ。普通にあそこにいたんだから』
『あ、そっかー』
総長は机に肘をつき、俺を見据えた。
「ケイスケよ。おぬしは異才だ。光の精霊と契約し、この短期間でこれだけの成長を見せている。……将来を見据えれば、勇者候補として扱うのは自然なことだ」
「自然……なんですかね」
「むしろ遅いくらいだ」
「マジかよ……」
はぁ……。
思わず深く息が漏れる。
勇者なんて、世界の命運を背負うようなポジション。
そんなの向いてるわけがない。
「……まあ、勇者候補として扱うと言っても、強制はせん。これからどう生きるかは、おぬし次第だ」
その言葉だけは、少し救いだった。
総長は立ち上がり、背を向ける。
「焦らずともよい。ゆっくり考えるがいい。……ただし、勇者候補であることは忘れるな。だが、時が来たら、その時は……。わかるな?」
「忘れたいんですが」
「忘れるな」
ダメか。
総長が歩き出し、扉へ向かう。
その背中は、まるで歴史そのものが歩いているような迫力だった。
扉が閉まった後、俺は椅子に沈み込み、天井を仰ぐ。
『ケイスケ、勇者ケイスケ……響きは悪くないよー?』
『だから候補だってば』
『候補でも勇者は勇者じゃん』
『違う。全然違う』
頭の中でリラとやり取りしながら、俺はその事実の重さにずしりと肩を押さえつけられるような感覚を覚えていた。
勇者候補。
本当に、俺が……?
心の中でため息をついた瞬間、リラが軽い声で言った。
『まあ、ケイスケならなんとかなるっしょー』
『……お前、根拠ある?』
『ないよ?』
『ないのかよ』
でも――。
その軽さが、少しだけ気持ちを楽にした。
どうするかは、俺次第。
勇者候補になったからって、すぐ何かが変わるわけじゃない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は立ち上がった。
「……帰ろ」
ティマの顔を見れば、考えすぎた頭も少しは休まるだろう。
勇者候補――その肩書きの重さを胸に抱えたまま、俺は静かな会議室を後にした。
翌日の昼休み。
中庭の隅の、いつもの木陰。噴水の音が遠くに聞こえる、人が少ないこの場所は、トルトとミルカとティマ、それから俺がよく昼を食べる定位置になっていた。
今日もそれぞれ食べ物を広げて、ゆっくり食べ始めていたところだ。
トルトはいつものように肉を挟んだボリューミーなサンドイッチ。
ティマとミルカはクッキーなどの甘いものだ。
けれど、俺は全然味がしなかった。
もう昼になるまでずっと、胸のあたりがざわついて仕方ない。
――言わなきゃならない。
まあ、言ったところで何が変わるってわけでもないけど。
俺は手に持っていたパンを置き、小さく息を吐いた。
「えーと、その……話があるんだ」
ミルカが眼鏡の奥で鋭い目つきになる。
ティマが手を止めて、こちらを少し不安げに見てくる。
トルトは相変わらずで、ぼんやりしたような顔のまま「なんだべ」と呟いた。
ちょっとだけ、言い出しづらい。でも、まあ言うしかない。
「俺……勇者候補になった」
皆が食事の手を止めて俺を見やる。
「ケイスケが、勇者だか……」
最初に反応したのはトルトだ。
驚愕というより、半分夢でも見てるような、そんなトルトらしい呟き方だった。
「トルト、候補だ、候補。勇者そのものじゃなくて、候補な」
「お、おお……」
トルトは頭の上に疑問符を浮かべたまま、何度か頷いた。
その横で、ミルカが膝の上にクッキーを置いて、俺をまっすぐ見つめる。
「魔力の多さは桁違いだとは思っていたけど……まさか勇者候補だなんて」
「え、魔力の多さ、気づいてたんだ?」
「気づくわよ。あれだけ魔法を使ってもケロってしてるんだもの、嫌でも分かるわ」
ミルカはさらりと言うが、俺としては軽く衝撃だ。
こっちはバレないようにしていたつもりだったのに、普通にバレていた。
「ケイスケ、すごかった……」
ティマがおそるおそる呟く。
昨日の手合わせのことを思い出しているのだろう。
