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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百二十八話「光魔法の授業」

 午後の授業は、魔法の授業だった。

 昼食を終え、眠気が残る時間帯だというのに、生徒たちの表情はやけに引き締まっている。

 それも当然だ。光魔法――この神学校の名を冠する授業であり、皆が最も期待していたものだろう。


 俺もその一人だ。

 心のどこかで「ようやく魔法らしい授業が始まる」と、妙にわくわくしていた。


 教室に入ってきたのは、五十歳前後と思しき初老の男性だった。

 やせぎすの体格に、背筋が異様なほどまっすぐ。

 薄い金髪をきっちりと後ろに撫でつけて、眼光は鋭く、まるで人の心を射抜くような視線を向けてくる。


「私の名はロシオリー・メズドラン。諸君らに光魔法を教授するものである」


 その声は低く、重たく、静寂を支配した。

 生徒たちの中には、思わず背筋を伸ばした者もいた。

 俺も無意識に姿勢を正していた。


「諸君らは光魔法の適性があるがゆえ、この由緒ある神学校で学ぶことを許された。云わば、神に選ばれた者だ」


 神――。


 この世界の神というのは、アペイロスのことを指すのだろうか。

 思わずそんなことを考えてしまう。

 けれど、ロシオリー先生の言葉は続いた。


「怠けることは許さん。常に精進し、鍛錬を忘れることは許さぬ。心して授業に臨むように」


 威圧的な声音。

 見た目通り、いや、それ以上に厳しい教師らしい。


 ちらりと隣の席を見ると、トルトが緊張した面持ちで頷いている。

 ティマは小さく背を丸め、机の上の指をいじっていた。

 ミルカは真剣な表情で先生を見つめている。さすが真面目だ。


「とはいえ――」


 先生が声の調子を少しだけ緩めた。


「諸君らは入口に立ったばかりなのも確かだ。鍛錬の方法すらもわからぬ雛……いや、卵である」


 卵、か。

 その比喩に、何人かが小さく笑った。だが先生の目がすぐに鋭く向くと、笑いは一瞬で消えた。


「まずは基礎。鍛錬の方法を私は諸君らに教授する。それこそが私の神命である」


 なんとも大仰な言い方だ。

 けれど、俺の胸は少し高鳴っていた。


 鍛錬の方法……か。


 今、俺の光素同期率は三十九.九%で止まっている。

 どうにも四十%の壁を越えられない。

 この授業で何か突破口を得られたら――そんな期待があった。


「さて、教授する前に。まずは各々の適性値と、使える光魔法を申告してもらおう。それから実演だ」

「えっ、実演もするんですか?」


 前の席の男子が思わず声を上げた。

 ロシオリー先生は微動だにせず言い放つ。


「申告だけでは意味がない。実演を兼ねてもらう。壇上へ上がりたまえ」


 さっそく数人が順に前へ出ていく。

 名前、適性値、そして詠唱。

 俺は黙ってそれを見ていた。


 見たところ、ほとんどの生徒の適性値は1。

 使える魔法も、せいぜい光球――フォティノだけ。


 まあ、初等科の一年目だし、そんなもんか。


 それでも、初めて見る他人の魔法実演は興味深かった。

 光球の大きさ、明るさ、安定時間――それぞれ個性が出ることを知った。


「次、トルト」


 呼ばれて、トルトが壇上に立つ。

 緊張したように肩をすくめていたが、やがて顔を上げた。


「トルトですだ。光魔法の適性値は1だって言われたですだよ。使えるのは、光球の魔法だけですだ」

「よろしい。使える魔法を」


 先生の言葉に、トルトは「んだ」と頷き、ゆっくりと詠唱を始めた。


『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを! フォティノ!』


 その訛り交じりの声が響くと、彼の掌の先にぽうっと白い光が灯った。

 小さいながらも、力強く脈打つような光。


 数秒後、トルトが息をついた瞬間、光球はふっと消えた。

 だが、その場にいた皆が感嘆の息を漏らした。


「よろしい。次」


 先生は一言だけそう言って、記録帳に何かを書きつけた。

 けれど、俺には見えた。

 彼の目が一瞬、ほんのわずかに柔らかくなったのを。


 悪くない評価、か。


「次、ヘルヴィウス・ウェルナーリス」


 壇上に上がったのは、整った顔立ちの少年――ヘルヴィウスだった。

 動きに無駄がなく、立ち姿もきれいだ。

 それだけで周囲の女子たちの視線を集めている。


「ヘルヴィウスです。適性値は2。使える魔法は同じく光球のみです」

「よろしい。使える魔法を」


 ヘルヴィウスは胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。


『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを……フォティノ』


 その詠唱はトルトよりもずっと流暢だった。

 発音もはっきりしている。

 ただ日本語で構成されている詠唱なのだが、みんながみんな外国人の発音のように発音するので、どこか不思議な響きに感じられた。


 光が生まれる。

 だが、さっきのトルトの光より少し儚い。淡く、繊細で、触れたら消えてしまいそうだ。


『さっきの大きな子は、なんだか力強い光だったけど、こっちはちょっと儚いような感じだねー』


 リラの念話が頭の中に響いた。


『お前、ちゃんと見てるんだな』

『もちろん。光の精霊だもんねー。光の波、質感、精霊の反応、全部見てるよ。ちなみに――。あそこの貴族っぽい三人は弱っちいねー』


 リラの軽い返事に、俺は思わず小さく息を漏らした。

 それはなんとなく俺にもわかるような気がした。

 確かになんというか、こうやってみんなの光球を比べてみるとよくわかる。

 ティマが不思議そうに俺を見たが、首を振って誤魔化す。


 ヘルヴィウスの光球が消えると、先生は同じように一言だけ告げた。


「よろしい。次」


 順番が進む。

 やがて、俺の名前が呼ばれた。


「ケイスケ」


 俺の番だ。


 壇上に上がると、視線が一斉に集まるのを感じた。

 胸の奥がじわりと熱くなる。

 変な失敗はできない。


 さて……適性値、どうするか。


 俺の中には一瞬の迷いがあった。

 ハンシュークで測ったときの値を言うか、それとも今の同期率から計算された値を言うか。


 けれど――。


 ここで下手に目立つのは避けたほうがいい。

 ハルガイトの件もある。

 余計な注目は避けたい。


 だから俺は、以前の値を答えることにした。


「ケイスケです。適性値は2。使える魔法は――光球と、光の幕の魔法、です」


 その瞬間、ざわめきが起きた。


「二つ!?」

「幕の魔法って、あの防御系の?」

「初等の段階で……?」


 教室がざわつき、ロシオリー先生が手を上げて静粛を促した。

 その鋭い目が俺を射抜く。


「よろしい。では――見せてもらおうか」


 その言葉に、喉がひくりと鳴った。

 壇上の前、静まり返った教室。

 見守る生徒たちの視線がいっせいに俺へ向けられる。

 こういう空気、あんまり好きじゃないんだよな。注目されると背中がむずむずする。


 俺は深く息を吸い、手のひらをゆっくりと前に出す。


『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを……フォティノ』


 きちんとした詠唱で、魔法を発動させる。


 手のひらの先に現れた光球は野球ボールほどの大きさで、まばゆい白い光を放っている。


『――うん。やっぱりケイスケの光が一番だねー』


 リラの声が頭に届く。

 その言葉に嬉しくなり、思わず小さな笑みがこぼれる。


 教室に反射した光が、天井をやわらかく照らし出していた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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