表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

217/238

第二百十七話「王都での魔獣退治」

 入学式は二週間後――。

 その間は基本的に自由。

 寮に入った以上、生活にはある程度の規律がある。だが、門限以外に特別厳しい決まりはない。

 深夜から早朝にかけて寮の門が閉まる。それだけだ。要するに、夜遊びさえしなければ問題ない。


 そんなわけで、俺はこの一週間、王都をぶらぶら歩き回っていた。

 神学校の周辺を中心に、街並みを眺め、人々の生活を観察する。


 パン屋からは焼き立ての匂いが漂い、広場では吟遊詩人が竪琴を奏でている。

 行商人が馬車を並べ、子どもたちが駆け回り、空には白い鳩の群れが旋回していた。

 王都の空気には、活気と秩序が入り混じっている。


 ハンシュークも都会だったが、ここは次元が違う。

 地方都市と東京の違い、とでも言うべきか。人の流れが絶えることがない。

 獣人の商人たちは豪快な声で客を呼び込み、貴族らしい装いの人々は通りを静かに歩いていく。

 石畳を馬車の車輪が軋ませ、時折、遠くの教会から鐘の音が響く――。


 そんな光景を見ているだけで、どこか心が落ち着いた。

 ……いや、正確には、落ち着きすぎて手持ち無沙汰になった。


 冒険者としての活動は休止中とはいえ、まったく体を動かさないのは性に合わない。

 剣を握らないと、自分の感覚が鈍っていく気がした。

 要するに――暇だったのだ。


 そんなとき、冒険者ギルドの掲示板で一枚の依頼書が目に留まった。


 『王都下水道の魔獣退治』。


 内容は、下水道に巣食った鼠型の魔獣の討伐。

 危険度は低く、鉄級でも受けられる。報酬は悪くない。軽い肩慣らしにはちょうどいい。


 依頼書を手に取って眺めていると、背後から懐かしい声が響いた。


「お、ケイスケじゃねえか」


 振り向くと、そこにはオールバックの髪をしたニトが立っていた。

 相変わらず、かなりガラの悪い不良っぽいが、どこか憎めない顔をしている。


「おお、ニト」


 ニトとは三日ほど前に再会した。

 兄貴たちが死んでしまい、天涯孤独の身となってしまったニトだが、その兄貴たちとも血が繋がっていたわけでもなく、もう完全に吹っ切れているらしい。

 まだ金は返せねえぞ、と言われたが全然構わない。

 そう伝えておいたはずなのだが、ニトは意地でも返すと言ってきかなかった。


「せっかくだから、一緒にこの依頼やらないか?」

「……鼠の魔獣かよ」

「まあまあ、報酬もいいし、軽く体慣らしにはちょうどいいって」

「下水道だぞ? あそこ臭えんだよなぁ……」


 文句を言いながらも、ニトは結局ついてきてくれた。

 口では嫌がっていても、こうして誘いに乗ってくれるあたり、やっぱり根は面倒見のいい奴だ。


 俺たちは装備を整え、昼前には下水道の入口へと向かった。

 鉄の格子がかけられた階段の下は薄暗く、どこかひんやりとしている。


「しかしよ、王都の下水道ってのはな……」


 ニトが階段を降りながら言う。


「迷宮みたいなもんなんだ。全体を把握してるやつなんて誰もいねえ。本当にダンジョンと繋がってるって噂まであるくれえだ」

「え、マジで?」

「そんなことも知らねえのかよ」

「仕方ないだろ、王都に来てまだ一週間なんだから」

「お上りだもんな、お前」


 軽口を交わしながら、二人で階段を降りていく。


 下水道の中は湿った空気が満ち、壁や天井からは冷たい水滴が落ちていた。

 俺は光の魔法で小さな光球を作り出し、通路を照らす。淡い光が壁の苔を照らし、ゆらゆらと揺れた。


「おい……それ、光の魔法か?」

「見ての通りだよ」

