第二百三十一話「貴族の同級生」
ティマ達と話をしていたときだった。
俺たち平民組は教室の隅の方に位置していて、まだお互いの距離感も掴めていないせいか、全体的に静かな休憩時間だった。
だから、わざわざ俺たちに声をかけてくるような奴はいないと思っていたのだが――。
「ティマとやら、聖女候補というのは本当だったようだな!」
鋭く通る声が教室に響いた。
まるで剣で空気を切られたみたいに、場が一瞬で静まる。
数人が思わず手を止め、視線が一斉にそちらへ向いた。
やってきたのは、貴族の中でもひときわ目立つ少年。
金色の髪を整え、制服も妙に飾り立てている。
自信満々の笑みを浮かべているが……その余裕がどことなく鼻につく。
こいつだ。自己紹介の時、やたら長々と家名の説明をしていた少年。
「自己紹介もしたが、カズグラード・アスプロタスだ。アスプロタス侯爵家のことは知っているな?」
うん、こいつだわ。
声も態度もやけにでかくて、まるで自分の存在そのものが尊いと言わんばかりだった男。
今も背筋を伸ばしてふんぞり返り、みんなの注目を“当然のもの”として受け止めている。
その視線が、ティマへと向く。
ティマは突然のことにびくりと肩を震わせた。
貴族というだけでも緊張するのに、教室中の視線まで集まってしまったのだから無理もない。
彼女の白い指が机の端をぎゅっと掴み、小さく震えているのが見えた。
「……その……知らない、です」
ティマは勇気を振り絞ったように小さく首を振る。
するとカズグラードの顔がみるみる険しくなった。
「む……。我がアスプロタス侯爵家を知らないなどとは! 無礼な奴め!」
――来たよ。こういうの、テンプレすぎて逆に新鮮だ。
ティマの灰色の瞳が怯えで揺れる。
机の下で、彼女の指先が震えているのが見えた。
それを見て俺は思わず腰を浮かせた。
このまま放っておいたら、絶対に良くない。
「すまないが、俺たちは平民だからな。貴族様のことは知らないんだ」
そう言って、ティマの前に立つ。
俺の声に、カズグラードたちの注意が一斉にこっちへ向く。
いかにも自分の会話を邪魔されたという顔だ。
「なんだ? お前は」
「ケイスケだ。自己紹介したんだけどな」
「ああ、そんなのもいたな」
軽く手を払う仕草。
ほんの数時間前の自己紹介すら覚えていないらしい。
そして、吐き捨てるように言葉を続ける。
「それで、何故平民ごときが、俺に意見しているんだ?」
――出た、平民ごとき。
頭の中で俺は小さくため息をつく。
どう答えても喧嘩腰になるパターンだ。
「意見をしたつもりはないよ。ただ、俺たちが無知だってことを言いたかっただけだ。他意はない」
「貴族の話を遮ってはいけないと、お前は習わなかったのか?」
――うわ。完全に面倒くさいタイプだ。
こいつ、将来絶対に部下を泣かせる。
返す言葉を探していると、隣から軽い声が割って入った。
「カズグラード君、仕方ないよ。平民は僕たちのように、教育を受けられるわけじゃないからね」
ヘルヴィウスだった。
相変わらず柔らかい笑顔を浮かべたまま、声も穏やか。
けれど、その言い方が絶妙にうまい。
カズグラードを持ち上げながら、俺たちへの矛先をそらしてくる。
「ふむ……なるほどな。平民が無知なのは仕方がないか。だから平民は愚かなんだな」
ヘルヴィウスの言葉で、カズグラードは満足したらしい。
胸を張り、勝ち誇ったようにうなずいている。そしてその横では、取り巻きの二人が「さすがです!」と言わんばかりに胸を張っていた。
――ああ、そういう関係性ね。完全にヒエラルキー型のグループだ。
俺は苦笑を浮かべながら言った。
「愚かかはわからないけど……そうだな。無知なら、これから知ればいいだけだろ」
言ってから、少しだけティマの方を見る。
彼女はまだ小さく肩を縮めたままだが、俺の声を聞いて、ほんの僅かだが息を吐いたように見えた。
張り詰めた空気が、ほんの少し和らぐ。
「そうですよ、カズグラード様!」
「無知な平民は、教育してやればいいんです!」
「教育なら、俺がやれますよ!」
取り巻き二人が調子に乗って囃し立てる。
……なんというか、漫画の三下そのまんまだ。
カズグラードは満足げに頷き、腕を組んで得意げに顎を上げた。
その空気を、ヘルヴィウスがさらりと変える。
「でも、この学校ではそれぞれの身分は関係ないって、言われたよね」
声は柔らかいが、言葉の芯は強い。
カズグラードの正面から、穏やかに、しかし確実に釘を刺すような言い方だった。
「だから普通に仲良くできればいいと思うけどな」
――やるな、ヘルヴィウス。
年下のくせに完全に場のコントロールを取っている。
おそらく、こういうやり取りには慣れているんだろう。
貴族社会の中で、どう立ち回れば角が立たず、かつ言いたいことが通るか――そういう経験が身についてる感じがする。
そういえば彼は子爵家の庶子だと自己紹介していた。
立場が弱いからこそ、“強い者の自尊心を壊さずに、言うべきことだけ言わせる”という術を覚えたのかもしれない。
カズグラードは一瞬、言葉に詰まったようだったが、
「ふん」と鼻を鳴らして、無理やり威厳を取り戻そうとする。
「……まあ、神の御前では皆平等、だったか? そういう決まりらしいからな」
おお、覚えてたんだ。
それ、入学式で司祭が言ってたやつだ。
カズグラードが口を開きかけた、そのとき――。
「諸君、休憩は終わりだ。席につきたまえ」
ロシオリー先生の声が教室に響き、会話を強制的に断ち切った。
その声はやけに鋭く、冷たく、張りのある声だった。
だが不思議と嫌な感じではない。
むしろ――救いの言葉にすら聞こえた。
カズグラードは不満げに眉をひそめたが、さすがに教師の前では大人しく席へ戻る。
俺も自分の席に腰を落ち着け、ティマの方へ視線を送った。
「……大丈夫か?」
声を落として聞くと、ティマは小さく頷いた。
「ありがとう……」
微かな声。
だが先ほどまで強張っていた表情が、ほんの少し柔らかくなっていた。
「気にすんなよ」
そのささやきは、教室のざわめきに紛れて消えた。
けれど俺の胸の奥には、確かに温かいものが残った。
――マジでカズグラードみたいなタイプっているんだな。
異世界でも、貴族社会でも、人間のプライドってやつは変わらないらしい。
そんなことをぼんやり考えていると――。
『いやはや、あの教師に続いて、なかなか強烈だったねー』
『ほんとにな。あれで十歳だぜ……』
『まあ、どこの世界も、偉そうなやつほど中身は子どもかもねー。ケイスケも気をつけなよー?』
『俺は違うだろ……』
『ふふーん、どうだかー』
リラの軽口に、思わず小さく笑ってしまった。
その瞬間、ティマがこちらを見て、不思議そうに首をかしげる。
俺は慌てて視線を逸らした。
――こういう、ほんの一瞬の空気が。
案外、今日いちばん救われた時間だったのかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!
もし「いいな」と思っていただけたら、
お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!
コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、
どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。
これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!




