第二百四十七話「イズミト先生の見学実習」
パトリックに手合わせを申し込まれた余韻が、まだ胸の奥にくすぶっている。あの決闘イベント回避不能みたいな笑顔の破壊力を思い返していると、すぐに訓練が始まった。
パトリックは聖騎士見習いらしい。だが、この訓練に参加できるということ自体が誉らしく、つまり――将来はそのまま聖騎士コース確定、ってことなんだろう。つまりそれだけの実力があるということだ。
今、訓練場で行われているのは聖騎士団の実践訓練だ。先日見た王国兵団の訓練によく似ている。ただ――。
「守りを重視している?」
騎士たちの立ち回りを眺めながら思わずつぶやく。
王国兵団が攻めの訓練に比重を置いていたのに対し、聖騎士団はどう見ても守りが主体。もちろん守りだけでは訓練にならないから、攻め役もいるのだが、基本的な構成が違う。
驚くべきは――盾だ。
「でかい盾だな……!」
「……うん」
ティマも小さくうなずきながら見入っている。
騎士たちが持つ盾は、もはや壁。体が完全に隠れるほど巨大で、厚さは五センチくらいありそうだ。どう見ても重い。普通だったら持ち上げるどころか、引きずるだけでも相当だと思う。
だが、騎士たちは平然と構えている。もちろん、肉体強化魔法を使っているからできるんだろうけど、にしても規格外。
さらに全員が全身鎧で顔も兜に覆われているため、誰が誰だかわからない。パトリックがどこにいるかも、当然判別できない。
砂埃が舞って視界は悪く、攻め手側も守り側も同じくらいゴツい。俺の視力が良くても無理だわ。
「あーやってますねー!」
のんきな声が背後から聞こえ、俺とティマは振り返った。
イズミト先生だ。
戦場のような光景に興奮しているのかと思いきや――。
「さあさあ、いっぱい怪我人が来ますからねー」
満面の笑み。
……うれしそうだなこの先生。
「なんというか、ブレませんね、先生は……」
「えー? 何か言いましたー?」
訓練の轟音で俺の声はかき消されたらしい。聞こえなくてよかったのか悪かったのか判断に迷う。
「じゃあ、これからあっちのテントで治療の準備するみたいなので、ついてきてくださいねー」
「はい」
「……はい」
ティマは緊張した声で返事した。
先生が指差した先には、王国兵団の時と同じような簡易テント。中に並べられた椅子や机、治療道具……どこか野戦病院じみた雰囲気が漂っている。
だが、中には誰もいない。
「他の人とかは、いないんですか?」
「今日は、いないですねー」
え? 俺たちだけで治療するってこと?
聖騎士団の訓練だぞ? 怪我人のレベルが違うだろ。
まさかイズミト先生は鬼なのか?
