第二十五話「ロビンとの語らい」
「うん、いい場所だね、とても」
俺は木陰に腰を下ろした。心地よい風が吹き抜けていく。
「ねえ、あっちを見て!」
ロビンは東の方を指さした。
「あっち、東の方にずっと行くと、領都ハンシュークがあるのよ! それで、そのもっと向こうに王都があるの」
「ロビンは行ったことがあるのか?」
「ええ! ハンシュークはね! お父さんに連れて行ってもらったわ」
「へえ……。どんなところ?」
「とっても素敵だったわ! 色とりどりで、高い建物ばかりなの。道行く人もおしゃれで、どこまでも素敵な街並みが広がっているわ! それに、おいしい食べ物がいっぱいあるのよ」
「都会なんだね」
「そうよ! こんな辺鄙で何もない村なんか、比べ物にならないくらい」
ロビンの声には、都会への憧れがたっぷりと込められていた。やはりこの年頃の子供には、華やかな場所への憧れが強いのかもしれない。
ロビンは興奮気味に話し続けたが、やがて今度は北の方を指さした。
「あっち、北のほうは険しい山があるの。ドラゴンがいるって言われてるわ。常に雪で覆われてるから、誰も立ち入ることはできないのよ」
「ドラゴン?」
「そう! お父さんの知り合いが言ってたんだけど、昔、冒険者が挑んだけど誰も帰ってこなかったんだって」
ドラゴンについては驚くまい。
しかし冒険者か。そういう存在もやっぱりいるのか。
ロビンはさらに左へ体を向ける。
「西には惑いの森があるの」
「惑いの森?」
「そう、とても深い森で、森の奥には古い神殿があるって言われてるけど、誰も見たことがないの」
「誰も見たことがないのに、神殿があるってわかるんだ?」
「そういう言い伝えなの! もう!」
俺のつっこみに、ロビンは頬を膨らませた。
――惑いの森。
メイコたちと過ごしたあの場所は、そういう名前なのだろうか?
「それで、南のほうには大河があって、その先はビサワよ」
ロビンが指さす方向を見る。村の外の丘の上からでは、大河そのものは見えないが、確かにその先には別の国があるらしい。
「ビサワ?」
「国の名前よ! 獣人たちの国ね」
「へえ! 獣人!」
思わず声が弾んだ。ファンタジーの世界に来ているのはわかっていたが、獣人なんてものが実在するとは。異世界ならではの存在に興味が湧く。
「え? 獣人が好きなの? ケイスケ」
ロビンが怪訝そうな目を向ける。
「いや、そういうわけじゃないけど、気になってさ」
「やめなさいよ、獣人なんか。野蛮なだけよ」
ロビンの言葉には嫌悪が混じっていた。どうやらこの世界では、獣人に対する印象があまりよくないらしい。軽々しく話を広げるのはよくないかもしれない。
「ケイスケは旅をしてきたっていうけど、どこから来たの?」
突然、核心を突くような質問が飛んできた。
「西のほうだよ。というか、あまり覚えていないんだけどね」
「え?」
俺の言葉にロビンが驚いた顔をする。
「気が付いたら、森の中にいたんだ。それから前のことはあまり覚えていないんだ」
本当のことを交えつつ、記憶がないという設定でいくのが得策だと考えていた。突っ込まれても「覚えていない」で通すつもりだ。実際問題、覚えていないのだから嘘ではない。
「そうなんだ? 何も覚えてないの?」
「そうだね、自分の名前とか、さっきの桃太郎とか、くだらないことは覚えていたけど、それ以外はあまり思い出せないかな」
努めて明るく言った。実際、辛いわけではないのだから。
「だから、いろいろと教えてくれる? ロビン」
「わかったわ! 私がいっぱい教えてあげるわね!」
幸いにして、いい教師に出会えたようだった。
ロビンは楽しそうに、この村周辺のことを語り始めた。
ミネラ村はザグレフ侯爵が治める村のひとつで、この国は封建制度を採用しているらしい。つまり、村は領主の支配下にあり、貢納や税を納める義務がある。
ザグレフ侯爵が住む場所が、先ほど教えてもらった領都ハンシューク。
そして、この国の王のいる都が王都。その王国の名前はサンフラン王国。
「へえ……じゃあ、王様がいるんだ」
「そうよ! サンフラン王国の王様はとっても偉大なの!」
ロビンの目が輝いている。どうやら、王に対する敬意はこの国で根付いているらしい。
