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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百二十四話「通学中の騒動」

 支度を終えると、俺たちは寮の玄関を出た。

 王都の朝は冷たく澄んでいる。吐く息が白く、遠くの鐘楼にかかる光がぼんやりと揺れて見えた。

 寮と神学校の距離は五百メートルほど。歩けば十分もかからない。


 男子寮と女子寮の分かれ道に差し掛かると、ティマとミルカが待っていた。

 ティマは今日も白い肌が際立つ。長い白髪を肩のあたりで束ね、少し緊張したように俺たちを見つめていた。


「おはよう」

「……おはよう、ケイスケ、トルト」


 その声は小さく、けれど確かに笑っていた。昨日よりも少しだけ。

 ミルカはその隣で、眼鏡の奥の瞳を細めてこちらを見た。


「時間ぴったりね。さすが男子寮、規律正しいこと」

「ああ、待たせたか?」

「ううん……私たちも、今来たとこ、だよ……」

「なら待たせなかっただなあ。良かった良かった」

「私が言いたいのは、女子を待たせるべきではないということよ」

「あー、それはすまなかった。……でもその言い方だと、まるでデートの待ち合わせみたいに聞こえるんだが

「なっ!? 違うわよ!」

「あははは、わかってるだよ」


 トルトにつられて思わず笑いがこぼれる。こうして四人で並ぶのは、なんだか新鮮だった。


「今日から授業だなあ」

「どんな授業をするのか楽しみだわ」

「俺、ちゃんとついていけるべか……字も難しいんだよな」

「だいじょうぶだよ、トルト。わからないとこがあったら、俺が教えてやるよ」

「ほんとけ!? 助かるべ!」


 それから他愛もない会話をしながら校舎へと歩いていく。

 ただ、その穏やかさは長くは続かなかった。


「なんか、人が多い気がするな……」


 俺がつぶやくと、トルトもきょろきょろと周囲を見渡した。

 人の多さに怯えたのか、ティマがそっと俺の袖を掴んだ。


「だなあ。なんだかざわついでるべ」

「……今日から、授業、だから?」とティマが首をかしげる。

「それにしては、みんなこっちを見てない?」とミルカが小声で言った。


 確かに。通りを歩く生徒たちの視線が、微妙にこちらへ向いている。

 ざわめきの中に、ひそひそと「聖女候補」「あの子がそうなんだって」という言葉が混じる。


『んー。見てるねー』


 影の中から、リラの軽い声が響く。


『ティマちゃん、今日も目立ってるねー。白髪だし、オーラ出てるしー』

「オーラって言うな……」


 軽口を返す余裕もあったが、内心はざわついていた。

 こういう注目は、いいものじゃない。

 そして嫌な予感というものは、えてして的中する。


「ねえ君。聖女候補なんだって?」


 不意に、前方から声がかかった。

 振り向くと、金色の髪が朝の光を弾いていた。

 背が高く、整った顔立ち。青い襟のローブ――高等部の生徒だ。


 神学校では襟の色で学年が分かる。

 初等部は黄色、中等部は赤、高等部は青。

 彼は俺たちの先輩というわけだ。


 彼の背後には数人の取り巻きらしき生徒がいた。

 皆、彼の一歩後ろで控え、口を閉ざしている。

 周囲の女子生徒たちは息を呑み、ひそやかな歓声を上げていた。


 どうやら、かなり人気のある人物らしい。


「……え?」


 声をかけられたティマが声を失う。小さく身をすくめて、俺のローブの端を握った。


 それを見た瞬間、俺は自然と前に出ていた。トルトも少し遅れて俺に並ぶ。

 俺たちは無言で、ティマとその男の間に立った。


「失礼ですが、貴方は?」


 なるべく丁寧に、けれど一歩も引かないように声を出した。

 金髪の先輩は目を細め、わずかに驚いたような表情を浮かべた後、ゆるやかに笑った。


「君は?」

「俺はこの子の友達です」


 そう言うと、彼は微笑を深めた。


「名乗りもせずにすまなかったね。俺はパトリック・エギーニオ。見ての通り、高等部の生徒だよ。君たちの先輩だね」


 声に不思議な余裕があった。

 礼儀正しい口調の中にも、どこか人を見下ろすような響きがある。

 取り巻きの一人が「パトリック様、授業に遅れます」と囁いたが、彼はそれを手で制した。


「エギーニオって、あの侯爵家の……」

「聖騎士を目指してるって噂の……」


 ひそひそ声が飛び交う。なるほど、貴族の家柄か。


 パトリックは気取った様子もなく、自然体の笑顔を向けてきた。

 確かにモテるタイプだ。爽やかで、自信に満ちていて――でも、俺の中では「面倒くさそう」という印象の方が勝っていた。


「俺はケイスケ、といいます」


 軽く頭を下げると、彼は楽しげに頷いた。


「ケイスケ君か。覚えておくよ。それで、そちらの――聖女候補の子と少し話がしたいんだけど、いいかな?」


 言葉は柔らかい。でも、その眼差しはティマを射抜くように真っすぐだった。


 ティマは小さく震え、俯いて俺の背に隠れた。

 その手がぎゅっと俺のローブを握る。


 ――駄目だ、まだ怖いんだ。


「すみませんが、彼女は人見知りでして。また出直してもらえますか?」


 できるだけ柔らかい声を選んだ。挑発する気はない。ただ、ティマを守りたかった。

 パトリックは少し驚いたように瞬きをしたあと、ふっと息をついた。


「……なるほど。そういうことか」


 彼はティマを見、それから周囲を見渡す。

 そしてようやく、自分が注目を集めていることに気づいたのだろう。

 ティマが怯えている理由を悟ったようだった。


「どうやら、俺が悪かったみたいだね。うん。出直すとするよ」

「そうしてください」

「じゃあね、聖女候補の君。今度は怯えないでくれると嬉しいかな」


 そう言って、彼は軽く手を上げ、様子を見ていた取り巻きたちと共に去っていった。

 その背中は堂々としていて、やっぱり人気者らしい。


 ……でも、俺の中の違和感は消えなかった。


 貴族という身分を笠に着て威圧するタイプではなかった。

 けれど――彼のあの眼差し。観察するような、値踏みするような、そんな視線が脳裏に残った。


 胸の奥がざわつく。ティマの手がまだ、俺の袖を握っている。

 小さく震える指。

 俺はその手をそっと包み込んで、低く言った。


「大丈夫だ。何があっても、俺たちがついてる」


 ティマがこくりと頷く。

 その顔はまだ不安そうだったけれど、瞳の奥に小さな光が見えた。


『ふふふ、流石は主ですわ』

『まさに騎士って感じの対応だったよねー』


 アイレとリラの笑い声が、頭の中で小さく弾けた。

 俺は肩の力を抜き、再び歩き出す。


「行くか」

「……そうね。授業に遅れるわ」


 授業初日。


 遠くに見える聖ソフ・パンタイレス教理神学校の白い尖塔が、朝日を受けて輝いている。

 その姿は神々しいほどに美しかったが、なぜだか俺の胸には妙な緊張が残っていた。


 ――どうやら、波乱の幕開けになりそうだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

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