第二十三話「ミネラ村の朝 1」
朝日がゆっくりと地平線を照らし始めたころ、俺はリームさんと共に川へ向かっていた。
「この先に村の洗い場がある。ケイスケもそこで体を洗うといい」
「うん、わかった」
昨日、ロビンに「必ずよ!」と念を押されたこともあって、朝からしっかりと体を洗うことにした。幸い、この村には共同の洗い場があるらしい。リームさんによれば、村の男衆はみんなそこで体を洗い、身支度を整えてから仕事に向かうのが日課になっているそうだ。
村の外れを流れる川は、緩やかに蛇行しながら広がっており、水深は深くても膝くらいまでしかない。澄んだ水が朝日を反射してきらきらと輝いていた。
川辺にはすでに何人もの男たちが集まっており、それぞれ上半身裸になって水を浴びていた。彼らは互いに談笑しながら、体をこすったり、簡単に髭を剃ったりしている。
「ここで洗えばいいんだな」
「そうだ。お前も服を脱いで、しっかり洗え」
俺は言われた通り、腰に巻いていた布を外し、下着だけの姿になって川に足を踏み入れた。水はひんやりとしていて、目が覚めるような感覚がする。
「ケイスケ、これを使え」
リームさんが手渡してきたのは、茶色い塊だった。
「……これは?」
「石鹸だ。泡立ちはあまりよくないが、汚れは落ちる。使い方を教えてやる」
なるほど、この世界にも石鹸はあるのか。
リームさんの説明通り、手のひらで石鹸を擦ってみると、確かに泡立ちは控えめだったが、滑りがよくなり、しっかり汚れを落とせるようになった。髪にも使ってみると、少し軋む感じはあるものの、洗い上がりはすっきりしている。
「はー、さっぱりしたー」
思わず声が漏れる。
リームさんは満足そうに頷きながら、「そうか。それならよかった」と微笑んだ。
川から上がると、リームさんが用意してくれていた古着を渡された。
受け取ったのは、濃い茶色のチュニックと太めのズボン。素材は綿に近い肌触りで、意外と着心地は悪くない。腰ミノ姿もワイルドで悪くはなかったが、人間の服を着るとやはり落ち着く。
「髪も、少し伸びたな」
水を含んだ髪が頬に張り付き、前髪が視界を遮る。
「うーん、切ったほうがいいかもな」
そんなことを考えながら村へ戻ると、イテルさんが笑顔で迎えてくれた。
「よかったわね、すっきりしたでしょう?」
「うん、めちゃくちゃさっぱりしたよ」
そのまま朝食をとることになり、木のテーブルに着くと、イテルさんが用意してくれた温かいスープと固いパンが並べられた。シンプルな料理だったが、素朴で味わい深い。
「私は今日は一日、知り合いのところへ顔を出してくるから、好きにしていていいぞ」
「わかった」
リームさんがそう言うと、ふと表情を引き締めて俺を見た。
「ケイスケ、夜にまた話をしよう」
「……? うん、わかった」
なんだろうか。
少し気になったが、今は考えても仕方ない。
朝食を終えた俺は、村の広場へと足を向けた。
今日の村は活気に満ちている。どこかで木材を切る音が響き、家々の間を荷車が行き交い、人々の会話があちこちで飛び交っている。
こんなふうに、賑やかな村の喧騒を感じながら歩くのは、どこか懐かしく、心地よいものだった。
さて、ロビンのところに行ってみるか。
昨日の約束通り、魔石のことや魔法について話を聞くために、ロビンを探すことにした。
忙しそうに働く人々の間を縫うように歩きながら、俺はふと自分の変化に気づいた。
なんだろう……リームさんやイテルさんと接するとき、前よりも気負わなくなった気がする。
昨日、自分の体が若返っていると気づいてから、どこかで納得してしまったのかもしれない。彼らが俺を子供のように扱うことも、今となっては妙にしっくりくる。
言葉も、以前より自然に出ている気がした。
不思議なものだな。
自分の成り行きに軽く苦笑しながら、俺はロビンを探して村の広場を歩き続けた。
村はさほど広くはない。家々は木と石で作られており、屋根は藁で葺かれている。昨日も歩いたはずなのに、改めて見ると新しい発見がある。道端には農作業の道具が無造作に置かれ、土の匂いがどこか落ち着く。遠くでは子どもたちが遊んでいる声が聞こえ、家々の軒先では洗濯物が風に揺れていた。
そんな風景を眺めながら歩いていると、すぐに村の柵のところまでたどり着いた。木で組まれた簡素な柵だが、それでも外の獣や盗賊を防ぐには十分なのだろう。そこには門番らしき村人が立っていた。
「おっ! リームさんと一緒にいた、ケイスケだっけか?」
日焼けした顔に明るい茶色の髪を持つ青年が、俺に気さくに声をかけてくる。
「おはようございます」
「おう、おはようさん」
挨拶は大事だ。俺も自然と笑みを浮かべた。
「こんなところへどうした?」
「いえ、とくに用事はないんですが、村を見ていました」
「そうか、特に何もない村だろう?」
「いえ、長閑でいい村だと思います」
「まあ、それがうちの村の売りってやつかもな!」
門番の青年は楽しげに笑った。確かに、長閑で穏やかないい村だと思う。
ふと、彼の腰にぶら下がっている剣に目がいった。
「剣が気になるのか?」
「え……あ、いえ……」
「遠慮するな! 男なら剣は誰でも好きだろうが!」
「ははは、そうですね」
「どうだ、持ってみるか?」
「いいんですか?」
「おう、遠慮するな」
青年はそう言って腰の鉄剣を抜き、刃を下にした状態で手渡してくれた。
受け取った瞬間、ずしりとした重みが腕にのしかかる。
「わわわ……!」
思わず落としそうになったが、なんとか踏ん張る。鉄の塊を持ち上げるような感覚だ。
「ははは! 重いか?」
「ええ、とても」
剣はよく手入れされているらしく、鈍くギラリと光っていた。持ち手には革が巻かれ、握りやすくなっている。
試しに剣道の構えのように持とうとしたが、腕がプルプルする。こんなものを振り回すなんて、本当に可能なのか?
なんとか振り上げてみるものの、勢いよく振り下ろしたら地面に突き刺さってしまいそうだ。
さすがにまずいと思い、青年に剣を返した。
「ありがとうございました」
「おう、それにしてもお前さんは礼儀正しいなあ」
うーん、ちょっと子供っぽくないか? まあ、無礼な子供よりは礼儀正しい子供のほうが印象はいいだろう。
「俺はモンドってんだ、よろしくな」
「ケイスケです。よろしくお願いします」
モンドは人の好さそうな笑顔を見せた。気のいい青年といった感じだ。
「俺も、はじめは勇者アレクシスに憧れて木の棒を振り回したもんだ」
「勇者?」
勇者? ということは、もしかして魔王とかもいるのか?
「おいおいおい! 嘘だろお前!?」
モンドが驚愕の目で俺を見てくる。
「えっと……」
俺の反応を見て、モンドは何かに気づいたようだった。
「あー、そっか、お前訳ありっぽいもんな」
一人で納得するモンド。
「いいか? 勇者アレクシスってのはな――」
興味深い話が聞けそうだ、と思ったそのとき。
「あー! なんでこんなとこにいるのよ!」
少女の怒声が響き渡る。
振り返ると、腰に手を当てたロビンがこちらを睨みつけていた。
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