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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百三十四「ティマへの魔力の移譲」

 ティマは机に突っ伏したまま、ほとんど動かなかった。

 光魔法の授業のあと、皆が一斉に息を吐いた。だが、ティマだけはそのままぐったりしている。

 トルトもミルカも疲労の色を見せてはいるが、あれはとにかく腹が減っている様子だった。

 ティマも同じだ。魔力を使い果たしている。


 細い肩が小刻みに上下して、浅い呼吸をしているのが見える。

 机の上で、白い髪がふわりと揺れた。

 頬は少し赤いけど、熱ではなさそうだ。

 やっぱり、魔力切れだな。


 そういえば――。


 エージェに魔力を渡したときのことを思い出す。

 あのときは確か、直接触れて魔力を流した。


 ……あれって、人間相手にもできるんだろうか?


 試してみたい、という好奇心が首をもたげる。

 ティマが魔力切れで辛いのなら、魔力を移譲することで元気になるかもしれない。


 俺は隣に座るティマを見やる。

 彼女の睫毛がわずかに震えている。目を覚ましかけているのかもしれない。

 多分意識はあるはず。


「ティマ、ちょっと手を握っていいか?」


 声をかけると、ゆっくりとまぶたが開いた。

 灰色の瞳が俺をとらえ、数度瞬きをする。

 そして、ほんの少しだけ、こくりと頷いた。


 どうやら声を出すまでには回復していないらしい。

 許可が出たなら、やってみるか。


『ケイスケ―、何するのー?』


 リラの声が影の中から響く。


『ん? 魔力をティマに渡せるかなって思って』

『ふーん? 気を付けてねー』

『気を付ける? なんでだ?』

『加減間違えると大変かもー?』

『主、くれぐれも……』


 アイレまでも心配そうに声をかけてくる。

 ああ、確かに。あのときのエージェの反応は……いろんな意味で人前ではできない代物だった。

 なるほど、気を付けろってそういうことか。

 でも大丈夫なはずだ。後半のほうは魔力調整もちゃんとできて、そういう事態にはならなかったのだから。


 ――しかし俺はこのときまだ知らなかった。

 エージェはダンジョンコアとして、その身に蓄える魔力が人間なんかよりずっと多かったことに。

 そんなエージェを満足させるほどの魔力を、調整しても尚問題なく移譲できていたということにも。


 俺は息を整え、ティマの手をそっと取る。

 白く、細く、滑らかな指先。

 冷たいというより、体温を感じない。

 指先を少し強く握ると、すべすべとした感触が掌に伝わってきた。


 ……やるか。


 蛇口をほんの少しだけ開くイメージで、魔力を流す。

 水滴がぽとりと落ちるように、ゆっくりと、慎重に。


「……え?」


 ティマの体が小さく跳ねた。

 びくっとした後、指がわずかに震える。


「ティマ、少しじっとして」


 俺がそう言うと、ティマは小さく頷き、また目を閉じた。

 魔力をほんの少しだけ――本当に、少しだけ流す。


 数秒後。


「……ん……んん……! ……ふぅ……ふぅぅ……。……あ、あぁぁ……」


 吐息が漏れる。頬がわずかに赤くなった。

 呼吸が乱れ、肩が微かに震える。


 ……あ、これヤバいかも。


 俺は慌てて手を離した。

 ティマはゆっくりと目を開け、俺のほうをぼんやりと見つめている。

 その視線が――熱っぽい。

 頬は赤く、額にはじっとりと汗をかいて、彼女の髪が額や頬に張り付いている。


 まさに、エージェのときと同じパターン。

 エージェのときとは比べ物にならないくらいほど少ししか魔力を流していないのに。


 これは嫌な予感しかしない。

 俺はすぐに手を離し、ティマに問いかける。


「だ、大丈夫か? ティマ」

「……うん……。何……したの? 今……」


 か細い声。けれど確かに、もう言葉が出ている。

 回復はしているっぽい。成功だ。


 だが――。


「……もう、やらないの……?」


 顔を赤くしてそんなことを言うティマ。

 いや、やらないって。これ、絶対人に見られたら誤解されるやつだ。


「や、やらない」

「……もっと、やってほしい……」

「やらない。それよりも、元気になったみたいだな! うん、あとはミルカ、任せた! トルト、帰るぞ!」


 逃げるように立ち上がろうとした瞬間――。


「みんな揃ってるなー。夕礼を行うぞー」


 ジェベルコーサ先生が教室に戻ってきた。

 最悪のタイミングだ。


 浮かしかけた腰をそっとおろす。

 なるべく自然に振る舞おうと、壇上の先生に視線を固定した。

 ……それでも、ティマの視線が突き刺さってくる気がするのは気のせいであってほしい。


「初めての魔法の授業は疲れただろう? だから手短に伝えるから、耳だけはこっちに向けてくれ」


 皆、ぐったりと突っ伏したままだが、一応耳は先生に向けている。


「明日は生命魔法の授業が午前中にある。午後は基礎教養の授業だ。文字の読み書きができない者が対象だから、そのつもりでな」


 生命魔法……か。

 この世界にの生き物には必ず宿っているとされている、命の精霊に纏わる魔法だ。肉体強化魔法もこの生命魔法の一部だ。

 あと、基礎教養の授業では文字を教えてくれるらしい。

 翻訳チートで読み書きはできるけど、きちんと学んでおくのも悪くない。出ておくか。


 ティマとトルトはその授業の対象になるだろう。

 ミルカは問題ないらしい。真面目な顔でメモを取っている。


「基礎教養の授業は任意だ。必要のない者は、教会での奉仕活動に参加してもいい」


 小さく不満の声があがるが、みんな疲れすぎていて勢いがない。


「授業を受けるか、奉仕活動か、好きなほうを選んでいいぞ。明日の朝までに決めておいてくれ。では、解散」


 生徒たちはよろよろと立ち上がり、それぞれ出口へ向かっていく。

 俺たちも続いた。


 ミルカもトルトも、もう立てるくらいには回復している。

 ティマも、もう顔の赤みは引いているように見えた――少なくとも、表面上は。


 それでも彼女は、歩きながら俺をちらりと見上げてきた。


「……ねえ、さっきの……何?」


 やっぱり気になるよな。

 俺は少し考えてから、声を潜めて言った。


「あー……。魔力は回復したか?」

「え……、うん」


 小さく頷いた彼女に、俺はさらに小声で囁く。

 耳元で。


「俺の魔力を、ティマに移譲してみたんだ。……魔力が戻ってるなら、そのせいだ」

「……え……?」


 ティマの瞳が、まるで意味が分からないと訴えている。

 俺は人差し指を立てて「しー」と内緒のジェスチャー。


 意味が通じたのか、ティマは神妙な顔つきで小さくうなずいた。


「……じゃあ、またやって、ね……?」

「……わかったよ」


 頬にほんのり残る赤みを見て、俺はため息をついた。


『ねーケイスケ、ほんとに気を付けなよー?』

『……わかってるって』


 俺は苦笑しながら、ティマと少し距離をとる。

 するとティマは一歩俺に近づく。そんなことを繰り返しながら校舎から出ると、ティマの髪が夕日の光を反射して、淡く輝いた。


 俺はきっとやらかしてしまったのだと思う。

 だけど――うん。今は深く考えないでおこうと思う。


最後までお読みいただきありがとうございます!

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