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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百四十二話「個別授業」

 冒険者活動の翌日、月曜日。

 俺はまだ体に残る疲労感を期待していたが、当然のように何もなかった。肉体の疲労ではなく、精神のどこかが「昨日、大変だったよな」と訴えているだけで、体のほうはケロッとしている。


 そんな俺をよそに、神学校の午前の授業は生命魔法だ。


「えぇー、それでは今日も元気にやっていきましょー。詠唱を覚えてる人は手本を見せてくださーい。まだ発動できない人は、近くに寄ってくださいねー。魔法を受けたいと言う人がいれば、ナイフはあるので取りに来てくださーい」


 教壇に立つのは、生命魔法の担当教師、イズミト・ククシェヒル先生。ふわふわの草原みたいな髪が今日も爆発している。

 あの髪型、乱れてるわけじゃないらしい。そういう形でまとまっているらしい。マジか。

 手にはナイフ。言ってることがやばい。もちろんそれを受け取りに来る生徒はいなかった。


 俺を含め、すでに詠唱を覚えている生徒が前に出て、手本として魔法を使う。ティマもそのひとりだ。


 俺の手本は五回まで。

 本当はもっと打てるが、あまりに元気すぎると目立つ。いや、すでに目立ってるけど、限度ってものがある。


『命の精霊たちよ、わが手に集い集いてあるべき姿に細胞を修復せよ……レパティオ』


 五度目の魔法が終わっても、息はまったく乱れない。

 周りの生徒はというと、みんないい感じに膝に手を当てたり、肩で息をしている。

 カズグラードなんて、一回の発動で座り込んだ。

 

 普通ならばこんなにも魔力は消費するもののようだ。


 俺がそんなことを考えていると、当然の帰結が訪れた。


「ケイスケ君、ティマさん。ちょっと来てくださーい。他の人は続けてねー」

「あ、はい」

「……はい……」


 ティマも俺と同じように治癒魔法のレパティオを五回使っても、あまり疲れた様子はなかった。

 ティマの返事はいつもより小さい。疲れているわけじゃないが、呼ばれた理由がわかっているから気が重いのだろう。

 先生に促され、俺とティマは教室隣の小さな準備室へ移動する。


 準備室は十畳ほどで、本棚が壁一面に並び、上には教材や瓶詰めの薬草がぎっしり詰まっている。窓はあるがカーテンが閉じられ、少し暗い。


 先生は机に置いてあった書類を軽く片づけ、俺たちに向き直った。


「えーとですね、わざわざ二人を呼んだのは、ちょっと確認したいことがあってですねー」


 眼鏡の奥の目が細くなる。ふわっとした雰囲気なのに、こういうときだけ妙に鋭い。


「ティマさんもケイスケ君も、魔力が段違いに多いですよね?」


 俺とティマは顔を見合わせ、小さく頷いた。


「やっぱりですねー。二人とも見本の魔法を使っても、ぜんぜん疲れているように見えませんから」


 やっぱり見られてたか。

 まあ、隠しようもないけど。


 先生は指をぽんと鳴らし、楽しそうに続けた。


「例年、生命魔法をもともと使える生徒には見本をしてもらって、詠唱の習熟と魔力鍛錬を並行してしてもらってるんですけどね。あなたたち二人は例外的なんですよー。魔力を使っても減ってるように見えないし、回復のスピードも速い。これ、かなり珍しいです。適性値はケイスケ君が二、ティマさんが三だと聞いていますが、少し上がっているのかもしれませんねー」

「適性って上がることもあるんですか?」


 素朴な疑問を投げかけると、先生は「当然ですよー」と言わんばかりに頷く。


「魔力って、筋肉と同じなんです。使えば使うほど循環が良くなるし、適性も上がるんですよー。まあ、努力が必要ではありますけどねー」


 適性値の上昇……普通にあるのか。

 じゃあ俺の適性が全属性で上がろうがバレにくいということだ。よかった。


「でもですねー」


 先生の声がふっと低くなる。


「このまま授業を続けても、あなたたちの成長には繋がりません」


 俺は思わず首を傾げた。


「でも、人に教えるのも学びというか……経験になりますよね?」

「なりませんよー」


 ばっさり切り捨てられた。


「あなたたちはまだまだ伸びます。どこまで伸びるか未知数ですけど、ティマさんは光の精霊と契約してるし、将来は聖女候補。ケイスケ君も、魔力量だけで言えば今年の一年生では規格外です」

