第二百二十八話「光魔法の授業」
午後の授業は、魔法の授業だった。
昼食を終え、眠気が残る時間帯だというのに、生徒たちの表情はやけに引き締まっている。
それも当然だ。光魔法――この神学校の名を冠する授業であり、皆が最も期待していたものだろう。
俺もその一人だ。
心のどこかで「ようやく魔法らしい授業が始まる」と、妙にわくわくしていた。
教室に入ってきたのは、五十歳前後と思しき初老の男性だった。
やせぎすの体格に、背筋が異様なほどまっすぐ。
薄い金髪をきっちりと後ろに撫でつけて、眼光は鋭く、まるで人の心を射抜くような視線を向けてくる。
「私の名はロシオリー・メズドラン。諸君らに光魔法を教授するものである」
その声は低く、重たく、静寂を支配した。
生徒たちの中には、思わず背筋を伸ばした者もいた。
俺も無意識に姿勢を正していた。
「諸君らは光魔法の適性があるがゆえ、この由緒ある神学校で学ぶことを許された。云わば、神に選ばれた者だ」
神――。
この世界の神というのは、アペイロスのことを指すのだろうか。
思わずそんなことを考えてしまう。
けれど、ロシオリー先生の言葉は続いた。
「怠けることは許さん。常に精進し、鍛錬を忘れることは許さぬ。心して授業に臨むように」
威圧的な声音。
見た目通り、いや、それ以上に厳しい教師らしい。
ちらりと隣の席を見ると、トルトが緊張した面持ちで頷いている。
ティマは小さく背を丸め、机の上の指をいじっていた。
ミルカは真剣な表情で先生を見つめている。さすが真面目だ。
「とはいえ――」
先生が声の調子を少しだけ緩めた。
「諸君らは入口に立ったばかりなのも確かだ。鍛錬の方法すらもわからぬ雛……いや、卵である」
卵、か。
その比喩に、何人かが小さく笑った。だが先生の目がすぐに鋭く向くと、笑いは一瞬で消えた。
「まずは基礎。鍛錬の方法を私は諸君らに教授する。それこそが私の神命である」
なんとも大仰な言い方だ。
けれど、俺の胸は少し高鳴っていた。
鍛錬の方法……か。
今、俺の光素同期率は三十九.九%で止まっている。
どうにも四十%の壁を越えられない。
この授業で何か突破口を得られたら――そんな期待があった。
「さて、教授する前に。まずは各々の適性値と、使える光魔法を申告してもらおう。それから実演だ」
「えっ、実演もするんですか?」
前の席の男子が思わず声を上げた。
ロシオリー先生は微動だにせず言い放つ。
「申告だけでは意味がない。実演を兼ねてもらう。壇上へ上がりたまえ」
さっそく数人が順に前へ出ていく。
名前、適性値、そして詠唱。
俺は黙ってそれを見ていた。
見たところ、ほとんどの生徒の適性値は1。
使える魔法も、せいぜい光球――フォティノだけ。
まあ、初等科の一年目だし、そんなもんか。
それでも、初めて見る他人の魔法実演は興味深かった。
光球の大きさ、明るさ、安定時間――それぞれ個性が出ることを知った。
「次、トルト」
呼ばれて、トルトが壇上に立つ。
緊張したように肩をすくめていたが、やがて顔を上げた。
「トルトですだ。光魔法の適性値は1だって言われたですだよ。使えるのは、光球の魔法だけですだ」
「よろしい。使える魔法を」
先生の言葉に、トルトは「んだ」と頷き、ゆっくりと詠唱を始めた。
『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを! フォティノ!』
その訛り交じりの声が響くと、彼の掌の先にぽうっと白い光が灯った。
小さいながらも、力強く脈打つような光。
数秒後、トルトが息をついた瞬間、光球はふっと消えた。
だが、その場にいた皆が感嘆の息を漏らした。
「よろしい。次」
先生は一言だけそう言って、記録帳に何かを書きつけた。
けれど、俺には見えた。
彼の目が一瞬、ほんのわずかに柔らかくなったのを。
悪くない評価、か。
「次、ヘルヴィウス・ウェルナーリス」
壇上に上がったのは、整った顔立ちの少年――ヘルヴィウスだった。
動きに無駄がなく、立ち姿もきれいだ。
それだけで周囲の女子たちの視線を集めている。
「ヘルヴィウスです。適性値は2。使える魔法は同じく光球のみです」
「よろしい。使える魔法を」
ヘルヴィウスは胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。
『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを……フォティノ』
その詠唱はトルトよりもずっと流暢だった。
発音もはっきりしている。
ただ日本語で構成されている詠唱なのだが、みんながみんな外国人の発音のように発音するので、どこか不思議な響きに感じられた。
光が生まれる。
だが、さっきのトルトの光より少し儚い。淡く、繊細で、触れたら消えてしまいそうだ。
『さっきの大きな子は、なんだか力強い光だったけど、こっちはちょっと儚いような感じだねー』
リラの念話が頭の中に響いた。
『お前、ちゃんと見てるんだな』
『もちろん。光の精霊だもんねー。光の波、質感、精霊の反応、全部見てるよ。ちなみに――。あそこの貴族っぽい三人は弱っちいねー』
リラの軽い返事に、俺は思わず小さく息を漏らした。
それはなんとなく俺にもわかるような気がした。
確かになんというか、こうやってみんなの光球を比べてみるとよくわかる。
ティマが不思議そうに俺を見たが、首を振って誤魔化す。
ヘルヴィウスの光球が消えると、先生は同じように一言だけ告げた。
「よろしい。次」
順番が進む。
やがて、俺の名前が呼ばれた。
「ケイスケ」
俺の番だ。
壇上に上がると、視線が一斉に集まるのを感じた。
胸の奥がじわりと熱くなる。
変な失敗はできない。
さて……適性値、どうするか。
俺の中には一瞬の迷いがあった。
ハンシュークで測ったときの値を言うか、それとも今の同期率から計算された値を言うか。
けれど――。
ここで下手に目立つのは避けたほうがいい。
ハルガイトの件もある。
余計な注目は避けたい。
だから俺は、以前の値を答えることにした。
「ケイスケです。適性値は2。使える魔法は――光球と、光の幕の魔法、です」
その瞬間、ざわめきが起きた。
「二つ!?」
「幕の魔法って、あの防御系の?」
「初等の段階で……?」
教室がざわつき、ロシオリー先生が手を上げて静粛を促した。
その鋭い目が俺を射抜く。
「よろしい。では――見せてもらおうか」
その言葉に、喉がひくりと鳴った。
壇上の前、静まり返った教室。
見守る生徒たちの視線がいっせいに俺へ向けられる。
こういう空気、あんまり好きじゃないんだよな。注目されると背中がむずむずする。
俺は深く息を吸い、手のひらをゆっくりと前に出す。
『輝ける精霊たちよ、集い集いて白き煌めきを……フォティノ』
きちんとした詠唱で、魔法を発動させる。
手のひらの先に現れた光球は野球ボールほどの大きさで、まばゆい白い光を放っている。
『――うん。やっぱりケイスケの光が一番だねー』
リラの声が頭に届く。
その言葉に嬉しくなり、思わず小さな笑みがこぼれる。
教室に反射した光が、天井をやわらかく照らし出していた。
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