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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百四十五話「実習と実習と」

「はい、今の兵士で終わりね」


 エフカさんの声を聞いた瞬間、糸が切れたように俺とティマはその場にへたり込んだ。

 足に力が入らない。いや、腕も肩も背中も全部だ。体のどこを動かす気力も残っていなかった。


 一体、治癒魔法を何回唱えたんだろう。

 十……じゃない。二十でもない。たぶん三十じゃきかない。

 数える余裕なんてなかった。


 実習とは名ばかりで、実際は負傷兵がぞろぞろ流れてくる救護所の戦力補助だった。

 擦り傷から骨折まで、運ばれてくる怪我の種類はさまざまだ。

 そのひとりひとりに治癒魔法を使って、使って、使って……。


「それにしても、すごいね。流石は聖女、聖人候補かな?」

「いくら生命魔法の基礎とはいえ、こんなにも連続で使えるなんて思ってもみなかったよ」


 エフカさんが満足げに笑っている。けど俺たちに余裕はない。


 テントの隅には医療器具が山ほど置かれている。

 だけど、ほとんど使われなかった。

 本来なら包帯や薬で処置して済ませられる傷でも、俺やティマが魔法を使えるから――という理由でそっちが優先された。


 要するに、経費節約のために魔法頼りというやつだ。

 そのおかげで経費が浮いたとエフカさんは嬉しそうだったが、俺たちの身体は嬉しくない。


『二人とも、おつかれさまー! でもさ、無茶しすぎじゃないー?』


 影の中からリラの声が軽い調子で響く。

 軽い口調とは裏腹に、心配はにじんでいた。


『毎回こんなんだったら、さすがに体がもたないぞ……』


 俺も念話で返す。

 リラは『だよねぇ』と呆れつつも慰めるように声をかけてきた。


 俺は魔力的には全然問題ない。

 ただ、慣れない立ち仕事、ずっと動きっぱなし、緊張感――肉体も精神も疲労のほうが勝っている。


 問題はティマだった。

 魔力がほぼ空っぽで、顔色も悪い。肩で息をしている。

 それでも、弱音ひとつ吐かない。


 俺はそっとティマの手を握り、魔力を移譲した。

 最近は慣れてきて、魔力の流れがスムーズに通る。


 ティマは小さく瞬きをして、俺に視線を向ける。

 驚きや恐縮ではなく、ただ弱々しい反応。

 それでも――魔力は確かに戻っていく。


 数十秒後、ティマはゆっくり立ち上がれるほどに回復した。


「……ありがとう……」

「どういたしまして」


 囁くような声。

 俺も同じくらいの小声で返した。

 立てと言われても立てないレベルの疲労なのに、ティマはちゃんと礼を言う。

 ほんと、強いやつだ。


 目の前ではイネスさんたちが片づけをしている。

 加勢するべきだと思ったが、「座っていていい」とやんわり止められた。

 それに甘えて、おとなしく座ったまま体を休める。


 こうして、俺たちの地獄のような実習は終わった。


 診療所の外に出ると、空気がうまく吸えた気がする。

 数時間前と同じ街のはずなのに、まるで別世界。


「……俺たち、よく倒れなかったな……」

「……うん……」


 ティマも朦朧としながらあいまいに頷いた。


 そこに駆け寄ってくる姿――トルト、ミルカ、そして数人の同級生。


「ケイスケ! ティマ! 無事だか!?」


 トルトが俺の肩を支えてくれる。体格差でほぼ抱きかかえられてる状態だ。


「二人とも、すごく疲れた顔してる……! 本当に何があったの……?」


 ミルカも心配そうにティマの手を握り込む。

 ティマは首を横に振った。説明したくないというより、話す力が残っていない。


「俺達は……まぁ……うん……」


 うまく言葉にできない。

 何かを察してか、ミルカもそれ以上追及しなかった。


「こっちはな、穏やかだっただぞ」

「……穏やか?」


 トルト達の話を聞くと、俺たちの実習とのギャップに思わず遠い目になる。


 老人たちに治癒魔法を施して?

 お菓子をもらって?

 一緒に遊ぶ時間もあった?


 ――なにそれ、天国の話?