「え……」


 ティマが驚いたように小さく息を呑んだが、先生は気にせず続ける。


「そんな伸びる子たちを、他人の成長のために足踏みさせるなんて――」


 先生の表情が弛み、ふにゃりと笑う。


「無駄の極みですよー」


 いや言い方。

 でも、俺にもわかる。

 この世界は安全じゃない。脅威だってそこら中にある。

 強くなれるなら、強いほうがいい。


 先生は机に肘をつき、俺たちを見た。


「だからですね、今後は授業の前半はこれまで通り。でも後半は――」


 一拍置き、にこにこと言った。


「この部屋で私が個別指導しまーす」

「こ、個別指導……?」

「はい。あなたたち二人のためだけの授業です。生命魔法の応用、魔力運用、回復術、光魔法との応用……ティマさんにはエステレルの魔力循環も見ますよー」


 ティマの肩がわずかに震えた。

 怖いのか緊張なのかわからないが、目を伏せて自分の指先を握りしめている。


 先生はさらに驚くことを続けた。


「それで、ある程度上達したら一つ上の学年の授業に参加してもらいますねー。いわゆる、飛び級ってやつです」

「飛、飛び級……」


 俺もティマも絶句した。

 うすうす想像はしてたが、現実に言われるとなかなか心の準備ができない。


「安心してくださいねー。強制じゃありませんから。あなたたちの希望が最優先です」


 その言い方のわりに、先生の目は完全に「決定事項」の光を宿していた。


 いや絶対強制だろこれ。


 でも、悪い話じゃない。

 むしろ、いい。

 ティマの魔法の制御の幅が広がるなら、彼女の未来の道が広がる。

 俺自身もチートに甘えてる場合じゃないし、上の学年の授業が受けられるのは悪くない。


 ――そう思った矢先、ティマがそっと俺の袖を引いた。


「……け、ケイスケ……わ、わたし……」


 声が震えている。

 不安と期待が入り交じったような、複雑な表情だった。


「大丈夫。俺も一緒だから。多分」

「……う、うん……」


 ティマの灰色の瞳がほんの少しだけ和らいだ。

 その様子を見て、先生は手を叩いた。


「では、決定ですねー。今日から後半は個別授業になります。二人とも、期待してますからねー」


 やっぱり決定事項だった。


 教室へ戻ると、生徒たちはまだ詠唱練習の真っ最中だった。

 俺とティマに気づいた生徒たちが「なんだった?」と目で問いかけてくるが、今はまだ話せない。


 ティマがちらりと俺を見る。

 不安はあるが、逃げるつもりはない顔だ。


 そのとき、リラが影からひょこっと顔を出してきた。


『……ねえケイスケ、あの先生、なんか面白そうだね』

『いや、どこが?』

『だってほら、あの目。あれ絶対“伸びる子を見るとワクワクしちゃうタイプ”のやつだよー』


 ……否定できない。


『でもまあ、個別授業は悪くないと思う。ティマも人の目を気にすることがなく、もっと学べるということだからな。ただ――』

『ただ?』

『あの先生が、どんなことを教えてくるのかとか、正直ちょっと怖い……』

『あはははは! 確かにそうだねー!』


 ほんと、多分ちゃんと教えてくれるんだろうけど、一体どんなことをさせられるのか……。

 それに、ティマはもっと人に慣れた方がいいとも思っている。

 これは単なる俺の独りよがりな考えなのかもしれないが。


 ――と、そこまで思ったところで授業の終了鐘が鳴った。


 俺は教科書を閉じながら、深く息を吐く。


「……飛び級か。望んでいたことではあるけどな」


 だが決まったからにはやるしかない。

 俺とティマのこれからが、今日からまた少し変わる。


 そんな予感がした。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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