第二百四十二話「個別授業」
冒険者活動の翌日、月曜日。
俺はまだ体に残る疲労感を期待していたが、当然のように何もなかった。肉体の疲労ではなく、精神のどこかが「昨日、大変だったよな」と訴えているだけで、体のほうはケロッとしている。
そんな俺をよそに、神学校の午前の授業は生命魔法だ。
「えぇー、それでは今日も元気にやっていきましょー。詠唱を覚えてる人は手本を見せてくださーい。まだ発動できない人は、近くに寄ってくださいねー。魔法を受けたいと言う人がいれば、ナイフはあるので取りに来てくださーい」
教壇に立つのは、生命魔法の担当教師、イズミト・ククシェヒル先生。ふわふわの草原みたいな髪が今日も爆発している。
あの髪型、乱れてるわけじゃないらしい。そういう形でまとまっているらしい。マジか。
手にはナイフ。言ってることがやばい。もちろんそれを受け取りに来る生徒はいなかった。
俺を含め、すでに詠唱を覚えている生徒が前に出て、手本として魔法を使う。ティマもそのひとりだ。
俺の手本は五回まで。
本当はもっと打てるが、あまりに元気すぎると目立つ。いや、すでに目立ってるけど、限度ってものがある。
『命の精霊たちよ、わが手に集い集いてあるべき姿に細胞を修復せよ……レパティオ』
五度目の魔法が終わっても、息はまったく乱れない。
周りの生徒はというと、みんないい感じに膝に手を当てたり、肩で息をしている。
カズグラードなんて、一回の発動で座り込んだ。
普通ならばこんなにも魔力は消費するもののようだ。
俺がそんなことを考えていると、当然の帰結が訪れた。
「ケイスケ君、ティマさん。ちょっと来てくださーい。他の人は続けてねー」
「あ、はい」
「……はい……」
ティマも俺と同じように治癒魔法のレパティオを五回使っても、あまり疲れた様子はなかった。
ティマの返事はいつもより小さい。疲れているわけじゃないが、呼ばれた理由がわかっているから気が重いのだろう。
先生に促され、俺とティマは教室隣の小さな準備室へ移動する。
準備室は十畳ほどで、本棚が壁一面に並び、上には教材や瓶詰めの薬草がぎっしり詰まっている。窓はあるがカーテンが閉じられ、少し暗い。
先生は机に置いてあった書類を軽く片づけ、俺たちに向き直った。
「えーとですね、わざわざ二人を呼んだのは、ちょっと確認したいことがあってですねー」
眼鏡の奥の目が細くなる。ふわっとした雰囲気なのに、こういうときだけ妙に鋭い。
「ティマさんもケイスケ君も、魔力が段違いに多いですよね?」
俺とティマは顔を見合わせ、小さく頷いた。
「やっぱりですねー。二人とも見本の魔法を使っても、ぜんぜん疲れているように見えませんから」
やっぱり見られてたか。
まあ、隠しようもないけど。
先生は指をぽんと鳴らし、楽しそうに続けた。
「例年、生命魔法をもともと使える生徒には見本をしてもらって、詠唱の習熟と魔力鍛錬を並行してしてもらってるんですけどね。あなたたち二人は例外的なんですよー。魔力を使っても減ってるように見えないし、回復のスピードも速い。これ、かなり珍しいです。適性値はケイスケ君が二、ティマさんが三だと聞いていますが、少し上がっているのかもしれませんねー」
「適性って上がることもあるんですか?」
素朴な疑問を投げかけると、先生は「当然ですよー」と言わんばかりに頷く。
「魔力って、筋肉と同じなんです。使えば使うほど循環が良くなるし、適性も上がるんですよー。まあ、努力が必要ではありますけどねー」
適性値の上昇……普通にあるのか。
じゃあ俺の適性が全属性で上がろうがバレにくいということだ。よかった。
「でもですねー」
先生の声がふっと低くなる。
「このまま授業を続けても、あなたたちの成長には繋がりません」
俺は思わず首を傾げた。
「でも、人に教えるのも学びというか……経験になりますよね?」
