第二百二話「王都の威容」
翌朝。
俺は冒険者ギルドに顔を出した。
本当は、ダッジやバンゴたちの姿を探していたのだが、姿はない。
「そういえば、ビサワのほうにいるんだっけ」
相変わらずの、巨大な岩そのもののような、建物といっていいのかわからない冒険者ギルド。
俺は念のため外套を被り、顔を隠してカウンターへと向かう。
怪しいことこの上ないだろうが、受付のステラさんが笑顔は迎えてくれた。
名乗るとすぐにステラさんは俺のことを認めてくれた。
冒険者にも様々な事情をもつ人がいる。顔を隠していることに突っ込まないのは、流石プロだ。
「おかえりなさい。ケイスケ君。久しぶりですね」
「ただいま戻りました。あの……リームさん護衛の報酬、受け取りに来ました」
依頼は、ビサワ行きの護衛。途中でとんでもない事件に巻き込まれたから、失敗扱いになってるかと心配していた。
だが、ステラさんの返事は意外だった。
「大丈夫ですよ。リームさんが気を利かせて、ちゃんと完了報告してくれてますから」
「……本当にありがたいです」
普通なら失敗で報酬ゼロ、下手したら罰点扱いになってもおかしくなかった。
リームさんには、感謝してもしきれない。
「それとね、クェルさんの方からも連絡があったんです。しばらくは冒険活動を休止って。だからケイスケ君のほうも休んでても問題なしですよ。今回の長期休暇もお咎めなしです」
「助かります」
さすがクェル。抜かりない。
ふと、俺は思い出して尋ねた。
「そういえば……ダッジたち三人は、やっぱりビサワのほうへ?」
ステラさんは「ああ、そうそう」と思い出したように指を鳴らす。
「そうですねあの人たちなら、ビサワに拠点を移すって言ってましたよ。だいたい三か月くらい前だと思います」
「なるほど……ありがとうございました」
あの三人らしい。あっちの方を気に入っていたし、本当に拠点を移したのか。
なんだかんだ憎めない奴らだったから、顔を見れなくて少し寂しくもある。
そこで、ふと思いついて尋ねる。
「これから王都に向かうんですが、王都行きの荷物の運搬依頼とかって、何かありますか?」
「王都へのですか……」
ステラさんは少し考え込むと、すぐに「あっ」と声を上げた。
「ありますよ。ちょうど王都行きで急ぎの荷物があるんです。受けてもらえると助かるんですが」
「ぜひ」
迷わず即答する俺。
王都へはどうせ行くんだ。なら少しでも役に立ちたい。
ステラさんは小さな小包を持ってきた。両腕で抱えられる程度のサイズ。
「これを王都の魔法教会に届けてほしいんです。依頼達成の報告は王都の冒険者ギルドに札を提出してください。報酬はそこで受け取れますから」
「わかりました」
受け取った小包は意外と軽い。だが、妙に厳重に梱包されている。
中身は……聞かない方がいいだろう。
「あとね、ケイスケ君。もししばらく王都に滞在するなら、冒険者ギルドに転属届を出しておいてくださいね」
「転属届……あ、はい」
転属届は必須ではない。けれど出しておけば、トラブルがあった時に「どこの誰だ?」と疑われにくくなる。
忘れずに手続きしておいた方が良さそうだ。
ステラさんに礼を言い、小包を抱えてギルドを出た。
外に出た瞬間、影からリラの声が響いた。
『どーするの? もう王都に向かうー?』
『うーん……そうだな。なんだか皆に急かされてるし、準備して午後には出るかな』
リラは「ふふん」と笑う。
『旅立ちの準備ってやつね。なんだか冒険者っぽいじゃん?』
そこにアイレの落ち着いた声も重なる。
『なんだか、忙しいですわね』
『ほんとになー』
カエリまで呟いて、俺は思わず苦笑した。
ダンジョンを脱出してからというもの、次から次へと予定が詰まっている気がする。
でも、不思議と嫌ではない。
「さて……じゃあ、腹ごしらえしてから準備するか」
王都への旅路が、また新しい一歩になりそうだ。
リームさんに王都へ出発することを告げると、彼は少し驚いたように目を丸くした。だがすぐに、相好を崩して店の奥から包みをいくつも持ってきてくれる。
「旅の間の食料だ。保存が利くものばかりだから、役立つはずだぞ」
「ありがとうございます。助かります」
正直なところ、王都までなら大した距離じゃない。レガスに乗れば数時間の旅で終わるだろう。だがそれをわざわざ言えば、また余計に驚かせるに決まっている。だから俺は何も言わず、ただありがたく受け取ることにした。
「たまには顔を出してくれよ?」
「勉強、頑張るのよ」
イテルさんも笑顔でそう言ってくれる。ケイムを抱くその姿は、すっかり母の顔だ。
「ケイム、またなー」
ケイムの柔らかい髪の毛を優しくなでる。するとふにゃっと笑ったような顔をした。
胸の奥が温かくなる。俺は深く頭を下げ、領都ハンシュークをあとにした。
