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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百十四話「入学の誓い」

「おや? 司教、どうなさいましたか? 先ほどそちらの子の手続きは終わりましたが、忘れ物でも?」


 事務室に足を踏み入れた瞬間、柔らかいがよく通る声が響いた。

 中年の女性が立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見る。

 ゆったりとした助祭服を纏い、胸元にはアポロ神教の象徴である金の双環――二つの円が重なった徽章が光っていた。

 その一挙手一投足に、長年この職に携わってきた者の落ち着きが感じられる。


 室内は静かで、窓から差し込む光が埃を照らして舞っていた。

 机の上には書類が整然と並び、棚には分厚い帳簿や紙がぎっしり詰まっている。

 どこか聖堂の延長のような空気だ――ここにいるだけで、少し背筋が伸びる。


「いえ、忘れ物といいますか……入学手続きをもう一件お願いしたいと思いまして。お願いできますか?」


 マデレイネ様が、まるで花が咲くような笑顔で答えた。

 その声には礼儀と気品、そして相手を包み込むような温かさがある。


「もう一件……? ああ、その後ろの少年でしょうか」


 女性の視線が俺に向けられる。

 一瞬だけ、彼女の目が細くなった。

 言葉には出さないが、内心で「なぜ剣士がここに?」とでも思っているのが伝わってくるようで、俺の背中にうっすら汗が滲む。


 ……しまった。

 今さらながら、鎧に剣という完全装備のままここへ来たのは失敗だった。

 戦場へ行くような格好で神学校に来る奴なんて、どう考えても浮いてる。

 せめて鎧だけでも脱いでおけば……。


 人の第一印象は、想像以上に重い。

 その一瞬の印象で、相手の信頼も疑念も決まってしまう。

 ソフィーリア・キュステンテルが俺を「物騒」と断じたのも、まさにこの外見のせいだ。


 俺は苦い息を吐き、咳払いして懐から封筒を取り出した。


「……これを」


 それはミネラ村のイネハギート・デルネブラ司祭から預かった推薦状だ。

 これだけは絶対に失くせないと、何度も確認してきた。


 女性職員は封を丁寧に切り、指先で紙の端を滑らせながら目を走らせた。

 小さく頷き、次にマデレイネ様へと視線を向ける。


「……確認いたしました。司教もまた、こちらの少年の適性に、疑問はないということですか?」

「ええ。アポロ神に誓って、こちらのケイスケ君の適性に問題はありません」


 マデレイネ様の声は、穏やかでありながら一分の迷いもない。

 俺の心臓が、どくりと跳ねた。こうも自信を持って言い切られると、逆に不安になる。

 実際、光魔法は使えるものの、このアポロ神教の教えについて少し齧った程度で、俺には信仰なんてものはないのだ。


「なるほど、承知しました。では、入学手続きを進めましょう。こちらの機械に手を置いてくださいね。適性を測りますので」

「……え?」


 俺の視線の先には、机の端に置かれた水晶玉のような装置。

 半透明の球体が金属製の台座に固定され、そこから細いコードが伸びて女性の手元の魔導板につながっている。

 木製の枠は古びているが、水晶の内側では微かな光が渦を巻いており、ただの飾りではないことは一目でわかる。


 ――嫌な予感しかしない。


 ハンシュークで測った時の適性値は「2」だった。

 だが今の俺は、光素の同期率が三九・九%。どう考えても3に跳ね上がっているはずだ。


 魔法の適性が後天的に変化するなんて、普通にありえるのか?

 もし珍しい現象なら、マデレイネ様やティマに怪しまれるかもしれない。

 下手をすると「不自然だ」と調査される可能性だってある。


『ねえケイスケ、考えすぎじゃないー? 適性値が上がるなんてきっと珍しくないよー』


 影の中からリラが軽い調子で囁く。


『確証なさすぎだろ……俺が珍種認定されたらどうすんだよ』

『うーん、でも「珍しい」って褒め言葉だと思うけどなー』

『お前は気楽でいいよな……』


 心の中で軽口を交わしても、緊張は消えない。


「どうしました? そこに手を置きなさい」


 女性職員の穏やかな声に、思考が現実へ引き戻された。

 逃げ場はない。


 俺は深呼吸して、恐る恐る水晶の上に手を置いた。

 指先が触れた瞬間、ひやりとした感触が伝わる。まるで光が血の中を逆流していくような、奇妙な感覚。


 水晶の中に、淡い光の粒が生まれた。

 それはやがてひとつの輪を描き、中心に向かって収束していく。

 ほんの一瞬――白い閃光が弾けた。


 次の瞬間、光は静かに消える。


 俺は息を呑み、女性の反応を待った。

 彼女は無表情のまま、魔導板を確認する。指先が数度、軽く動く。


 ……頼む、普通であってくれ。


「適性は確かにありますね。入学資格は十分です」

「え?」


 思わず声が漏れた。

 女性職員は平然とした様子で言い、引き出しから数枚の書類を取り出す。


「こちらを記入してください。お名前と生まれた場所、それと誓約の署名を」


 ――セーフ。


 胸の奥で力が抜ける。どうやらこの装置、詳細な数値までは測らないらしい。

 「適性の有無」だけを確認する簡易版だろう。


 助かった……マジで助かった。


「読めますか? 読めなければ代読しますが」

「あ、大丈夫です」


 紙を受け取り、目を通す。

 そこにはびっしりと細かな文字が並び、学生としての誓約と規律が記されていた。

 ――「神を欺かず」「信仰を怠らず」「己が力を誇らず」……。

 最後の一文に目が止まる。


『アポロ神に誓い、私はこの誓約を守る』


 俺はペンを取り、迷わず名前を書いた。

 もし信仰を試される場面があるなら、偽りでも躊躇うわけにはいかない。


「願書は受理しました。ようこそ、聖ソフ・パンタイレス教理神学校へ。貴方の入学を歓迎します。ともに神の御名を高めましょう」


 その瞬間、胸の奥で張りつめていた緊張がふっと解けた。

 肩から力が抜け、深く息を吐く。


 俺はついに――正式に、この神学校の一員になったのだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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