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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百八話「兄貴の影」

 事件の余韻で心臓がばくばくとうるさい。

 ベッドに横になったはいいが、眠気なんてどこかに吹き飛んでしまっている。

 同じ部屋のニトも、壁に背を預けたまま腕を組んでいた。目を閉じているけど、どうにも寝入っているようには見えない。


「あのさ」


 俺が声をかけると、彼のまぶたがすっと上がった。


「なんだよ」

「……いや、寝れそうにないなって」


 俺が苦笑すると、ニトは鼻で笑った。


「当たり前だ。泥棒に荷物漁られた後にぐっすり眠れる奴なんていねえよ」

「まあ、ですよね」


 微妙な間が流れる。

 俺は何か話題を探していると、ニトが口を開いた。


「なんで、お前みたいな行儀のいいガキが、こんな宿に泊まってんだよ?」


 なんとなく咎められているのがわかる口調だ。


「行儀がいい……かな? 俺が?」

「お前なぁ……。子どもっぽい顔してるくせに、妙に言葉が丁寧なんだよ。気持ちわりぃ」

「マジか……」


 ぐさっときた。けど確かに、今のしゃべり方は自分でも定まってない気がして気持ち悪い。


「ま、いいや。それで? 答えろよ」

「普通に、門に入れなかったから。仕方なく?」


 俺がそう正直に答えると、ニトは眉をひそめた。


「……お前、金は持ってるか?」


 うっ、と身構える。ここにきてカツアゲか?

 俺が警戒して体を固くすると、ニトは慌てて手を振った。


「ちげえ! お前みてえなガキにたかる気はねえ! もっといい宿、教えてやるってんだよ」


 ……ああ、なるほど。

 思わず苦笑がこぼれる。どうやら心配してくれてるらしい。

 意外と世話焼きだな、こいつ。


「ありがとう。じゃあ今度、案内してくれるか?」

「おう、任せとけ」


 そんなやり取りから、自然と互いの身の上話になった。


 俺は記憶を失っていることを、それとなく伝える。

 ……もちろん、日本から来たとか、そういう真実は伏せている。

 ただ「気がついたらあてもなく放浪してて、気づいたら冒険者になっていた」くらいの説明だ。


「冒険者、か」


 ニトが目を細める。


「俺もだ。鉄級だ」

「あ、同じだ」

「お前もかよ」


 意外な共通点に笑い合う。

 そしてニトは、自分の境遇を語ってくれた。


 彼は「兄貴たち」と呼ぶ五人組の冒険者と一緒に暮らしているらしい。冒険者ギルドを通さない、いかにも怪しい仕事ばかりしている連中だそうだ。今も大きな仕事とやらに出かけていて、ニトは下っ端だから留守番。


「……俺はずっと雑用だ。荷物持ちとか、掃除とか、買い出しとかよ」


 吐き捨てるような口調。


「いい仕事ってやつも、どうせロクなもんじゃねえ。なのに俺だけ外されて、宿で留守番だぞ? バカにしやがって」


 悔しさをにじませる声だった。

 だけど俺には、その「兄貴たち」が信用ならないのがすぐに分かる。


『絶対、ろくでもない連中ですねー』とシュネが呟く。

『そんな輩とつるんでいたら、この子も潰れてしまいますわ』とアイレ。


「でも、何か危険な仕事で、巻き込まない為とか……ないか」


 俺も同感ではあったが、その兄貴たちを弁護しようとしたが、やっぱり駄目だった。

 一通り話したあと、ニトは俺をじろっと見てきた。


「なあケイスケ。やっぱお前のしゃべり方、気持ち悪ぃわ」

「……」


 ちょっとショックだ。

 けど、まあ郷に入っては郷に従えだ。


「じゃあ、できるだけタメ口で話すようにするよ」

「それでいい」


 にやっと笑ったニトの顔は、思った以上に子どもっぽかった。

 年上なのに、ちょっと弟っぽい。


 そんなこんなでようやく緊張がほどけて、眠気がやってきた。

 おおきなあくびをひとつ。


「じゃあ、さっさと寝るぞ」

「ああ」


 互いに背中を向けて横になる。

 部屋は静かで、さっきまでの騒動が嘘みたいだった。


 朝。


 支度を整え、出発しようとしたときだった。

 宿屋の主人が階段を駆け上がってきて、部屋の扉をどんどん叩いた。


「ニト! お前に知らせだ!」


 扉を開けると、主人の顔色はひどく険しい。


「お前がつるんでたあいつらだがな、捕まったぞ……!」

「は?」


 ニトの顔が凍りつく。

 話を聞くと、その「兄貴たち」はよりにもよって貴族を襲ったらしい。結果は返り討ち。しかも、即刻処刑されたという。


 ――ん?