街道に出てしばらく歩き、道を外れて森の中へ。
人目につかないようにレガスを呼び出すと、いつものようにドン、と地面が揺れた。
巨体が現れた瞬間、周囲の鳥たちが一斉に飛び立つ。
『ケイスケ、コッチノホウデイイカ?』
「うん、だけどちょっと試したいことがあるんだ。反対方向に飛んでみてもらえる?」
『ワカッタ!』
レガスが大きく翼を広げ、力強く羽ばたいた。俺は鞍にしがみつきながら声を張る。
「とにかく限界まで高く飛んでみてくれ!」
『ワカッタァ! アガルゾォォ!』
レガスの巨体がぐんぐんと空を駆け上がっていく。
雲を突き抜けた瞬間、目に飛び込んできたのは一面の青空と広大な雲海だった。
「おお……雲の上だ……」
地上の景色は、白い海の切れ間からほんの少しだけ覗いている。
浮遊感と共に、なんとも言えない感動が押し寄せてきた。
『コレヨリウエ、クルシイ!』
レガスの声に俺は頷く。
「雲の高さは大体二キロから七キロくらいっていうから……。今は五キロ前後か?」
ふと気づき、スマホを取り出した。マップアプリを開くと、現在位置がしっかりと表示されている。しかも高度まで。
「おお……。流石チートスマホ。今は四千百メートルだな」
画面には俺が通ってきた道程が線となって刻まれていた。南側――つまりビサワ方面には広がっているが、北側は空白。どうやら自分の行動範囲がそのまま地図化される仕組みらしい。
「レガス、高度を上げられない理由は?」
『クウキ、ウスイ! イキデキナイ!』
「やっぱりか。アイレ、レガスに空気を送れるか?」
『承知しましたわ』
レガスの周囲を風が渦巻き、薄い空気が満たされていく。
再び翼を広げて上昇――六千五百メートルに達したところで、ついにギブアップ宣言。
『コレイジョウ、ムリィ! サムイ! ハナ、ツメタイ!』
「了解、無理させて悪かった。無理はさせられないな」
次は速度の試験だ。高度を二千メートル前後に落とし、王都の方向へ進路を取る。
「さあ、思いきり飛ばしてみてくれ!」
『オウ! トツゲキィィィィ!』
風を裂く音が轟く。
アイレが加速の補助に回ると、レガスは信じられない勢いで加速していった。
「速っ!? ちょ、早すぎ! あれ、視界が流れ――うわっ!」
『ハハハ! オレ、ハヤイ! オレ、スゴイ!』
『調子に乗らないで。ケイスケ様が吹っ飛びますわ!』
『ア、アブナイ! オチル!』
「落とすなよ!? 絶対落とすなよ!?」
レガスが風を裂く。アイレが補助に回った結果、驚異の時速四百キロを記録した。
「マジか……! 新幹線並みじゃないか!」
スマホの数値を見て思わず声が漏れる。アイレがいなければ時速二百キロが限界らしい。それでも十分速いのに。
風を切る音が耳を打ち、視界の景色があっという間に流れ去っていく。
『シンカンセン? ダレダ? オレノホウガハヤイ!』
「乗り物だ! お前よりは静かだけどな!」
『ウソダ! オレ、サイコウ!』
『……音がうるさいだけですわね』
『ウッ! ク、クヤシイ……!』
やがて、遠くに巨大な街並みが見えてきた。
「……あれが、王都か」
地平線の向こうに、巨大な城壁と尖塔がいくつも突き立っている。
そして町はかなり広大だ。遠目にも分かる、放射状に伸びた大通り。それを中心にきれいに区画された建物群が、幾重にも同心円を描いている。
ハンシュークの街が領都として立派に見えていたのに、それがまるで子どもの積み木に見えるくらい、王都は圧倒的に広い。道は碁盤の目のように整備され、石造りの屋根が夕陽に照らされて金色に輝いていた。
広場らしき空間には、人や馬車の動きが豆粒のように見える。遠くには高くそびえる塔や城壁も確認できた。王城だろうか。陽光を浴びて白く輝くその姿は、空から見下ろすとまるで物語の中の宮殿のようだった。
『オオキナ、ニンゲンノ、マチ……!』
レガスも興奮気味に声をあげる。
よく見ると街道にも、絶え間なく人や荷車が行き交っている。郊外にも建物が点在していて、王都の活気が街の外にまで溢れ出しているのが分かった。
『主、あの街の上空に、別の飛竜に乗った騎士のような人間がいます。見つかる前に降りてしまった方がいいかと』
「王都には、飛竜に乗った騎士がいるのか……?」
流石王都といったところか。
俺はアイレの助言に従い、さらに十キロほど離れた森へと降り立ち、そこから徒歩で街道へ出ることにする。
「日が沈む前には王都に入れそうだな」
木々の間から差し込む夕暮れの光が黄金色に輝いている。走る必要もなく、俺はのんびりと街道を歩き始めた。背中にはレガスとの空の旅の余韻、胸には新しい街への期待。――そんな気分で、俺は王都を目指した。
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