第二百五十話「対グライコフ総長」
『すごかったねー! さっきのやつ、良い感じだったよー!』
影の中からリラが弾んだ声をあげる。
『まあ、剣だけじゃ勝てなかったけどな』
『いやいや、光魔法だけで貫通したのがポイント高いよー? ぐっと来たよー』
そんなことを好き勝手言いながら、リラは妙にご機嫌だ。
……たしかに、俺としても神学校で習ったことを実戦で生かせたのは悪くない。
けど、それよりも心配なのは、周囲の雰囲気だ。
隊長格を倒したあと、観戦していた聖騎士たちがざわつきっぱなしで収まらない。
嬉しいとか感動という空気ではなく、静かに波立つ――評価の定まらないざわめき。
ヤバいことしたかもしれない、という嫌な予感しか湧いてこない。
と思っていたら。
沈黙を割るように、ひときわ重い足音が聞こえた。
見ると、白い髪をざっくりと後ろに撫でつけ、巨大な盾を携えた老人が一歩前へ。
――グライコフ・ドグトリアス。
この国の聖騎士団の総長。
「ちょ、ま。マジか!?」
思わず声が出た。さっきの隊長格ですら尋常じゃなかったのに、その上位互換が来るとかラスボスか!?
周囲が静まり返る中、総長は俺をじっと見据え、開口一番に言った。
「少年よ、歳はいくつだ?」
「え、と……?」
なんで年齢?と戸惑ったその隙を許してくれなかった。
「はっきりせんか!」
「はい! 14歳くらいです!」
「くらいだと? はっきりしろ!」
「記憶がないので、はっきりはわかりません!!」
自分史上最大の音量で返してしまった。
総長はそこでようやく一瞬黙りこむ。
「記憶がない、だと……本当か?」
「はいっ」
歌うような抑揚のない返答になってしまう。完全に軍隊の尋問状態。
総長は視線を俺から外し、少し離れた位置にいたイズミト先生に向ける。
「イズミト女史。少々試してみても?」
「いいですよー」
「え、え、え? 何を!?」
俺の疑問を完全に無視して会話だけ進んだ。
総長は前に向き直り、巨大な盾を構えながら言った。
「さて、ケイスケといったな。剣を構えるがいい」
「え……はい」
逆らえる雰囲気じゃない。プレッシャーがヤバい。
「少々手荒にいくぞ? 少年が真にそうであるなら、乗り越えられるはずだ」
何を乗り越えるんだよ!?
そもそも試すって何を!? 俺、何も説明受けてないけど!?
問いを投げる隙も与えられない。総長はゆっくりと一歩踏み出した。それだけで、空気が沈む。
世界の中心に質量の塊が落とされたような感覚。鼓膜が圧迫されて、思わず呼吸を浅くしてしまう。
足が地面にめり込み、微かな亀裂が走るような錯覚。
あの体格、身にまとった鎧。あれだけでも異様なのに、構えを取った途端、まるで一本の巨大な木が戦うために根を引き千切って動き出したみたいな威圧感が生まれる。
視線が合っただけで背中がゾワッとする。
「ちょ、待――」
言いかけた瞬間。
巨大な盾が地響きを上げて突っ込んできた。
「っ、おい待っ――無理無理無理無理!!」
反射で飛び退く。脳が判断するより早く、体が逃げの動作を始めていた。
直後、振り下ろされる風の断裂音。咄嗟に身を丸めなかったら腕か首が飛んでいた。
地面が爆発したみたいにえぐれて、土砂が雨のように降ってくる。
ハルバード。柄の長い巨大武器。普通の大人が全身使ってようやくまともに振れる代物を、総長は片腕の延長みたいに軽々と扱っている。
――さっきの隊長格?
あれはチュートリアルだった。ウォーミングアップだ。
この総長は戦車だ。いや、戦車なんて生ぬるい。
全方位に砲門を備えた移動要塞。それが脈打つ心臓を持って、殺人的な反応速度で動いてる。
距離を取る。
致命打だけは避ける。
でも、追いつかれる。
なんとか剣を合わせてもビクともしない。
刃が当たっているのに、まるで鋼鉄の壁を殴っているみたいな感触しか返ってこない。
そして弾き飛ばされる。転がる。砂が口に入る。うつ伏せのまま必死で立ち上がる。
また距離を取る。
また追いつかれる。
また振り切る。
それを許されない。
永遠に終わらない攻防のループ。
「どうした、逃げ回るだけか!!」
怒号。声そのものに衝撃波が混じっているみたいに、地面が震えた。
盾が迫る。
正面から受けたら粉々になるのは本能が断言していた。
咄嗟に横跳びして、肩から転げ落ちるように砂地に叩きつけられる。肺の中に砂埃が入り込み、呼吸が焼ける。視界が滲む。
『ケイスケ、これマジで死ぬやつじゃない?』
『言うな! いっぱいいっぱいなんだよ!!』
心の中の声すら焦りで裏返っていた。
逃げたいわけじゃない。
戦いたくないわけでもない。
でも理由も説明もなく、ただ一方的に押し潰され、判定され、評価されるこの状況。
胸の奥から、焦りじゃない。
もっと濃くて、もっと熱いものがこみ上がってくる。
――なんでだよ。
なんでいきなりこんな目に遭わなきゃならないんだよ。
理由も告げられず、一方的に判定されて、全力で押し潰されて――。
ふざけんな。
この瞬間、頭のどこかで何かがブチッと切れた。
視界が冴える。
息苦しさが消える。
リラの声も、砂の音も、遠くなる。
代わりに光の魔力が一気に溢れ出した。
拳大の光弾を生成する。
今までのとは違う。
魔力を、ありったけ。
抑制を忘れ、ただ「ぶつける」ことだけを目的に。
小さな太陽みたいな光。
灼けるほどの輝きが俺の手元で揺れる。
総長が一瞬、初めて身構えた。
「……ぬ!?」
「……くらえ」
光弾は撃ち出された瞬間、視界から消えた。
空気が焦げる。風がうなる。
そして――世界が、白く爆ぜた。
閃光。轟音。
直後、光が強すぎて、逆に一瞬空が暗転した。
爆発する衝撃波が地面を割り、砂を巻き上げ、俺の体を押し返す。
眩しさが消えたとき。
膝をつく総長がいた。
巨大な盾は粉砕され、装甲の一部が焼けて溶けている。
――勝った?
