第二百四十六話「パトリックとの邂逅」
石畳の通路を、俺たちは並んで歩いていた。
ティマの歩幅に合わせてゆっくり歩く。
やがて通路の先に、広い訓練場の入り口が見えてきた。
重厚な扉をくぐると、土と汗と鉄の匂いが一気に押し寄せてきた。
まだ訓練開始前、あるいは休憩中なのだろう。
勇壮な掛け声はなく、ざわざわとした雑多な会話が響き渡る。
土の床に座り込んでいる騎士。
壁に寄りかかって腕を組む騎士。
剣で素振りを繰り返す者、槍のフォームを確認している者。
それぞれが自由な時間を過ごしているようだった。
俺たちが立ち入ったことに気づいた騎士は何人かいたが、視線を向けるだけで特に干渉してくる様子はない。
ここはアポロ神教聖騎士団の訓練場。言ってみれば“選ばれた者たちの場所”だ。
俺とティマがこの空気に馴染んでいないのは、俺自身でもわかる。
「もうちょっとしたら訓練が始まりますからねー。ちょっとここで待っていてくださいー」
イズミト先生はそんな空気をものともせず、いつも通りのマイペース。
ゆるい口調で俺達に言い残し、ひらひらと手を振りながらどこかへ行ってしまった。
「あ、はい」
「……はい」
返事をしたものの、例によって置いていかれた形だ。
おそらく騎士団の責任者に挨拶に行ったのだろう。
俺たちは近くの壁際まで移動し、所在なく突っ立つしかなかった。
と、その時だった。
「おや、君たちは……」
声をかけてきた男がいた。
顔をあげると目に入ってきたのは金髪の柔らかい巻き毛。端正な顔立ち。
――パトリック・エギーニオ。
以前、ティマに声をかけてきた上級生だ。彼の恰好は神学校の制服ではなく、鎧姿。
今回はしっかり俺のことも視界に入っているようだ。
俺とティマは同時に会釈する。相手は上級生であり、それ以上に貴族。礼儀は大事だ。
「奇遇だね。君たちは今日ここで何を?」
すっと距離を詰めてきて、話しかけてくるパトリック。
視線はティマに向けられているが、嫌味な感じは全くない。
うちのクラスのカズグラードみたいな尊大さは一切ないので、俺は静観することにした。
「……あの。生命魔法の、実習です……」
「ああ、なるほど、イズミト女史の授業か。あの人に認められるなんて、すごいね」
「……そんなこと、ないです」
ティマは困ったように視線を落とすが、怯えているわけではない。
クラスのカズグラードを通じてなんとなく人馴れしてきたのか、縮こまっていた以前とは違う。
俺は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「先日は失礼したね。でも、こうして会話に応じてくれて嬉しいよ」
「……いえ」
「名前はティマで良かったかな? そう呼ばせてもらっても?」
「……はい」
俯き気味だが、ちゃんと受け答えができている。
この前は不意打ちだっただけだろう。
今のティマは相手が貴族でも、ちゃんと自分の言葉を返せている。
「それにしてもまだ入学して二週間たらずというのに、もう訓練場での実習か。すごいね、やはり聖女候補だというのは本当のことのようだ」
「……あの、私も必死で……。私なんか、全然……です」
「いや、イズミト女史はああいった柔らかい物腰だけれど、非常に厳しい人だ。あの人に認められているということは、それだけで素晴らしいことだよ」
パトリックは少し目を細め、ティマを丁寧に観察するように見つめた。
「ティマ……本当にこの名がよく似合っている。穏やかで静かで、どこか透明な響きだ。君の印象そのままだ」
「……わ、わたし……そんな……」
「いや、本当に。銀髪は珍しいが、ただ珍しいというだけじゃなく――光を受けた時の柔らかさが際立っている。まるで夜明けの風みたいだ。肌も白くて……冷たいわけじゃなく、淡く温かい色だ」
ティマがびくっと肩を揺らした。
パトリックは一歩下がり、押しつけがましくならない距離を保ちながら続けた。
「もちろん、ただ容姿が美しいからといって、称賛するつもりはないよ。でも、君の特徴は“弱さ”や“脆さ”ではなく――強さの前触れに見える。内包している意思の強さ。それが現れているのだろうね」
「……そんな、わたしは、強くなんて……」
「強くない人間は努力しないさ。さっきも言ったが、イズミト女史は厳しい人だ。そんな彼女についていける人は限られている。まだまだ君は手を引かれているかもしれない。でもその手を振りほどかず前に進もうとする貴方は、強い人だ」
ティマは完全に言葉を失っていた。耳まで真っ赤だ。
褒め慣れていないから追いついていない。
……めっちゃ褒めるな、この男。
しかも見た目爽やか、声も爽やか、言葉選びまで爽やか。
褒められ慣れてないティマはたじたじだ。