「俺達とはずいぶんと様子が違うな……」

「……うん……」


 ティマも同じく遠い目をしている。

 たぶん、俺と同じ光景を脳内で比較しているんだろう。


『今日はもうゆっくり寝なよー。ついでにティマも一緒の部屋にしちゃえばー?』


 すっかり軽口モードに戻ったリラの念話。

 俺は聞こえないふりで黙って歩いた。


 ティマはフラフラで、トルトが肩を貸し、ミルカも反対側から支えてくれていた。

 気づけば、三人に挟まれ、俺は後ろから押されるように歩いている。


 ――なんだかんだ、仲間ってありがたい。


 寮に戻り、夕食をかき込んで、風呂に入って、部屋に戻った途端、ベッドに倒れ込んだ。

 疲れ果てて眠りに落ちる――と思ったが、不思議と眠れなかった。


『大丈夫ー?』


 リラの念話。

 声は明るいけど、心配は本物だ。


『……ティマのほうがきついはずだろ。見てきてやってくれ』

『もう見たよー。ミルカが付き添って寝かしつけてた。あの子、世話焼きだねー』

『助かるな』


 なんとなく今日は、眠りが浅くなりそうな予感がした。

 精神が張り詰めすぎて、弾けきれずに残ってる感覚。


「……また明後日も、実習あるんだよな」


 ポツリと漏らした独り言に、返事はない。

 だけど影の中から、そっと寄り添う気配があった。


 ――なんだかんだ、俺は守られている。


 そんな実感とともに、意識は沈んでいった。




 二日が経った。

 精神のだるさもだいぶ抜けてきた頃――。


「はーい、今度は聖騎士団の訓練場に行きますからねー」


 のほほんとした声をあげるのはイズミト先生。

 その柔らかい笑顔を見ると、癒されるどころか、逆に警戒心がえぐり起こされるようになってしまった俺たち。原因は言うまでもない、救護所の地獄実習だ。


「今度は聖騎士団、ですか……」


 俺が反射的に聞き返すと、隣でティマも小さく肩をすくめた。

 生命魔法の実習と言えば、負傷者の治癒。

 つまり、厳しい現場だという予感しかしない。


「はーい。本当はもっと別のところに連れていきたいところですが、今はまず回数をこなして、生命魔法を息を吸うように使えるようにならないとですからー」


 先生はいつもの調子で微笑む。

 その笑顔はまるで教会のシスターのように柔らかいのに、言っている内容は鍛錬施設送り宣言。


「別のところって、めっちゃ怖いんですけど?」


 思わず声を荒げた。

 前回以上が存在するのかって話だ。


「大丈夫ですよー。二人が害されることは絶対にありませんからー」


 柔らかな声で断言されても、不安は増加するだけだ。

 害されない=精神的に死なないとは言っていない。


『相変わらず“癒してやってるのに拷問みたいな笑顔”って感じだねぇ。この先生ー』


 影の中からリラがつぶやいてくる。

 完全に同意しかない。


 そんなわけで、俺たちは聖騎士団の訓練場へ向かった。


 聖騎士団――王国所属ではない、アポロ神教直属の騎士団。

 国から支援要請があれば戦場にも出るが、普段は魔物・魔獣討伐が主な活動らしい。


「うわ……」


 着いてみてすぐ、俺は思わず声を漏らした。


 先日の王国兵団の訓練場は、質実剛健で飾り気がなく、巨大な石壁が重苦しい雰囲気を放っていた。

 だがここはまるで違う。


 壁は白く塗られ、眩しいほど清潔感に満ちている。

 正面の鉄の門には精巧な聖人像の浮き彫り――だが、それは祈りを捧げているものではなく、武器を掲げた姿だった。

 通路の壁にも、魔獣に槍を突き立てる騎士の絵画が飾られている。


 教会の荘厳さとも、神学校の静けさとも違う。

 清廉さと殺気が同居している場所――そんな空気だった。


 門番の兵士も鎧にアポロ神教のシンボルマークを刻んでいて、見た目からして強者。

 なのにイズミト先生が近づくと――。


「どうぞ通ってください」


 あっさり顔パス。

 俺たちもローブを着ているから神学校の生徒と分かるのだろう、視線は険しいが通れる気配。


「がんばれよ」


 門番の男が俺たちに声をかけた。

 脅しでも嫌味でもなく、純粋な激励。

 なのに逆に緊張が増すのはなぜだ。


「……マジか」


 口癖が自然に出た。

 ティマは肩をぎゅっとすぼめて、俺の袖を軽くつまんだ。

 不安なんだろう。でも逃げようとはしていない。


 俺はひとつうなずいて歩く。

 ティマもついてくる。

 それだけでいい。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


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