俺は苦笑して首をかいた。
「ありがとう、ティマ。まあ昨日は……なんというか、その……大変だった」
結局、手合わせの後は別々に帰ったけど、俺は夜になるまで疲れが抜けなかった。
だからこそ、今日この三人にはちゃんと話しておきたかった。
勇者候補の件は、本当は軽々しく口にしていい話じゃない。
けど、俺にとって大事な友達三人には黙っているのが逆にしんどかった。
俺は少し姿勢を正し、三人をゆっくり見渡す。
「ともかくだな。俺は勇者になるつもりはないから、そのつもりで頼む」
「……なるつもりはないって。ものすごい栄誉じゃないの。どうしてよ?」
やはりミルカが食いついてきた。
聡明で責任感が強い彼女からしたら、俺の言葉は理解しがたいのだろう。
トルトも「だなあ」と重々しく頷いている。
俺は両手を上げ、肩をすくめた。
「魔王が現れたら、最前線で戦わなくちゃいけないんだぞ? 死ぬかもしれないんだぞ? そんなの、嫌に決まってるだろうが」
「まあ、確かに……」
トルトが納得したように頷く。
ティマは胸に手を当て、小さく安堵の息を漏らした。
「あ……よかった……」
よかったって言われるのもどうかと思うが、ティマの表情が優しく緩んでいるのを見ると、ちょっと救われる気がした。
ミルカはため息をひとつ吐き、頬杖をついた。
「まあ、候補というからには決定ではないんでしょうけど……ケイスケがならないといいわね」
「ミルカ、なんでそんな他人事なんだ!? 俺は悲しいぞ!」
ミルカは唇を尖らせ、眼鏡を押し上げる。
「なんとなく、貴方って……望んでいないことほど、そうなってしまう気がするのよね」
「おい、やめろ、マジで」
それはフラグだ。完全にフラグだ。
俺だっていやな予感がしているのだ。その予感を後押しするようなことをするな。
中庭の空気が少し和む。
そんな中、トルトがもそもそと尋ねた。
「他の勇者候補は……誰なんだべ?」
その問いに、俺は一瞬だけ息を止めた。
グライコフ総長の顔が脳裏に浮かぶ。
彼は言った。
『他の候補ことは誰にも話すな。よいな? 特に強調しておくが、話すな』
圧が強かった。
背筋が凍るほど強かった。
あの人に逆らいたくはない。
だから俺は、トルトに対しても、きっぱりと首を振った。
「それは言えないんだ」
「まあ、それはそうよね」
ミルカがさらっと受け入れる。
こういうところは本当に理知的だ。
俺は三人に視線を戻し、念押しするように言った。
「俺が勇者候補ってのは、信頼できる相手になら話していいって言われてるんだ。でも、他の候補については一切言うなって、これでもかってくらい言われた」
もちろんパトリックのことも言えない。
もう一人に至っては、俺自身名前すら知らない。
「ともあれ、そういうことだから、よろしく!」
俺がそう言うと、トルトが首を傾げた。
「……何がだか?」
「勇者にならないってことだよ! 俺が勇者にならないよう、応援してくれってことだよ!」
ミルカは呆れたように肩をすくめた。
「まあ……できることがあったらね」
それでも彼女の声は、どこか優しかった。
ティマはおずおずと手を胸の前で握り、こくんと頷く。
「……わたし、ケイスケを、応援する……」
その言葉が、なんだか胸にじんと響いた。
いい奴らだ、本当に。
俺は三人の顔を見渡しながら、ふっと息を吐いた。
昼休みの柔らかい光が、木々の影を揺らす。
勇者候補になってしまった現実は、どう考えても重い。
でも――この三人が味方でいてくれるだけで、少しだけ気が楽になる。
「よし、じゃあ午後の授業も頑張るか!」
「だべ!」
「あー……ロシオリー先生の授業はお腹すくのよね……」
「が、がんばる……」
日常は続く。
勇者候補になっても、俺の日常は変わらない。
変わらせない。
絶対に、勇者になんてならない。
そう強く心の中で決意しながら、俺は立ち上がった。
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