このままじゃ溶けてしまうんじゃないかってくらい顔が真っ赤になっていた。
『ふふーん、これはモテるやつだね。ケイスケ、どうするー?』
リラのからかうような声が影から飛んでくる。
どうするもこうするも、別に敵意とか悪意は感じないし、邪魔する理由もない。
ティマが困ってない限り、俺は口を挟むつもりはなかった。
ティマとしばらく会話して、しっかり褒めて、満面の笑顔まで添えて……なんだよもう、完璧か。
で、ティマとの会話が一段落したら、今度は俺に話題を振ってきた。
「君も、同じように実習なのかい?」
「まあ、そんなとこです」
「なるほど」
会話の切り替えがスムーズすぎて逆に怖い。ここまで自然に話題を変えられるやつ、見たことない。
「確か、ケイスク、だったかな?」
「ケイスケです」
「ああ、失礼。そうか、そんな名前だったね。冒険者をやっているとか?」
「まあ、はい」
……素で名前間違えたな。悪気はなさそうだから俺も特に気にしないが、マジで積極的に男の名前覚える気なさそうだこいつ。
でも、冒険者やってるのまで知ってるのか。
「先日、孤児を学校に連れてきたそうだね」
ルネのことだ。パトリックはそのことも知っている。
「……まあ、そうですね。何か問題でもありましたか?」
「いや、問題はないさ。たとえ孤児でも、そこに光魔法の適性があれば、それは神の使途になる資格がある。君は正しいことをした」
「それは、どうも」
……ほんとこの人、嫌味ゼロで褒めてくるから防御が薄れる。
しかし次の言葉で、その印象は変わった。
「しかし、君はどうやって、その孤児の資質がわかったんだい?」
「あー、それはですね……」
まずい。言い訳考えてなかった。
ルネの適性については、リラが教えてくれたことだ。
俺までも光の精霊と契約しているなんて、今更言えない。
というか、パトリックは確実に俺のことを詮索してきてる。
咄嗟に思いついた言い訳を口にする。
「そ、それは、あの子が魔法を使えるのを、見たからですよ」
「ほう。聞けば七歳程度の子供だというが、そんな子供が魔法を?」
「え、ええ。偶然でしたけどね」
七歳だったのか、ルネ。
「それが本当なら、その子も聖女候補というわけかい?」
「え? 聖女? ルネが?」
「だってそうだろう? そんな子供が魔法を使えたのなら、十分に資質はありそうだ」
いや、理屈はわかるけど、俺が気になったのはそこじゃなくて。
「いえ、そうじゃなくて、ルネが聖女って……あいつ女の子だったんですか?」
パトリックの目が大きく開く。次の瞬間――呆れ顔。
「まさか、性別すら確認していなかったのかい? 呆れたな」
「あー……言い訳のしようもございませんです。はい」
いやほんと知らなかった。ルネの見た目的に性別はわかりづらかったし、気にもしてなかった。
いや、でもそうか。ルネは女の子だったのか。
するとパトリックはティマのほうに向き直り、少し眉を寄せる。
「ティマ君。君は大丈夫かい? この男はあまりそういったことに気を使えそうになさそうだが」
おっと、俺の株を下げにきた?
だが、ティマは顔を上げて、しっかりと言った。
「……ケイスケがいるから、私は神学校でもやっていけていると、思います……。一番……頼りにしています」
はっきりと。強く。そして迷いなく。
俺は思わず息を飲んだ。胸の奥が熱くなる。
パトリックも目を見開いている。
「そうか……」
その声は驚き半分、納得半分、少しだけ悔しさが混ざっているようにも聞こえた。
パトリックが俺に視線を戻す。さっきまでの柔らかい雰囲気と違い、どこか挑戦的な色が宿っていた。
「ところで君は、冒険者をやっていると言っていたね」
「ええ」
「剣を使うのかい?」
「……そうですね」
俺は会話の雲行きが怪しくなってくるのを感じた。
「なら、どうだい?」
パトリックは口の端を少しだけ上げた。これまでの爽やかスマイルとは違う、勝負師の顔。
「訓練後、この僕と、少し手合わせでも」
来た。この流れでは絶対来ると思ってた。予感はしたものの、実際言われると逃げ場がないやつだ。
ティマは困惑の色を浮かべて、俺とパトリックを交互に見ている。なんでそんなことをパトリックが言い出したのかわかっていない顔だ。
俺だってよくわかってない。……いや、なんとなくはわかるが。
パトリックは完全にやる気だ。挑発ではない。侮蔑でもない。純粋に、俺のことを試したいって顔だ。
彼のニヒルに笑う顔を見て思う。
これは……逃げられないな。
「……マジか」
俺は誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた。
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