さらに話を聞くと、南には獣人の国、ビサワがあり、王都より東にはビリガス共和国、ナダーツ帝国という別の国々があるという。
「なんでそんなに詳しいの?」
「ふふん、それはね!」
ロビンは胸を張って言う。
「私はミネラ村の村長の娘だからよ!」
「おおー」
俺の驚きの言葉に、ロビンの笑みが深まる。
しかしなるほど、だから農作業にもそれほど駆り出されず、教育を受けることもできるということか。
「ミネラ村以外にも村はあるの?」
「ええ、東にキト、南にウルムっていう村があるわ。そこもザグレフ侯爵の領地よ」
こうして地理や政治について少しずつ知識を得ていく。村長の娘というだけあり、ロビンの話はなかなか詳しく、聞いていて飽きなかった。
「それでね……」
ロビンは話し続ける。
この村のこと、この国のこと、そしてこの世界のこと。
まるで、俺に世界の形を教えてくれるようだった。
そしてロビンは不意に言った。
「ケイスケ、魔法って興味ある?」
「魔法?」
「ええ、珍しいものじゃないわよ。とても便利だし」
そう言われて改めて考える。確かに、ここに来てからの生活の中で、魔法らしいものは見たことがなかった。だが、確かに存在するものなのだろう。
「ロビンは魔法を使えるの?」
俺がそう尋ねると、ロビンは胸を張って得意げな顔をした。
「ふふん、もちろんよ! 見てなさい!」
そう言って、彼女は両手を前にかざし、小さな声で詠唱を始めた。
『紅き精霊たちよ。小さき小さく顕現し給え……ビュンテ!』
その瞬間、彼女の掌の先の空間に、小指の先ほどの火がふっと現れた。
「おおお!」
俺は思わず声を上げる。小さな火とはいえ、確かにそこに浮かんでいる。まさに魔法だった。
「どう? すごいでしょ!」
「すごいよ! 本当に魔法だ!」
俺が感心すると、ロビンはまた得意げに鼻を鳴らす。
「魔法を使うには、適正が必要なのよ!」
「適正?」
「そう。魔力自体は誰でも持っているんだけど、適正がないと魔法は使えないの」
適正……なるほど、素質がある人だけが魔法を使えるわけか。
「魔法の適正には、主に火、水、風、土の四種類があるのよ」
「四種類?」
「そう! これは子供でも知ってる常識よ!」
ロビンはまるで先生のように得意げに説明する。確かに、こうした世界では当然の知識なのかもしれない。
そこまでは予想できていた。
そかしステータス画面では、その四属性――火素、水素、風素、土素と、もう一つ。
「じゃあ、光の魔法は?」
「光の魔法は神父様が使う特別なものよ。神様に選ばれた人しか使えないの」
「へえ……」
神様に選ばれた人……それは僧侶とか聖職者だけが使えるものなのだろうか。
「適正がない人のほうが多いのよ」
「へえ……どうやって適正を調べるんだ?」
「教会で検査を受けるの。特別な機械に血を垂らして調べるのよ」
俺は思わず意外に感じた。ファンタジー的な魔法の世界なら、水晶の玉に手をかざすとか、そういう占い師的な方法かと思っていた。
「ロビンは火の適正があるから、魔法を使えるのか」
「そうよ! 魔法を使えるのは、ちょっとしたステータスなの!」
確かに、魔法を使えることが一種の特権ならば、ロビンの誇らしげな態度も理解できる。
「私、15歳になったら王都の魔法学校へ入学するの!」
「魔法学校なんてのもあるのか?」
「もちろんよ! でも、とても狭き門なの」
やはり魔法がある以上、それを体系化して研究する施設も存在するのだろう。
「王都ってどんなところなんだ?」
「ハンシュークよりもずっと都会よ! もっと大きくて、もっと華やかで、もっと素敵なところ!」
ロビンの目が輝く。その表情から、王都への憧れが強いことが伝わってくる。
「魔法学校に入学するのが夢なんだな」
「ええ! もっと強い魔法を使えるようになりたいの」
ロビンの目には、純粋な憧れと希望が満ちていた。
都会への憧れなのか、それとも魔法を学ぶこと自体への興味なのか。俺にはまだわからなかったが、彼女の思いの強さだけは伝わってきた。
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