背筋が冷える俺を見ているのか見ていないのかわからないが、先生は軽快な声で続けた。
「聖騎士の人たちは光魔法の適性がある人たちで、神学校出身者がほとんどです。さて、ここから導かれる答えはー? はい、ティマさん!」
「え……? えーと……自分で、治癒魔法を使える? から?」
「正解です! いいですねー、冴えてますよー」
ティマは少し表情をほころばせた。褒められることに慣れていない子が、突然まっすぐ褒められるとこうなるんだよな……なんか胸が痛い。
そこで俺は疑問を口にした。
「え? だとしたら、俺たちがここにいる理由は?」
「それは、重傷者の治療の為ですねー」
笑顔で言う内容じゃないだろ。
「それは……、俺たちには荷が重いんじゃ?」
「基本的には私が対応しますよー。今日は見学ですねー」
ほっとする。ほっとしたけど、「基本的には」ってところが引っかかる。
「本当に今日は、見ていることが基本ですよー。さて、そろそろけが人が出ますかねー?」
先生は楽しそうに騎士たちの訓練の方へ目を向けた。
いや、不謹慎だと思うんだけど、怪我人が出てくれないと俺たちが来た意味もなくなる、って考えが頭をよぎる。なんか感覚が麻痺してきた。
騎士たちは大楯を構え、隊列を組んでいる。その姿はファランクスそのもの。同じ隊列が左右に一組ずつ。やがて、足を踏み鳴らしながら前進し――ぶつかった。
大楯同士が衝突する衝撃音が訓練場に響き渡る。
空気が震え、地面が揺れる。
「っ……!」
ティマが思わず体を強張らせたのがわかった。
アメフトのスクラムが全力でぶつかり合って押し合っている――それを重装備でやっている。まともじゃない威力だ。
しばらく拮抗していたが、やがて片方が押し負けた。
その瞬間、一気に崩れる。突破した隊列は砂埃を巻き上げながら突き進み、散らされた側の騎士たちは受け止める間もなく衝突されて転倒した。
その中のひとりは足を押さえたまま、うずくまり動けない。
「さあ、出番ですねー!」
イズミト先生の声が弾む。
まるで、お祭りが始まったかのような高揚感を隠そうともしない。
先生はゆっくりとローブの袖をまくり、銀の治癒具を手に取った。
風になびくウェーブ髪。ふわふわしているのに、どこか狂気じみた光を帯びた笑顔。
この人、本気で治癒魔法が楽しくてたまらないのだろう。
「ティマさん、ケイスケさん、よく見ていてくださいねー。間近で見ないと勉強になりませんからー」
俺とティマは無意識に顔を見合わせた。
訓練場の轟音が遠くに聞こえる。砂埃が漂い、鉄のぶつかり合う音が響く。うずくまった騎士が苦痛に顔を歪めている。
そして、イズミト先生だけが――心底嬉しそうだった。
テントの入口から次々と担ぎ込まれてくる重傷者を見て、俺は思わず息を呑んだ。
脱臼、骨折、大きな裂傷。こうして目の当たりにすると迫力というか、生々しさが段違いだ。
倒れた聖騎士たちは全員、真っ青な顔でうめき声を漏らしている。
「あらー、肩を脱臼していますねー」
ふわふわした口調でイズミト先生が言った次の瞬間、俺の背筋に冷水が走った。
「二人とも、いいですかー? 脱臼や骨折のときは、そのまま治癒魔法を使ってはいけませんよー」
軽い声で解説しているけど、手の動きは一切迷いがない。
先生は聖騎士の肩に片手を添え──「ゴキッ」
「があっ!?」
鈍い音。テントの空気がビリッと震えた気がした。
ティマは肩をびくつかせて顔をそむける。俺ももらい痛みで歯を食いしばった。
「こうしてー、ちゃんと関節をはめてから魔法を使ってくださーい。じゃないと、関節や骨が曲がったまま固まっちゃいますからねー」
言いながら、何事もなかったように治癒魔法を照射する先生。
光が流れ込むと、聖騎士の呻き声が少しずつ和らいでいく。
いや待って。実地の方が教育的なのはわかるけどさ。
絶対いま、わざと勢いよくはめたよね?