そう思った瞬間、足が震えた。
感情じゃなく、本能が震えている。
俺はそのまま地面にへたり込んだ。
鼓動がうるさい。
自分の息遣いすらもうるさい。
それを整えるのに少しの時間を要した。
それが漸く静かになって、俺は下げていた顔を上げる。
総長の大楯と鎧が砕けて地に転がっているのを見た。
分厚い盾が、鎧が砕けて、溶けている。
ありったけの魔力を籠めて魔法を放った結果だ。
そこで俺の血の気はすぅっと引いた。
……やばい。
普通にやばいだろこれ。
見た感じどう考えても高そうな装備品だ。なにせ聖騎士団の総長が持っている装備だぞ? 国宝級とかじゃないのか?
弁償とか──いや、弁償って金額で済む問題なのか? 俺、人生でこんなに全力で財布の心配をする日が来るとは思ってなかった。
「やっば……マジか……」
つい漏れた声は誰にも届かない。俺の内側だけに響いて消えた。
「あらあらー、すごいですねー!」
のほほんとした声が空気を切り裂いた。イズミト先生だ。俺が冷汗まみれになっている横で、嬉しそうに両手を叩いている。なんでそんなに楽しそうなんだこの人は。いや、前から薄々思ってはいたけど、この人、やっぱりちょっと感性のベクトルが違う。
グライコフ総長本人はといえば、吹き飛ばされたわけでも倒れ伏しているわけでもなく、膝をついた姿勢のまま微動だにしない。
すぐ近くに駆け寄ってきた複数の聖騎士が治癒魔法を施しているのが見えた。
その輪の中に、パトリックの姿もある。いつも爽やかで落ち着いた雰囲気なのに、今は目を丸くしている。総長と何か短く言葉を交わしては頷き合っていた。
……え、もしかしなくても、俺が装備壊したことについての話し合いだったりする?
賠償請求? 弁償? いや、ほんとやばいんじゃないのこれ?
勝手に想像が膨らんでいくたびに胃が痛くなる。なんなら胃が消滅するまである。
そんな俺の心配を背中で感じたのか、影からリラの声が聞こえた。
『いやー、やり過ぎだよねー。光弾っていうか、光爆弾レベルだったよ今のー』
『やめて! 言い方ひどくない!?』
『でも本当にすごかったよ? 見た目は拳くらいでかわいいのに、中身は太陽並み! あれはいいねー!』
『笑い事じゃない……俺の社会的生命が飛ぶかもしれないだろ……』
頭を抱えたい気分で立ちすくむ俺の前で、治癒魔法が終わったらしい総長がゆっくりと立ち上がった。その動きに合わせるように、周囲のざわつきもぴたりと止まる。
やめてくれ。絶対怒ってるだろう。見た目からしてブチギレててもおかしくない。
俺、今日の午前まで「平和な神学校生活最高」とか思ってたんだよ? なんでこんなラスボス戦みたいな展開になってんだよ。
そんな俺の心の叫びとは関係なく、総長の重い声が響いた。
「少年……いや、ケイスケといったな」
「は、はい……」
「最後に放った魔法、あれは『明けの煌星』か?」
「……明けの、煌星?」
知らない単語がポンと出てきて、完全に目が点になる。
「違うのか? 儂がかつて見たものとそっくりだった。光を凝縮し、一瞬にして解放する──まさに星の夜明けのごとき輝き。そう呼ばれていた魔法だ」
『なかなかいい名前だねー。今の魔法そんな名前にしちゃえばー?』
『いやいやいや、あれはただの光弾だって。名前パクったら普通にアウトだろ』
『パクりっていうか、継承ってことでいいんじゃなーい?』
『軽いんだよお前は』
リラとのやり取りをしながらも、俺の視線はグライコフ総長に釘付けだった。怒るでも睨むでもなく、そのまっすぐな視線は、俺を試すようにも、値踏みするようにも見えた。
そして、総長は静かに告げた。
「ともあれ、判断は下った」
「……え?」
判断って、何の判断?
まさか装備弁償の判定? 何千万とか何億とかの借金人生確定?
あまりの不安に膝が笑いそうになる俺を無視して、総長は高らかに宣言した。
「おぬしを、勇者候補として認定する」
「──はい?」
思考が一瞬完全に停止した。
勇者候補? 俺? この流れで? どういうこと?
周囲の空気が一瞬止まったかと思うと──。
「「「おおおおおおおお!!!」」」
爆発するような歓声が上がった。
さっきまで戦闘モードだった聖騎士たちが喜びに沸き、互いに肩を叩き、手を組み、歓喜の声を上げている。
目の端には、ティマがいた。
いつもどこか怯えたような目をしている彼女が、今は少しだけ涙に濡れた瞳で俺を見ている。
言葉はない。それでも伝わる。
――よかった、と。
でも俺は。
戦闘の余韻でも、達成感でもなく。
ただ状況についていけず、ぽつりと漏らした。
「……マジか」
だが周囲の歓声にかき消され、その声は誰の耳にも届かなかった。
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