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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百一話「神学校、まさかのタイムリミット」

 夕飯まではまだ少し時間がある。

 リームさんが「一緒に食べよう」と言ってくれたので、その前に片づけておきたい用事を済ませることにした。


 向かった先は教会だ。


 扉を押し開けると、すぐに人影が見えた。

 助祭のヘズンさんだ。


「お、久しぶりだね、ケイスケ君!」


 いきなり満面の笑顔で手を振ってくる。

 相変わらず、明るさが目にしみる青年である。


「ビサワはどうだった? いやぁ、冒険者としてあっちに行くなんて、やっぱりすごいよね。あれ? 髪の毛の色とか、そんな感じだったっけ?」

「お久しぶりです。まあ、ちょっといろいろありまして」

「いろいろ? あー、なるほど、人生ってそういうもんだよねぇ。……でも似合ってるよ! むしろ前よりカッコいいかも!」

「ありがとうございます」


 のんきな調子に、思わず肩の力が抜ける。

 ……まあ、のんきと言うよりは、気取らない性格なんだろう。


「で、今日はどうしたの? 懺悔? 結婚? 寄付? それとも――」

「いや、そこまで重くないです。ちょっと確認がありまして」


 冗談を軽く流して、教会の中を見渡す。

 目当ての姿は――ない。


「あの……ティマはいますか?」

「ティマ? ああ、いないよ」

「マデレイネ様も?」

「うん、いないね」


 ふむ、二人とも不在か。


「何か聞きたいことでもあるのかい?」


 ヘズンさんが軽く首を傾げた。


「えっと……神学校への入学手続きって、もう始まってます?」

「…………え?」


 一瞬ぽかんとしたあと、彼の顔色が見る見る変わった。


「えっ!? あっ!? そうだよね!? なんでまだこんなところにいるのさ、ケイスケ君は!?」


 急に慌てだすヘズンさん。肩をわたわた揺らして、大げさなくらいだ。


「ティマがいないのはね、ちょうどその入学手続きのためなんだよ! マデレイネ司教と一緒に王都に行ってる!」

「え、司教様自ら?」

「そう! 普通はあり得ないんだよ!? でもティマは光の精霊と契約した聖女候補だから、特別にね!」


 なるほど。そういう事情か。


「で、手続きはいつから?」

「来週から一週間の期間内だよ! それを逃したら、基本的には入学できないんだから!」

「来週か」

「来週か、じゃないよ!? 来週“から”だよ!? しかも王都まで馬車で二週間だよ!? どうやって行くつもり!?」


 うーん……と俺は天井を見上げる。

 こうして冷静に考えると、たしかに間に合わない。だが俺には焦る理由がない。


「……まあ、なんとかなるんじゃないですか」

「なんとかって! なんとかの中身がゼロじゃないか!? もう夕方だよ!? 定期便だって今の時間から出てないんじゃないかな!? っていうか、もし出てても遅いよ!? えぇ……どうするのさ!」


 頭を抱えて歩き回るヘズンさん。完全にパニックだ。


 俺は内心で笑いながらも、口には出さない。

 だって、レガスがいるんだもの。


 飛竜――レガスの背に乗れば、王都までなんてあっという間。

 馬車で二週間かかる距離でも、空を飛べば半日もかからないだろう。


 馬車は一日で50キロほど進む。距離にして600キロくらい。

 レガスの通常飛行速度は時速120キロ。アイレに補助を頼めば、もっと速くなるはずだ。


「レガスとなら、半日で着けるかな」


 思わず口の中でつぶやいたら、影の中のリラがクスクス笑った。


『なにそれ、余裕すぎ。人間が聞いたら腰抜かすよー』

『だろうなー』


 俺は肩をすくめる。


 しかしヘズンさんは当然そんなこと知らない。

 そのかわり、彼は俺の両肩を掴み、ほぼ叫んでいた。


「と、とにかく早く王都に行かないと! ティマだって、君がちゃんと入学するか心配してたんだから!」

「そうですか」

「そうですか、じゃないってば! ああもう、これあげるから! 少しでも役に立つはずだ!」


 そう言って押し付けられたのは、分厚い参考書の束だった。

 どうやら彼が神学校にいた頃に使ったものらしい。


「ちょっと古いけど、内容は基本的なものだから役に立つよ!」

「いや、そんな貴重な――」

「いいから! 僕もう使わないし! 積んでおくよりケイスケ君が使ってくれたほうが本も喜ぶ!」


 本が喜ぶかは知らないけど、熱意だけはすごい。


「ありがとうございます。……では、すぐに出発の準備を」

「うんうん、そうして! あ、でも暗くなったら危ないから! 明け方出発でもいいかも!」

「大丈夫です。飛竜がいれば、明日でも多分問題ないので」

「え? 飛竜?」

「あ、いえ、なんでも」


 うっかり口が滑った。

 幸い誤魔化せたようだが、うっかり「飛竜で行きます」なんて言ったら、三日三晩説教と質問攻めだろう。


「じゃあ、ほんとに気をつけてね! 怪我しないように! 王都で困ったら教会に行くんだよ!」

「わかりました」

「あと! 寝坊禁止! 絶対!」

「努力します」


 まるで親に叱られる子どものような気分になる。

 俺が旅支度なんていつでもできることを知らないから、余計に心配なのだろう。


 ありがたいことだ。

 心配してくれているのは間違いないし、その気持ちはちゃんと受け取っておくべきだ。


「わかりました。すぐに準備して出発します」

「ほんと!? よかったぁ……。じゃ、じゃあ僕も祈ってるから! 気をつけて!」


 最後まで見送るように、手を振ってくるヘズンさん。

 その心配そうな顔を背に、俺は教会の階段を降りながら、ヘズンさんの押し付けてくれた分厚い教本を軽く抱え直した。


 リラが影の中でくつろいだ声を響かせる。


『ねえ、あの人ほんと慌てすぎ。ケイスケが慌てなさすぎなのかもだけどー』

『でも、いい人間そうですわ』

『まあ、そうかもな。でも……ありがたいよ』


 心配してくれる人がいる。

 それは、俺にとって間違いなく幸せなことだ。


 リームさんの店に戻ると、すでに夕食の準備が整っていた。

 木製の看板には、くっきりとした文字で『ケイム食料雑貨店』と彫られている。


「お店の名前、やっぱり息子さんの名前から取ったんですね」


 そう声を掛けると、リームさんは嬉しそうに笑った。


「そうだ。いずれは、この子に継いでもらいたいからな」


 まだベビーベッドの中で眠っているケイムを見ながら言うその顔は、商人の顔ではなく、ただの父親の顔だった。


「まあ、この子が継ぎたいと言ったら、だがな」

「きっと、継いでくれますよ」


 俺はそう返す。

 この世界では、職業の自由なんてほとんどない。親の仕事をそのまま引き継ぐのが普通で、それが安定した暮らしを保証してくれる。

 ましてや雑貨店なんて、食料を扱えるだけでも十分に恵まれているほうだ。


 わざわざ危険な冒険者なんかにならなくても、きっとケイムは幸せに暮らせるだろう。

 俺のように、剣を振り回したり、魔物に襲われたりする必要はないわけだ。


 リラが影の中からクスクス笑った。


『ケイムくんが大きくなったら、案外「冒険者になりたい!」って言い出すかもよー?』

『いやいや……そうなったら全力で止めるぞ』

『ふふっ、主が止めても、子供って案外聞かないものですわよ』


 アイレまでからかってくる。


 ……まあ、未来のことを今から心配しても仕方ない。


 その晩は穏やかな夜で、久々に心から落ち着ける食卓だった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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