第二百四十四話「生命魔法の実習」
ついにストックが切れました……。
ちょっと本業も忙しくなってきていて、毎日の投稿もこれでストップとなります。
今後は更新頻度も減ってしまうかと思いますが、引き続きよろしくお願いします。
「実習?」
思わず聞き返した俺に、教師の男――ジェベルコーサ先生が黒板を軽く叩きながら頷いた。
「そうだ。明日は実習日だ。奉仕活動だったり、教会の儀式の補助だったり、内容はいろいろだが……一年生は治療院での手伝いになるな」
一年生にしては早すぎないか? と内心で突っ込みを入れつつ、周囲の反応を伺う。
「特に生命魔法が使える生徒は患者に治癒魔法を施すこともある。心の準備をしておけよー」
「えー!?」
何人かの生徒たちがそんな不満の声を漏らした。
……マジか。そんな本格的なやつ、もうやるのか。
「ちなみに実習の担当は俺じゃなくて、イズミト先生だからな」
教室全体が一瞬だけ静まり返った。
「……うわ」
「……大丈夫かな?」
前の席のジミーとシプスが、小声で囁く。その気持ち、分かる。ものすごく分かる。
最初こそサイコ気味な言動でクラス全員の心を折りにきていたが、授業内容自体は意外とまともだった。
……インパクトが強すぎて、苦手意識だけが残ってるんだけど。
そんなこんなで翌日。
俺たちは神学校の近くにある治療院に集められた。
老人が多く、空気は柔らかい。
清潔な白い壁と、陽の光が反射する診察室。
看護師たちの穏やかな声。
――ここなら一年生の実習でも問題なさそう、って思えるくらいに。
俺はほっとしながら、ティマと並んで治療院の先生に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
穏やかそうな中年男性が微笑んだ。
茶髪に白髪が混じり、皺は深くない。品のいい初老の雰囲気だ。
生徒の中にはまだ治癒魔法をうまく扱えない者もいるが、イズミト先生の“あの初日”の授業を受けてから、不思議と全員が最低限は使えるようになっていた。
……何をどうされたのかは深く考えないでおこう。
「では、生徒たちをよろしくお願いしますねー」
イズミト先生が治療院の先生へ笑顔で頭を下げたあと、
ゆるふわウェーブの髪を揺らしながら、こちらに振り返った。
「あ、ティマさんとケイスケ君はこっち来てくださいねー」
「え?」
俺たちだけ呼ばれた? 嫌な予感しかしない。
ティマは不安そうに俺の袖をそっとつまんでくる。
その仕草が小動物みたいで、思わず庇護欲が刺激された。
「あの、先生……?」
「大丈夫ですよー。ちょっと別の場所で実習するだけですからねー」
ニコニコ笑っているが、その笑顔が逆に怖い。
案の定、治療院を出て向かった先は――。
「先生、ここは?」
「ここはサンフラン王国の兵士さんたちの訓練場ですねー」
訓練場。
訓練場……?
ティマが首をかしげた。
俺の背中には、冷たい汗が一筋つーっと流れていく。
「先生、俺たちはここで……何を?」
「多分、思っている通りだと思いますよー」
いやいやいやいや。
俺の思っている通りが正解だったらダメだろ。
訓練場に顔パスで入り、いくつかの廊下を進んだ先――。
眩しい光の向こうに広がっていたのは、砂埃を上げながら声を張り上げて訓練する百人以上の兵士たち。
剣を振り、魔法を撃ち、盾を構え、転がっている。
文字どおり死ぬ気で鍛えている。
「あ、やっぱりこういうことか……」
思わず呟くと、ティマがか細い声で聞いた。
「ケ、ケイスケ……こ、ここで……?」
「貴方たちはここで、治癒魔法の実習ですよー」
イズミト先生は、広場の真ん中で腕を広げて宣言した。
まるでここがピクニック会場か何かであるかのように。
「……マジか」
思わず口癖が出てしまった。
治癒魔法の実習って、老人相手の穏やかな治療院じゃなくて、
兵士の訓練場って……。
嫌な予感しかしないんだが。
先生は軽い調子で続ける。
「ほら、兵士さんたちは訓練でよく怪我しますからねー。切り傷、骨折、打撲、筋断裂、時々、腕が逆方向に曲がってたりー」
「ちょ、ちょっと待ってください先生!? 最後のはおかしいですよね!?」「……おかしいです!?」
ティマも珍しく食い気味にツッコんだ。
でも先生はにこーっと微笑んで、
「大丈夫ですよー。折れてるところを治せるようになっておかないと、いざという時に困りますからねー?」
と、もはや教師というより拷問官めいたことを言い放った。
いや、なんで一年生の俺たちがそんなハードな実習を……。
「さあさあ、魔法使い放題ですよー!」
……いや、魔法の食べ放題コースみたいに言われても困るんだけど。
周囲を見渡せば、鍛え抜かれた兵士たちが訓練の余韻であちこちに座り込んでいる。
擦り傷、切り傷、腫れ、捻挫、打撲――怪我をしていない者のほうが少ない。
数で言えば、治療院の老人相手とは比べ物にならない。
確かに実習としては、ここ以上に材料が揃う場所はないだろうけど、こんな特別扱いは嬉しくない……。
「……マジか」
俺の呟きは、砂埃に紛れて消えた。
