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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百四十八話「パトリックとの手合わせ」

 簡単な昼食をとったあと、ようやくひとごこちついた……と思ったのも束の間だった。気づけば俺は、訓練場の中心に立たされ、訓練用とはいえずっしりと重い刃を潰した鉄の剣を握らされていた。


「普通に鈍器だよな、これ……」


 軽装とはいえ革鎧を着せられ、腕には汗が滲む。対峙するのは、神学校の有望株――パトリック・エギーニオ。金の巻き毛に爽やかな笑みを浮かべた、どう考えても育ちの良さが滲み出てる侯爵家の次男だ。俺と同じく軽装だが、こちらとは決定的に違う点がある。パトリックは体の半分ほどを隠す大きめの盾を持っていた。


 聖騎士は盾と剣、あるいは槍を装備して戦うのが基本らしい。つまり――守りの技術が尋常じゃなく高いってことだ。


 俺たちを囲むように聖騎士の面々が見物している。和気あいあいというより、面白いものを見られると期待している雰囲気だ。その中にはティマの姿もあった。両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、不安そうな目で俺を見ている。

 そして、場の端。イズミト先生は、やたら豪華な鎧をまとった白髪のかなり高齢そうな聖騎士の隣をちゃっかり陣取っていた。なぜか嬉しそうだ。絶対楽しんでる。


 リラが影の中で呟く。


『いいねえ、この空気。やっちゃえケイスケー』


 励ましてんのか焚きつけてんのか分からん。


「肉体強化魔法は使えるかな?」


 パトリックが剣を軽く振って問いかけてくる。


「もちろんです」

「なるほど。じゃあ肉体強化ありでやろうか」

「……わかりました」


 五メートルほど距離をとって向かい合う。周りの視線が刺さる。さて、どこまでやるべきか。さっき見た聖騎士たちの訓練内容から考えるに、彼らの守りの技術は本当にえげつない。対して攻め――つまり、攻撃技術はそこまで重視されていないように見えた。


 パトリックは余裕の笑みを浮かべたまま、盾を軽く構えた。


「どうしたんだい? そっちから来てもらっていいんだよ?」


 余裕の笑み。自信と経験に裏打ちされたものだ。

 その顔を崩したいと思った。


「じゃあ、いきますよ……!」


 足に魔力を流し、一気に踏み込んだ。踏み出した瞬間、距離が一気に縮まる。パトリックの表情がきゅっと引き締まった。いい反応だ。

 肩口を狙って剣を振り下ろす。


 ――ガンッ!


 盾がそれを受け止めた。力は込めたはずなのに微動だにしない。予想通り、守りが固い。

 すぐさま切り返し、足を狙って振り下ろす。


 ――キィンッ!


 今度は剣で防がれる。反撃の剣が横薙ぎに振られ、俺は難なく後退してかわした。


 また間合いを詰め、攻撃。

 防御。

 反撃。

 回避。


 これを三度繰り返す。焦りも隙もない。守るに徹しているからだ。

 距離をとった俺は小さく呟いた。


「なるほど、大体わかった」


 このままじゃ守りを突破できないことが。

 魔法を使えば早いが、これは剣の手合わせだ。パトリックはまだ余裕の顔を崩さずに構えている。


『じゃあ、ちょっと本気出す?』


 影からリラが囁く。


「ああ――少しだけな」


 クェル直伝の爆足。もちろん本家本元には及ばないものだが、踏み込みと同時に爆発的な加速を乗せる。呼吸を整え、足に魔力を集中させる。


 ――次の瞬間。


 踏み込みとともに、足元で爆ぜるような衝撃。視界が一瞬伸び、そのまま間合いが強引に縮まる。


「なっ!?」


 パトリックの瞳孔が開いた。俺の動きが追えている。だが反応が追い付いていない。


 盾が遅れる。剣が遅れる。

 その一瞬に俺の剣が叩き込まれる。


 盾でかろうじて受けたが、パトリックの腕ごと押し込んだ。靴が地面を削り、後退させる。


 俺は止まらない。ここで止めたら絶対立て直される。


 上段から斜め、下段へ切り上げ、横へ薙ぎ、そして柄で打ち込む。

 斬るというより、バランスを崩す攻撃。


 パトリックは必死に防いでいる。だが守りが崩れた状態での防御は精度が落ちる。盾の角度が甘くなる。剣のガードが遅れる。


「はぁっ……!」


 パトリックの口から初めて息が漏れた。余裕が完全に消えた。


 今だ……!


 再び爆足の踏み込み。間合いを一瞬で詰める。


 盾が間に合わない。

 剣も間に合わない。


 俺は剣の「刃」ではなく「腹」で、パトリックの足をすくうように横から払った。

 するとパトリックの身体が宙を舞い、砂土に転がった。


 転がった体勢のまま、パトリックは咄嗟に剣を構えようとする。だが俺の剣先のほうが早かった。


 喉元ギリギリに剣を突きつけ、止める。


 周囲の空気が凍ったように静まる。

 パトリックは俺の目を見上げ、数秒。


「……参った」


 そのひとことを聞いて、ようやく俺は剣を下ろした。


 これでも銀級冒険者の弟子なんだ。本職の聖騎士相手ならまだしも、見習いのパトリックに負けるわけにはいかなかった。

 正直勝ってしまってもいいのかという気持ちもあるが、パトリック相手なら大丈夫そうだと判断した。これがカズグラード相手なら面倒なことになりそうということもあり違うが、きっと大丈夫だろう。