悲鳴のタイミング、完全に楽しそうだったぞ先生。
「……ケイスケ、先生ってたぶん、ちょっと怖いひと……」
いや「ちょっと」で済むか? と内心ツッコむが、ティマの声が震えてるので口には出さない。
その後も、裂傷・骨折・突き指・肉離れ。
イズミト先生は次々と診断し、説明し、そして容赦なく処置していく。
「はい次の人ー、これは太ももの骨折と裂傷ですねー。整復してから縫合しますよー。仕上げの治癒魔法をかけてあげてくださいねー」
先生の言葉が終わる前に処置が始まっている。
俺とティマは、術後の治癒魔法で回復を加速させる役を担当した。
だが──ただでさえ重傷者ばかりなのに、処置班は事実上俺たち三人だけ。
聖騎士は自分で治癒魔法を使える者が多いらしく、軽傷者は訓練場の外で勝手に治っていく。
結果このテントに運ばれてくるのは、本当にひどいやつだけだ。
処置の速度が追いつかない。
でもイズミト先生はどんどん終わらせていく。
俺とティマは、先生が次へ進む前に仕上げを終わらせるので精一杯。
息をつく暇すらない。
どれだけ時間が経ったかわからない。
終わったあと、俺は椅子に腰を落とした。
「……終わった」
「……疲れた、ね」
ティマの声はかすれている。
魔力が限界近いのだろう。彼女は普段から消費量が多いから余計だ。
対して俺は、体力というより精神がぐったりしている。
痛みに耐える騎士たちの顔、血の匂い、緊張、時間との戦い──全部まとめて頭に残っている感じ。
イズミト先生の姿はない。
聖騎士団の上層部に挨拶に行ったらしい。
「にしても、イズミト先生すごかったな……」
処置の技術・判断・手際。全部が正確かつ迅速。
説明しながらもミスゼロ。
神学校の教師を任されている理由を、嫌というほど見せつけられた。
ただ、思うことがある。
……絶対ちょっと楽しんでただろ。
患者を怖がらせないように配慮する医者は多いけど、怖がらせて遊ぶ医者ってどうなんだ。
聖騎士の視線、明らかにビビってたし。
『あ、私は最初からずっと影で笑ってたよー』
『お前はマジで黙ってろ』
リラとそんなやりとりをしていると、テントの入口の布がめくれた。
「やあ、活躍していたようだね」
金髪ゆる巻き、絵画の中の王子みたいな爽やかスマイル──パトリックだ。
汗まみれで土に汚れて息も上がっているのに、好青年オーラが損なわれないのが腹立つ。
「パトリックも訓練終わったんですね」
「ああ。僕たち訓練生はここまでで一旦自由時間なんだ。……休憩中だったところに押しかけてしまったかな?」
「いえ、問題ないです。ちょっと疲れてただけなので」
朗らかに笑うパトリックと話しながら、俺はふと気づいた。
彼も疲れている。けれど表に出さない。
訓練中の彼を見られなかったのは少し残念だけど、多分相当腕が立つんだろう。
暫定とはいえ聖騎士。
実力者じゃないとその立場にはつけないらしい。エリートの中のエリートだ。
「二人とも、本当にすごいね。イズミト女史がいたとはいえ、あれだけの処置を短時間でこなせたのは大したものだ」
パトリックは素直に褒めてくれる。
嫌味がないから受け取りやすいし、不思議と照れもある。
「……俺はともかく、ほとんどティマが頑張ったんですよ」
「そ、そんな……あの……」
ティマは急に褒められて縮こまる。
自信のなさが顔に浮かんでいたが、パトリックは優しく言葉を重ねる。
「疲れているのに、最後まで集中を切らさなかっただろう? 僕なら途中で倒れている」
そう言われるとティマの頬がうっすら赤くなる。
褒め慣れていない子に強すぎるんだよ、お前そのスマイル。
その空気を区切るように、パトリックが声を整えた。
「それで、昼食をとって、少し休んだら──どうだい?」
言うまでもなく、次の言葉を俺は理解している。
「手合わせ、ですよね?」
「もちろん」
爽やかすぎる笑顔が憎らしいほど自然で、戦意に満ちていた。
ティマは俺の袖をつまんで、小さく心配そうに囁く。
「……ケイスケ、無理は、しないで……」
「ああ、大丈夫だよ。まあ怪我をしてもイズミト先生もいるしね」
できればお世話になんてなりたくないが。
「じゃあ、昼食をとってから。……場所はすぐそこの訓練でいいかな?」
「了解です」
俺は立ち上がり、軽く伸びをしながら深呼吸した。
治療の戦場から、次は実戦の舞台へ。
頭を切り替えて挑む必要がある。
パトリックとの手合わせ──。王国兵団や聖騎士達の訓練を見て、少し体がうずいているのも事実なのだ。
俺は楽しみと緊張が入り混じり、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
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