第二百四十五話「実習と実習と」
「はい、今の兵士で終わりね」
エフカさんの声を聞いた瞬間、糸が切れたように俺とティマはその場にへたり込んだ。
足に力が入らない。いや、腕も肩も背中も全部だ。体のどこを動かす気力も残っていなかった。
一体、治癒魔法を何回唱えたんだろう。
十……じゃない。二十でもない。たぶん三十じゃきかない。
数える余裕なんてなかった。
実習とは名ばかりで、実際は負傷兵がぞろぞろ流れてくる救護所の戦力補助だった。
擦り傷から骨折まで、運ばれてくる怪我の種類はさまざまだ。
そのひとりひとりに治癒魔法を使って、使って、使って……。
「それにしても、すごいね。流石は聖女、聖人候補かな?」
「いくら生命魔法の基礎とはいえ、こんなにも連続で使えるなんて思ってもみなかったよ」
エフカさんが満足げに笑っている。けど俺たちに余裕はない。
テントの隅には医療器具が山ほど置かれている。
だけど、ほとんど使われなかった。
本来なら包帯や薬で処置して済ませられる傷でも、俺やティマが魔法を使えるから――という理由でそっちが優先された。
要するに、経費節約のために魔法頼りというやつだ。
そのおかげで経費が浮いたとエフカさんは嬉しそうだったが、俺たちの身体は嬉しくない。
『二人とも、おつかれさまー! でもさ、無茶しすぎじゃないー?』
影の中からリラの声が軽い調子で響く。
軽い口調とは裏腹に、心配はにじんでいた。
『毎回こんなんだったら、さすがに体がもたないぞ……』
俺も念話で返す。
リラは『だよねぇ』と呆れつつも慰めるように声をかけてきた。
俺は魔力的には全然問題ない。
ただ、慣れない立ち仕事、ずっと動きっぱなし、緊張感――肉体も精神も疲労のほうが勝っている。
問題はティマだった。
魔力がほぼ空っぽで、顔色も悪い。肩で息をしている。
それでも、弱音ひとつ吐かない。
俺はそっとティマの手を握り、魔力を移譲した。
最近は慣れてきて、魔力の流れがスムーズに通る。
ティマは小さく瞬きをして、俺に視線を向ける。
驚きや恐縮ではなく、ただ弱々しい反応。
それでも――魔力は確かに戻っていく。
数十秒後、ティマはゆっくり立ち上がれるほどに回復した。
「……ありがとう……」
「どういたしまして」
囁くような声。
俺も同じくらいの小声で返した。
立てと言われても立てないレベルの疲労なのに、ティマはちゃんと礼を言う。
ほんと、強いやつだ。
目の前ではイネスさんたちが片づけをしている。
加勢するべきだと思ったが、「座っていていい」とやんわり止められた。
それに甘えて、おとなしく座ったまま体を休める。
こうして、俺たちの地獄のような実習は終わった。
診療所の外に出ると、空気がうまく吸えた気がする。
数時間前と同じ街のはずなのに、まるで別世界。
「……俺たち、よく倒れなかったな……」
「……うん……」
ティマも朦朧としながらあいまいに頷いた。
そこに駆け寄ってくる姿――トルト、ミルカ、そして数人の同級生。
「ケイスケ! ティマ! 無事だか!?」
トルトが俺の肩を支えてくれる。体格差でほぼ抱きかかえられてる状態だ。
「二人とも、すごく疲れた顔してる……! 本当に何があったの……?」
ミルカも心配そうにティマの手を握り込む。
ティマは首を横に振った。説明したくないというより、話す力が残っていない。
「俺達は……まぁ……うん……」
うまく言葉にできない。
何かを察してか、ミルカもそれ以上追及しなかった。
「こっちはな、穏やかだっただぞ」
「……穏やか?」
トルト達の話を聞くと、俺たちの実習とのギャップに思わず遠い目になる。
老人たちに治癒魔法を施して?
お菓子をもらって?
一緒に遊ぶ時間もあった?
――なにそれ、天国の話?