 ふっと息を吐くと、周囲の空気が一気に揺れた。


「やるな!」

「……なかなかの速度だったな」

「まあ、見習いも頑張ったな!」


 歓声混じりの称賛があがる。敵意や嫉妬はなく、本当にいい勝負を見たという反応だった。もしかすると、さっき俺たちが彼らの治療をしたことも影響しているのかもしれない。

 パトリックが手を差し出してくる。俺はそれを掴んで引き起こす。


「はあ……本当に参ったよ。あれは反則だろう?」

「いやいや、剣でちゃんと攻撃しただけですよ」

「スピードが桁違いだっていう話さ」


 悔しさより爽やかさが勝っている笑顔。なんか憎めないやつだ。


 ティマが駆け寄り、袖をつまむ。


「……すごかった」


 小さな声だけど、ちゃんと届いた。


『ふふん、ケイスケいい感じだったねー?』


 リラの調子が上がっている。


 胸の奥が少しざわついていた。

 この勝負は楽しかった。でも同時に、戦いで誰かを倒す感覚を、俺は確実に身につけつつある。


「すごいね……。まさかあんな速さ、重さの剣だとは思わなかったよ」


 銀の巻き毛が砂をかぶり、汗に張りついた額。悔しさよりも、素直な感心が滲む声だった。俺は肩をすくめて笑う。


「師匠がすごかったので」

「師匠? 師匠が君にいるのかい?」

「ええ、師匠です。銀級冒険者なんですけど」

「なるほど、銀級か……きっとその師匠も強いんだろうね」

「ええ、俺じゃ敵いません」

「……そうか。私もまだまだ、か」


 悔しそうに唇を結ぶ表情が、なんだかちょっと微笑ましい。絶対に負けたくないプライドってやつ、わかる。俺だってそうだ。


「それで終わりじゃないよな?」


 不意に声をかけてきたのは、年若い明るい茶髪の青年だった。短髪で、いかにも健康的な筋肉質。パトリックの王子様系爽やかとは違う、スポーツ推薦でバチボコに強い大学生的爽やかさ。


「次は俺とどうだ?」

「いや、次は俺とどうだ? お前の剣、防ぎきって見せるぞ」


 別の青年が挟み込むように声を上げる。


「俺は剣だけでいい! 純粋に技比べだ!」

「いや、俺は盾だけで受けてみせるぞ。抜けられたらお前の勝ちでいい!」

「ちょ、まっ、ちょっと待っ――」


 気付けば周囲がぐるりと取り囲まれていた。さっきまでの静けさはどこへやら、まるでアイドルのサイン会の列だ。いや俺そんな人気欲しかったわけじゃないぞ。


『わー、ケイスケ、大人気ー。モテモテじゃーん』


 影の中からリラの呑気すぎる声。


「え、えと……いや順番とか――」

「俺とやれ! 次は俺だろ!」

「おい並べ! いや俺が先だ!」

「抜け駆けすんな!」


 もう大混乱。肩に腕をかけてくるやつ、剣を押し付けてくるやつ、勝手に勝敗条件を設定してくるやつまでいる。


 あれ、これ絶対おかしいよな!?

 なんでこんなことになってんの!?

 誰か止めてくれ! てか止めろ誰か!


 俺がパニック寸前になったそのとき――。


「しぃずぅまれええええええええい!!」


 地響きのような声が訓練場を揺らした。

 反射的に両耳を押さえるほどの衝撃。

 声というより攻撃だ。ドーピーでの声量強化だろう。


 聖騎士たちは、ぴたりと動きを止め、その場で直立不動。全身に緊張が走る。完全に軍隊のそれだ。あまりの反応の速さに俺が固まったほどだ。


 声の主へ視線を向ける。


 豪華な鎧。深紅のマント。肩幅が壁かと思うほど広く、分厚い筋肉で装甲のような胸板。雑に後ろへ撫でつけられた白髪のオールバック。顔には無数の皺と傷――特に右目に縦に走る傷跡が凄まじく目を引く。

 年齢はどう見ても高齢だ。しかしその立ち姿は――まるで一本の大木。揺るぎようがない。そこに立っているだけで、全員を黙らせられる存在感。


 絶対に強い……。


 本能がそう告げていた。


「貴様ら、何をはしゃいでおるか!」

「はっ!」


 周囲の聖騎士たちが声を揃える。動揺も反論も一切ない。

 この人物が、この場でどれほどの権威を持つか嫌でも理解できる。


『きっと、一番偉い人だよー』

『それは見ればわかる……!』


 俺の心のツッコミは虚しく影で反響するだけだった。


「浮かれるのはわかるが、礼儀と節度はどうしたぁ!」


 一喝で周囲の空気が変わる。その声音と視線は完全に怒っているのに、やっていることは秩序維持だ。……いや、たぶんこの人は本当に教団の上層の人間だ。


 止めようとしてくれてるのか……?


 俺はそう思った。

 だが次の言葉は、まったくの別物だった。


「秩序を持てい!」

「はい! グライコフ総長!」


 総長……? 総……長……!?

 ってことはこの人――。アポロ神教聖騎士団のトップ!?


 思考が追いつく前に次の言葉が落ちてきた。


「手合わせならば――順番に行えぇい!!」


 順番!? 順番って、まさか――全員!?


 俺の脳内に警報が鳴り響く。

 聖騎士たちのテンションが爆上がりする気配。


「やった! 総長公認だ!」

「お前ら番号札作れ! 整列だ整列!!」

「よっしゃあああ!!」


 整列してんじゃねえ!!

 いつの間にそんな統率力発揮してんだよお前ら!!


「安心しろ! イズミト女史もおる。死にはしない!」


 グライコフ総長が豪快に笑った。

 いやいやいやいやいや――!


 そんなイズミト先生が一番怖いんですけど!?


 俺の心の叫びは、空へ吸い込まれていった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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