第二百二十一話「校内案内」
最近忙しくて、ストックが切れてきました……。
毎日更新が途絶えるかもしれません。そうなってしまったら申し訳ありません!
自己紹介が一通り終わって、ようやく教室の空気が少し柔らかくなってきた。
……とはいえ、わかったのは一つ。
このクラス、貴族が四人いる。
そのうちの一人、ヘルヴィウスを除く三人は、いかにも「自分は貴族です」と言わんばかりの雰囲気をまとっていた。仕立ての良い服に、やけに高い鼻。
年の頃はみんな十歳くらい。俺からすれば「子どもだな」と思うが、この世界では立派な少年期の入り口らしい。
彼らは自己紹介でも、やたらと家名を並べていた。
「サンフラン王国南方、どこどこの領の――」「父は男爵で――」「祖父が王国騎士団の――」
聞いているこっちはもう、途中から右から左だった。
いかにもって感じの金髪の子が一番声が大きくて、クラスの中心にいる。
自己顕示欲が強いのか、ただ目立ちたいだけなのかは知らないが、あの年齢であの堂々とした態度、ある意味すがすがしい。
十歳組は全部で七人。その半分が貴族で、残りは裕福そうな家の子どもたち。
当然、俺は庶民組。ティマもトルトも同じだ。
神法科一年の生徒は全部で十七人。
ここにいる生徒全員光魔法の適性があるということだが、これは多いのか少ないのか。
ティマは俺の隣にぴたりとくっつき、トルトは後ろを黙ってついてくる。
すでにこの配置が定位置になりそうな気配だ。
できれば、もう少し交友を広げてくれてもいいと思うんだけどな……。
自己紹介が終わると、ジェベルコーサ先生が立ち上がり、明るく言った。
「では、校内を一通り案内しようか。今日から君たちはこの神学校の生徒だ。しっかり覚えておくといい」
先生は三十代くらいの落ち着いた男性で、教師然とした雰囲気がある。
淡い灰色のローブに短く整えた髪、声も穏やかでよく通る。
生徒たちは一列になって教室を出た。
神学校の内部は、想像以上に荘厳だった。
白い石の廊下にステンドグラスの光が揺れ、壁には聖人や聖女を描いた絵画がずらりと並んでいる。
あちこちに金属の装飾や彫像もあり、まるで小さな聖堂をいくつも繋げたような造りだ。
ジェベルコーサ先生は歩きながら、熱心に説明していく。
「この絵画は、古の聖女が初めて神の声を聞いた瞬間を描いたものだ」
荘厳な絵画だった。
「この置物は、とある聖人の持ち物だったと言われている」
ウサギが数匹遊んでいるような、可愛らしい陶器でできたものだった。
「この廊下の壁の傷は、やんちゃだった頃の聖人が杖でつけたものだ」
綺麗な壁の真ん中に、なかなか盛大につけられた傷だった。
……正直、どれもピンとこない。
俺は聖人の名前も顔も知らないし、話の内容が頭に入ってこない。
それでも「ふんふん」と相づちを打ちながら、列の中をついて歩いた。
ティマは隣で黙々と歩き、時々絵や置物を見上げては目を細めている。
トルトは無口なまま俺の後ろにいて、足音がやたら大きい。しかし視線はあっちにこっちに移動して忙しそうだった。
一方、貴族の子たちはまとまって騒がしくしていた。
特に金髪の坊っちゃんが中心で、何かと大声を出しては周囲を笑わせている。
ジェベルコーサ先生が何度も注意するが、効果は薄い。
ただ、ヘルヴィウスだけはその中でも少し距離を置いていて、落ち着いた様子だった。
あいつはあいつで、何を考えているのか掴みづらい。
そうして廊下を進んでいくと、先生がふと立ち止まった。
目の前には、巨大な扉。
白い大理石に金の装飾、中央には複雑な模様が刻まれ、光を受けてわずかに輝いている。
芸術品のような彫刻が隙間なくびっしりと施されており、見上げるだけで首が痛くなるほど高い。
「おお……」
思わず声が漏れた。
隣のティマも、目を丸くして見上げている。
ジェベルコーサ先生はにやりと笑った。
「ふむ、みんな少し退屈そうだったからな。では、とっておきの話をしてあげようじゃないか」
おっと、自分でハードルを上げたぞ先生。
俺は内心でそう突っ込みながら、興味半分で耳を傾けた。
先生は扉を指さしながら言う。
「この扉は『試しの扉』と呼ばれている。扉を開くことができるのは――神に選ばれた者だけだ」
ざわっ、と空気が揺れた。
貴族の子たちも、庶民の子たちも、一斉に顔を上げる。
それは、ただの装飾ではなかったのか。
「中には、何があるんですか?」
そう質問したのは、メガネをかけた利発そうな女の子だった。
このクラスでは珍しく、貴族でも庶民でもない中間層っぽい雰囲気の子だ。
彼女の声には純粋な好奇心がこもっていた。
「いい質問だ」
先生は得意げに頷く。