「俺達とはずいぶんと様子が違うな……」
「……うん……」
ティマも同じく遠い目をしている。
たぶん、俺と同じ光景を脳内で比較しているんだろう。
『今日はもうゆっくり寝なよー。ついでにティマも一緒の部屋にしちゃえばー?』
すっかり軽口モードに戻ったリラの念話。
俺は聞こえないふりで黙って歩いた。
ティマはフラフラで、トルトが肩を貸し、ミルカも反対側から支えてくれていた。
気づけば、三人に挟まれ、俺は後ろから押されるように歩いている。
――なんだかんだ、仲間ってありがたい。
寮に戻り、夕食をかき込んで、風呂に入って、部屋に戻った途端、ベッドに倒れ込んだ。
疲れ果てて眠りに落ちる――と思ったが、不思議と眠れなかった。
『大丈夫ー?』
リラの念話。
声は明るいけど、心配は本物だ。
『……ティマのほうがきついはずだろ。見てきてやってくれ』
『もう見たよー。ミルカが付き添って寝かしつけてた。あの子、世話焼きだねー』
『助かるな』
なんとなく今日は、眠りが浅くなりそうな予感がした。
精神が張り詰めすぎて、弾けきれずに残ってる感覚。
「……また明後日も、実習あるんだよな」
ポツリと漏らした独り言に、返事はない。
だけど影の中から、そっと寄り添う気配があった。
――なんだかんだ、俺は守られている。
そんな実感とともに、意識は沈んでいった。
二日が経った。
精神のだるさもだいぶ抜けてきた頃――。
「はーい、今度は聖騎士団の訓練場に行きますからねー」
のほほんとした声をあげるのはイズミト先生。
その柔らかい笑顔を見ると、癒されるどころか、逆に警戒心がえぐり起こされるようになってしまった俺たち。原因は言うまでもない、救護所の地獄実習だ。
「今度は聖騎士団、ですか……」
俺が反射的に聞き返すと、隣でティマも小さく肩をすくめた。
生命魔法の実習と言えば、負傷者の治癒。
つまり、厳しい現場だという予感しかしない。
「はーい。本当はもっと別のところに連れていきたいところですが、今はまず回数をこなして、生命魔法を息を吸うように使えるようにならないとですからー」
先生はいつもの調子で微笑む。
その笑顔はまるで教会のシスターのように柔らかいのに、言っている内容は鍛錬施設送り宣言。
「別のところって、めっちゃ怖いんですけど?」
思わず声を荒げた。
前回以上が存在するのかって話だ。
「大丈夫ですよー。二人が害されることは絶対にありませんからー」
柔らかな声で断言されても、不安は増加するだけだ。
害されない=精神的に死なないとは言っていない。
『相変わらず“癒してやってるのに拷問みたいな笑顔”って感じだねぇ。この先生ー』
影の中からリラがつぶやいてくる。
完全に同意しかない。
そんなわけで、俺たちは聖騎士団の訓練場へ向かった。
聖騎士団――王国所属ではない、アポロ神教直属の騎士団。
国から支援要請があれば戦場にも出るが、普段は魔物・魔獣討伐が主な活動らしい。
「うわ……」
着いてみてすぐ、俺は思わず声を漏らした。
先日の王国兵団の訓練場は、質実剛健で飾り気がなく、巨大な石壁が重苦しい雰囲気を放っていた。
だがここはまるで違う。
壁は白く塗られ、眩しいほど清潔感に満ちている。
正面の鉄の門には精巧な聖人像の浮き彫り――だが、それは祈りを捧げているものではなく、武器を掲げた姿だった。
通路の壁にも、魔獣に槍を突き立てる騎士の絵画が飾られている。
教会の荘厳さとも、神学校の静けさとも違う。
清廉さと殺気が同居している場所――そんな空気だった。
門番の兵士も鎧にアポロ神教のシンボルマークを刻んでいて、見た目からして強者。
なのにイズミト先生が近づくと――。
「どうぞ通ってください」
あっさり顔パス。
俺たちもローブを着ているから神学校の生徒と分かるのだろう、視線は険しいが通れる気配。
「がんばれよ」
門番の男が俺たちに声をかけた。
脅しでも嫌味でもなく、純粋な激励。
なのに逆に緊張が増すのはなぜだ。
「……マジか」
口癖が自然に出た。
ティマは肩をぎゅっとすぼめて、俺の袖を軽くつまんだ。
不安なんだろう。でも逃げようとはしていない。
俺はひとつうなずいて歩く。
ティマもついてくる。
それだけでいい。
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