 どこかで聞いた話だ。

 ヘルヴィウスを襲った連中……もしかして?


 ならば、俺はニトの兄貴たちを手にかけたことになる。

 一気に全身の血が冷えたような感覚に陥る。見るからに落ちぶれたような連中だった。

 違うと思いたいが、あんな事件、そうそうあるとも思えない。ニトとは違う理由で、俺も呆然となる。


 さらに追い打ちをかけるように、主人が言った。


「ニト、お前が兄貴どもの冒険者証を預かってんだろう? なら、五人分の宿代も払ってもらうぜ。ツケもある。耳そろえて払いな」

「はぁ!? んなもん、ねえよ!」

「だったら、いますぐ出てけ!」


 怒鳴り合いが取っ組み合いに発展した。

 しかし主人は元冒険者とのこと。慣れた動きでニトを抑え込み、あっさりと外へ叩き出した。


「ぐっ……」


 石畳に転がったニトは、しばらく動けずにいた。

 俺は慌てて駆け寄る。


「ニト……」

「……わりぃ、案内はできねえ」


 絞り出すように言う声。


「わかってるよ。……行くあてはあるのか?」

「んなもん、もとからねえよ」


 力なく笑うニトの姿は、夜に見せていた生意気さとは別人のようだった。

 その日暮らしで、兄貴たちの雑用をして、小銭で生き延びてきただけ。頼りにしていた存在を一瞬で失った青年は、石の上でただ茫然と座り込んでいた。


 俺は碌な思い出がない宿を背中に、そんなニトに話しかける。


「とりあえず、なんだけど、冒険者ギルドに行かないか? 案内してくれよ」


 通りの端で荷物を整えていたときに俺が切り出すと、ニトは肩をすくめてうなずいた。


「……だな。ここでうだってても、なんもならねえか……」


 思ったより素直な返事が返ってきた。昨日までの彼の荒っぽい態度を思えば、少し拍子抜けする。けれど、逆にそれが本心なんだろうと感じた。


 陽が昇り、城門が開く。

 行列に並んで冒険者証を門番に見せ、俺たちも王都の中へと足を踏み入れる。


「ここから先が王都なのか……」

「ハッ、お上りかよ」

「まあ、そうだなあ。今まで訪れたどこよりもデカい街で、目移りしちゃうよ」


 自然と声が漏れたが、門の中と外で劇的に何かが変わったわけではない。外街と同じような石畳、行き交う人々、屋台の喧噪。

 だけどすぐ外とこの場所では、それほど違いは感じられない。


「まあここらは外街と変わらねえよ。変わるのは、もう一個中だ」


 ニトが顎でさらに奥を指した。


「ほー」

「しっかりついてこいよ。すぐにはぐれちまうぞ」

「あいよ」


 外壁と内壁、その差が王都の格差を形作っているというわけか。俺がまだ想像できない「内側」の空気に、少しだけ胸がざわついた。

 ニトは、落ち込んでいても仕方ねえとばかりに、さっさと歩を進めていく。立ち直りが早いというより、そうするしかないのだろう。


「周りで誰かがくたばるなんざ、当たり前のことだ」


 彼は淡々と語る。

 それは、彼の幼少からの常識らしい。食べ物が足りなくて店から盗む。盗めれば生きられる。失敗すれば飢えて死ぬ。捕まって折檻を受け、運が悪ければそのまま死ぬ。


「……マジか」思わず呟いた。


 彼にとって生き残るのは特別なことじゃない。ただの結果。

 クソみたいな孤児院を抜け出し、兄貴分に拾われて冒険者として登録。だがその兄貴分も事件に巻き込まれて捕まった。死んだ。


「それだけの関係だ」ニトは吐き捨てるように言う。


 けれど俺には、投げやりというより、彼が当たり前と受け止めている冷たさの方が強く感じられた。


『……ドライ、ってやつだねー』


 リラの声が影の奥から響く。

 俺は心の中でうなずいた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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