「なりませんよー」
ばっさり切り捨てられた。
「あなたたちはまだまだ伸びます。どこまで伸びるか未知数ですけど、ティマさんは光の精霊と契約してるし、将来は聖女候補。ケイスケ君も、魔力量だけで言えば今年の一年生では規格外です」
「え……」
ティマが驚いたように小さく息を呑んだが、先生は気にせず続ける。
「そんな伸びる子たちを、他人の成長のために足踏みさせるなんて――」
先生の表情が弛み、ふにゃりと笑う。
「無駄の極みですよー」
いや言い方。
でも、俺にもわかる。
この世界は安全じゃない。脅威だってそこら中にある。
強くなれるなら、強いほうがいい。
先生は机に肘をつき、俺たちを見た。
「だからですね、今後は授業の前半はこれまで通り。でも後半は――」
一拍置き、にこにこと言った。
「この部屋で私が個別指導しまーす」
「こ、個別指導……?」
「はい。あなたたち二人のためだけの授業です。生命魔法の応用、魔力運用、回復術、光魔法との応用……ティマさんにはエステレルの魔力循環も見ますよー」
ティマの肩がわずかに震えた。
怖いのか緊張なのかわからないが、目を伏せて自分の指先を握りしめている。
先生はさらに驚くことを続けた。
「それで、ある程度上達したら一つ上の学年の授業に参加してもらいますねー。いわゆる、飛び級ってやつです」
「飛、飛び級……」
俺もティマも絶句した。
うすうす想像はしてたが、現実に言われるとなかなか心の準備ができない。
「安心してくださいねー。強制じゃありませんから。あなたたちの希望が最優先です」
その言い方のわりに、先生の目は完全に「決定事項」の光を宿していた。
いや絶対強制だろこれ。
でも、悪い話じゃない。
むしろ、いい。
ティマの魔法の制御の幅が広がるなら、彼女の未来の道が広がる。
俺自身もチートに甘えてる場合じゃないし、上の学年の授業が受けられるのは悪くない。
――そう思った矢先、ティマがそっと俺の袖を引いた。
「……け、ケイスケ……わ、わたし……」
声が震えている。
不安と期待が入り交じったような、複雑な表情だった。
「大丈夫。俺も一緒だから。多分」
「……う、うん……」
ティマの灰色の瞳がほんの少しだけ和らいだ。
その様子を見て、先生は手を叩いた。
「では、決定ですねー。今日から後半は個別授業になります。二人とも、期待してますからねー」
やっぱり決定事項だった。
教室へ戻ると、生徒たちはまだ詠唱練習の真っ最中だった。
俺とティマに気づいた生徒たちが「なんだった?」と目で問いかけてくるが、今はまだ話せない。
ティマがちらりと俺を見る。
不安はあるが、逃げるつもりはない顔だ。
そのとき、リラが影からひょこっと顔を出してきた。
『……ねえケイスケ、あの先生、なんか面白そうだね』
『いや、どこが?』
『だってほら、あの目。あれ絶対“伸びる子を見るとワクワクしちゃうタイプ”のやつだよー』
……否定できない。
『でもまあ、個別授業は悪くないと思う。ティマも人の目を気にすることがなく、もっと学べるということだからな。ただ――』
『ただ?』
『あの先生が、どんなことを教えてくるのかとか、正直ちょっと怖い……』
『あはははは! 確かにそうだねー!』
ほんと、多分ちゃんと教えてくれるんだろうけど、一体どんなことをさせられるのか……。
それに、ティマはもっと人に慣れた方がいいとも思っている。
これは単なる俺の独りよがりな考えなのかもしれないが。
――と、そこまで思ったところで授業の終了鐘が鳴った。
俺は教科書を閉じながら、深く息を吐く。
「……飛び級か。望んでいたことではあるけどな」
だが決まったからにはやるしかない。
俺とティマのこれからが、今日からまた少し変わる。
そんな予感がした。
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