「ああ、先生。ようこそいらっしゃいました」
柔らかい声が聞こえてきた。
訓練場の荒々しい雰囲気に似合わない、穏やかな声だ。
「お世話になりますー」
「いえいえ、こちらこそ大歓迎ですよ。それで、こちらの二人が?」
振り向くと、そこに立っていたのは穏やかな物腰の男性だった。
背は高いが筋肉質ではなく、どこか学者のような雰囲気。
緑色の作業着のような衣服で、眼鏡の奥の目が優しい。
「あ、こちらは第七兵団所属のイネスさんですよ」
イズミト先生が紹介すると、男性――イネスさんは柔らかく微笑んだ。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします……」
俺とティマは同時に頭を下げる。
「イネス・ハウサーと言います。イズミト先生からは聞いていますよ。なんでも、聖女候補と並んで“すごい魔力を持つ子”がいるって」
その視線がきらきらしていて、思わず少し身構えてしまった。
「私はイズミト先生の同級生でしてね。学生時代からよくお世話になっていました」
「そうだったんですね」
――だからこの訓練場に俺たちを連れてこれたのか。
身内のコネというやつだ。
イネスさんは、この第七兵団の軍医らしい。地位の高そうな人だ。
「では、早速お願いしましょうか」
「はーい。じゃあ二人とも、頑張るんですよー!」
先生の軽い声に押され、俺たちは訓練場脇の簡易テントに入った。
中にはイネスさんと似た作業着の人たちが五人。
みんな軍医の助手らしい。
「よろしくお願いします」「よろしくお願いします」
と丁寧に挨拶し終えると、助手の1人が作業着を渡してきた。
「じゃあ、これ着てね」
ティマはつい立ての向こうへ。
俺は……まあどうでもいいやと、その辺でさっと脱いで着替え始めた。
「あら、順番で使うかと思ったけど、君、思い切りがいいね」
若い女性助手が苦笑した。
「冒険者なので、別に平気です」
「……へえ。神学校の坊ちゃんかと思ったら、そんな経験もあるんだ」
いや、俺は坊ちゃんどころか、異世界転移者なんだけど……そこは言えない。
ティマが出てきた。
だぼっとした作業着で袖が完全に余っている。
助手の女性が「可愛いわねぇ」と言いながら袖をまくってあげていた。
……なんか、あれだ。サイズの大きい服を着る女の子って破壊力が増すよな。
『ケイスケ、心の声が漏れてるよー』
リラが影の中でくすくす笑っている気配がした。
「ケイスケ君はぴったりだね」
「はい、問題ないです」
その会話が終わった頃、訓練場では兵士たちが整列し始めていた。
ちょうど訓練が終わる時間らしい。
「さあ、来るぞ。診察は素早く。治療は丁寧に。いつもの通り診察は私とオーレンで。神学校の二人はエフカについて軽傷者の手当てを」
「わかりました!」
助手たちの声が揃う。
「二人はこっちね」
案内されたのは丸椅子と机が置かれた小スペース。
傍らにカートがあり、包帯や薬品、その他の医療器具が詰め込まれていた。
そして――。
兵士の列が、あっという間にテントの外まで伸びた。
「うわ……」
「お、思ったより……多い……です」
ティマが小さく震える。
「大丈夫。こっちに来るのは軽傷者だけからだから」
エフカという助手が優しく声をかけた。
その直後から怒涛の治療ラッシュが始まった。
擦り傷、切り傷、打撲。
訓練のせいか、同じ場所を何度も怪我する兵士が多い。
腫れている膝、擦れた掌、裂けた眉。
「はい、次!」
「わかりました!」
「……わかりました!」
俺とティマはひたすら治癒魔法を使い続けた。
「はい、腕出してくださーい! 治癒魔法をかけますからねー!」
じんわりと魔力が流れ、傷が閉じていく。
途中、ティマの「つ、次の方……!」という声が意外と大きくて驚いたが、そんなことに構っている余裕はない。
なんというか、ここは治療院ではなく、戦場だった。
兵士たちも次々と来るせいか治療が終わるたびに「助かる!」と笑って戻っていく。
その活気に押されるように、俺たちもテンションが上がっていく。
「ケイスケ君、まだいける? いけるね? じゃあ次!」
エフカが手際よく指示を出す。
「はいっ!」
「……はい!」
気づけばティマも、顔を赤くしながら必死についてきていた。
小さな体で、懸命に。
『ティマ、がんばってるな……』
『うんうん、かわいいねーあの子。ケイスケ、守ってあげなよー?』
影の中のリラが、相変わらず軽い調子で囁いてくる。
――分かってるよ。
俺たちはただただ治癒魔法を放ち続ける。
息を吸って、吐いて、詠唱して魔力を流す。
いつの間にか、汗が頬をつたっていた。
「……はい、次……!」
「おう、頼む!」
声を張り上げ続けた俺の喉は乾いていたが、不思議と体はまだ動く。
数だけはこなしてるからだろうか。
ティマも、荒い息の中で「大丈夫……」と繰り返しながら手を動かしていた。
終わりの見えない治療ラッシュ。
それでも俺とティマは、必死で魔法を使い続けた――。
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