「マジかよ。お前、神学校に行くんだっけか? ほんと変な奴だな。将来神さんの仕事するようなやつが、俺なんかと一緒に下水道潜ってんだからよ」

「別に問題ないだろ。俺は俺のやりたいことをやってるだけだよ」


 俺がそんなことを言うと、ニトは「ほんと、変な奴だよな、お前って」と呟いた。


 進むうちに、鼻を突く悪臭が漂ってくる。

 とはいえ、俺はアイレに頼んで簡易的な空気遮断をしてもらっている。

 おかげでほとんど臭わない。


「……なんだか今日は臭くねぇな?」


 ニトが不思議そうに鼻を鳴らす。


「気のせいじゃないか?」

「いや、絶対おかしい。まあいいけどよ」


 足音が水面に反射し、低く響く。

 しばらく進んだ先――崩れかけた壁の向こうから、かすかな鳴き声が聞こえた。


 光を当てると、青白い目が三対、暗闇の中で光った。

 毛並みは汚れ、体長は犬ほどもある。

 鼠の魔獣だ。


「来るぞ!」

「任せろ!」


 ニトの武器はナイフ。

 肉体強化魔法は得意なのか、身のこなしがよく、力も強い。

 一度力比べをしたら、持続力では俺の方が上だったが、瞬発力では負けた。

 総合的には勝っているが、多分ニトは随分と尖った能力を有しているようだ。 


 ニトが前に出てナイフを構え、俺は剣を構える。


「強い光の魔法を放つから、気を付けて!」

「おう!」


 光球が弾け、通路全体が一瞬、昼のように明るくなる。

 鼠たちが怯んだ。

 その隙を逃さず、ニトが一直線に飛び込み、一匹の首元に鋭い一突き。

 刃が骨を貫く感触が響き、鼠が崩れ落ちる。


 残る二匹が暴れながら突進してきた。

 俺は光球を操り、眩い光を閃かせる。目を焼かれた鼠の動きが鈍る。

 その隙に、一匹を斬り伏せ、ニトが拳に魔力を纏わせてもう一匹を沈めた。


 ――戦闘は、ほんの数分で終わった。


 狭い通路に響いていた金属音も、今はただ滴る水音だけ。

 俺は剣を軽く振って血を払うと、足元に転がる鼠の魔獣の死骸を見下ろした。黒ずんだ毛並みの隙間から、うっすらと青光りする魔石が覗いている。

 膝をついて、それを丁寧に取り出した。


「……青い魔石、か」

「おう。下水道の魔獣のくせに、けっこう綺麗じゃねえか」


 青、ということは、水属性ということか。

 しかし血の汚れを拭ったが……どうにも飲み込む気にはなれなかった。


「今日はありがとう、ニト」

「おう。思ったより簡単だったな」


 彼は気楽に笑う。

 報酬は山分け。安い依頼ではあったが、こうして一緒に汗を流す時間は悪くなかった。

 久しぶりに、誰かと肩を並べて戦った気がする。


「じゃ、また」

「おう、またな」


 軽く拳を合わせ、俺たちはそれぞれの方向へ歩き出した。

 ニトは次の仕事に向かうという。どうやら先日受けた荷物運びの仕事が性に合っていたらしく、定期的に受けているようだった。

 あの不器用そうな性格なのに、人の役に立つことを嬉しそうに語る姿が、少しだけ印象的だった。


「またな……か」

『ふふふ、意外といいコンビになりそうだよねー』


 リラがそう茶化すが、確かにそう悪いものじゃない。

 けれど、もうすぐ神学校の入学式が始まる。授業が始まれば、今のように気軽に依頼を受けることはできなくなるだろう。


「……学校がはじまったら、どうなるんだろうな」


 ぽつりと呟いた声は、街の喧騒に溶けていった。

 ニトはきっと、これからも一人で動くのだろう。仲間を作るより、自分の足で立ち続けることを選ぶ男だ。


「何か力になれればいいんだけどな」


 そんなことを言えばきっとニトは「余計なお世話だ」と言うのだろう。

 不器用で、まっすぐな彼がこの街でどうか無事でありますように。と願わずにはいられなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