「この扉の中にはだな――」
溜めた。思いきり溜めた。
生徒全員が息を飲み、視線が一斉に扉へと向かう。
「この扉の中に何があるのか――」
先生がぐっと指を立てる。
心なしか声まで低くなり、緊迫感が走った。
「――実はわからん!」
「はあっ!?」
一斉にずっこけた。
思わず俺も足を滑らせて、壁に手をつく。
ティマがびくっとして俺を見上げる。
後ろのトルトの笑いをこらえるような唸り声が聞こえた。
「なんですか、それ!」
メガネの女の子がぷりぷり怒る。
クラス全体がどっと笑いに包まれた。
ジェベルコーサ先生は両手を挙げて笑いながら言った。
「悪い悪い。でも本当にわからないんだ」
笑顔のまま、続ける。
「だがな、この扉が『試しの扉』と呼ばれているのは本当のことだ。そして中に何があるのか――それが誰にもわからないのも本当なんだ」
生徒たちは再びざわついた。
「誰も開けたことがないんですか?」
「開けようとしたらどうなるの?」
いくつかの質問が飛び、先生は肩をすくめる。
「昔、ある聖職者が開こうとしたらしい。だが扉はびくともしなかったそうだ。力づくでも、魔法でも、どうにもならなかったという。以来、この扉は『神が選ぶ者』にしか反応しないとされている。噂だけはあるんだ。中には、貴重な書が保管されているだとか、精霊が封印されているだとか、それこそ宝が眠っているとか、な」
「……噂、ですか?」
ティマが小さく呟いた。
その声に先生は少し驚いたように目を細めた。
「そうだ。噂だけが残っている。中には、貴重な書が保管されているとか、封じられた精霊が眠っているとか、宝が隠されているとか――いろいろ言われているが、真実は誰にもわからない」
先生の言葉を聞きながら、俺は扉を見上げた。
光を受けて、彫刻が一瞬だけ微かに脈打つように見えた。
……気のせいか?
リラの声が影の奥から囁いた。
『ねえケイスケ、あの扉……なんか妙な気配するよー』
『気配?』
『うん。なんていうか、光素が滞留してる感じー』
なるほど。
見た目だけの飾りじゃない。たぶん、何らかの封印か結界が張られているんだろう。
「宝!?」
「精霊がいるのか!?」
「貴重な書って、どんなだろう!」
ジェベルコーサ先生の「噂」発言をきっかけに、生徒たちの目が一斉に輝いた。
宝、精霊、書物。どれも子どもたちの好奇心をくすぐるワードだ。
俺も正直、少しわくわくしていた。
けど、その「試しの扉」というやつ、本当に開かないのか?
神に選ばれた者だけ――なんて言われても、条件が曖昧すぎる。
そもそも「神に選ばれる」って何をもってそうなるんだ? 魔力値? 信仰心? それとも運?
『んー。結構強い結界が張られてるみたいねー』
『本当に中に何かあるのかもしれませんわね』
『今度こっそり燃やしてみるか?』
『やめといたほうがいいと思いますー』
精霊たちのは好き勝手に話をしている。
念話だから他の人間には聞こえていないが、内容はかなり過激だ。
『ん。かなり硬い。燃やすより、周りが先に燃え尽きるのが早い』
『……実験する前提で話すのやめてくれ』
思わず心の中でツッコむ。
でも、確かに気になる。
こんな結界まで施してあるのなら、ただの伝説でもハッタリでもなさそうだ。
『今度、こっそり来てみようか』
俺が呟くと、リラがすぐに反応した。
『いいと思うよー! でもケイスケなら本当に開いちゃうかもねー』
『……それはそれで困るけどな』
俺たちがそんな会話をしている間にも、貴族組の子どもたちは「俺が開けてみせる!」と騒いでいた。
次々と扉に手をかけては、押して、引いて、蹴って――当然、びくともしない。
そのうち、体格のいいトルトまで呼ばれた。
「トルトくん、君なら開けられるだろ!」
「……んだ。やってみっか」
腕をまくったトルトが扉に両手を当て、ぐぐっと全力で押し込む。
筋肉が盛り上がり、木の扉がわずかに軋む音を立てたが――結果は変わらない。
「……かてぇ」
「すごいな、トルトでも開かないのか」
「当然です。神の扉ですもの」
行儀の良さそうな少女の一人が、したり顔でそう言い放った。
ああいうタイプはどこの世界にもいる。
それにしても、あの扉、何かが引っかかる。
なんとなく誘われているような、そんな感覚。
ジェベルコーサ先生が笑いながら手を叩いた。
「はいはい、扉はそれくらいにしよう。壊されでもしたら困る」
「でも先生、誰も壊せませんよ!」
「それもそうだな」
先生は肩をすくめて笑い、次の見学へと生徒たちを促した。
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