第百九十一話「クェルのステータス」
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けれど、クェルは肩をすくめただけだった。
「体液? なんだ、ちょっとじゃあ、やってみようよ!」
「……えっ!?」
まさかの即答。しかもノリが軽い。
俺の声は裏返り、見事に夜の静寂に反響した。
「ん? どしたの?」
きょとんとした顔で俺を見るクェル。
彼女の目はまるで「なにかおかしい?」とでも言いたげで、俺の方が完全に狼狽える番だった。
「いや、その……クェルは、嫌じゃないのか?」
「んー……まあちょっと気にはなるけど、ケイスケのだったら、別に気にならないかな?」
「……マジで?」
おいおい、そんなあっさり言う?
なんだこの羞恥心ゼロの天然生命体は。
俺の方が顔真っ赤で挙動不審だというのに、本人は風に髪をなびかせて涼しい顔をしている。
「じゃあ、さっさと試してみようよ」
「えぇっ!?」
何をどうしたら、そんな前のめりな姿勢を取れるんだ。
俺がもじもじしてるのが馬鹿みたいじゃないか。
「どしたの? ほら、早く」
そう言って、クェルは腰から短剣を引き抜いた。
狩りにも使う鋭い刃――解体用の本気仕様だ。
「……え?」
「ほら、早く?」
手渡されて、俺は首を傾げた。
「これは?」
「え? だって、これで指とか手を切ったほうが早いでしょ?」
「……ん?」
指とか手を……切る?
……いや、待て、話が全然繋がらないぞ。
クェルは当然のように続ける。
「血、飲めばいいんでしょ?」
「ち……」
血。
体液=血。
――あっ。
俺の頭の中で、見事に一本の線が繋がった。
「ああっ!?」
「わっ!? どしたの?」
クェルが驚いて目を丸くする。
やばい、動揺が顔に出すぎた!
「そ、そうだな! ちょっと待って、すぐに手を切るから!」
「え、うん……?」
なんか変な間があったけど、勢いで言ってしまった。
そしてその勢いのまま、スッと自分の掌を斬っていた。
「いってぇ……!」
想像以上に深く切れてしまい、血がだらだらと流れ落ちる。
森の夜風が生温く当たり、傷口がじんじんと痛んだ。
「ケイスケっ、大丈夫?」
クェルが心配そうに覗き込む。
けれど、次の瞬間――ためらいもなく、俺の手を掴んだ。
「ちょ、クェ――」
止める間もなく、彼女は俺の掌に顔を寄せ、口をつけた。
温かい舌が傷口をなぞり、血を啜る感触が伝わる。
……いや、これ、あかん。
心臓が跳ねすぎて死ぬ。
なんでこういうときだけ、やたら真剣なんだよ……!
「ん……ふぅ。……で? どう?」
クェルはケロッとした顔で見上げてくる。
唇の端に、うっすら赤が残っている。
なんかもう、色々な意味で心臓に悪い。
俺は視線を逸らしながら、スマホを開いた。
――そして、画面を見て息を呑む。
クェルの名前がある……。
俺は迷わず登録することに。
するとそこには、新しい項目が追加されていた。
【ステータス】
・名前:クェル
・年齢:25
・性別:女性
・状態:良好
・視覚:100%
・聴覚:100%
・味覚:100%
・触覚:112%
・知覚:97%
・精神:78%
・免疫:98%
・存在:100%
・魔力:87%
【スキル】
・身体操作(LV2)
・魔素との同期:12%
・火素との同期:2%
・風素との同期:2%
「……本当に、できた……」
「おー! やったじゃん!」
クェルは無邪気に喜び、俺の手をぎゅっと握る。
その笑顔に毒気を抜かれつつも、俺はまだ胸の鼓動が収まらなかった。
……心臓、もうちょっとで爆発するかと思った……。
それでも、結果は上々。
クェルがこの世界でどんな可能性を秘めているのか、少しだけ見えた気がした。
ステータスを改めて確認する。
彼女の魔法適性は、風素と火素の二つだけ。
表示されていないということは、他の属性は完全にゼロなのだろう。
同期率はどちらも二%。
決して高くはない。これでは属性魔法を使うことはできないはずだ。
「クェル、風と火、どっちの魔法を使いたい?」
俺がそう聞くと、クェルはすぐに目を輝かせた。
「んー! どっちも! 風なら天瞬の技を使えるし、火ならカエリの力を借りなくても自力で空中軌道できるでしょ!」
即答。即夢想。
さすがはクェル、欲張りにもほどがある。
「いや、どっちもって……いきなりは無理だぞ」
「えぇーっ、なんでよ! せっかくステータス出たのに!」
「そんなうまい話でもないんだよ」
いや、うまい話だな。これは。だって、同期が進めば魔法を使えるんだから。
しかしクェルはむっと頬を膨らませた。
「なんかそれ、ケイスケが言うと説得力あるけどムカつくなぁ」
「俺だって最初は使えなかったんだよ」
「ほんとに? でも今はピカーって光らせてるじゃん」
「光らせるって……なんか俺の魔法、原始的な扱いされてない?」
クェルはケラケラと笑った。
彼女の笑い声が夜風に混じって、どこか心地よい。
そんな彼女を見て、俺は少しだけ笑ってしまった。
項目さえあれば、自動スワップ機能を設定できる。
俺はクェルの火素の同期率に、自分の火素を設定してやった。
「……これでよし」
「ん? なになに? 私の中で何が起きてるの?」
「簡単に言うと、俺の魔力の“流れ”をクェルの中に繋げてる感じかな。しばらくすれば、少しずつクェル自身の魔力でも扱えるようになるはず」
「え、それって……今すぐはダメってこと?」
「今すぐは無理」
「ええぇぇぇっ!!!」
思わずのけぞるクェル。
大げさなリアクションが、逆に愛らしい。
「じゃあ、どのくらいで使えるようになるの?」
「……まあ、早くて数週間てとこじゃないか?」
「えー……じゃあ、もっと早くならないの?」
「無理だってば。それよりも、同期率が上がっても、詠唱を覚えなきゃなんだぞ? 大丈夫か?」
そう、魔法を使うには、詠唱が必要だ。
そういうとクェルは「げっ……!」と顔を顰めた。
「私、あれきらーい」
「……子供か」
唇を尖らせるクェルの姿に俺は思わず笑いをこぼした。
「……あーあ、明日から魔法少女になれると思ったのになぁ」
「いや、どこの世界でもそんな即席で覚えられたら苦労しないよ」
「だってさー、飛んでみたかったんだもん!」
クェルは腕を広げて、欄干の上に足をかけようとする。
「おい、やめろ。ほんとに落ちるぞ」
「落ちたら風で浮く!」
「浮かないっつってんだろ!」
クェルは笑いながら欄干から降りた。
その笑顔に、つい力が抜けてしまう。
俺は彼女の火素との同期を確認しながら、ふと未来の光景を思い描いた。
――空を蹴って飛び回るクェル。軽やかで、自由で、誰よりも楽しそうに。
そんな彼女に、俺はきっと追いつけない。
でも、それでいい。
「はは……また勝てなくなるな、俺」
少し遠い目をして呟くと、クェルは「へへん!」と胸を張って笑った。
バルコニーの向こうで、梟が一声、低く鳴いた。
夜は深く、静かで、冷たく。
けれど不思議と、その空気はやさしかった。
やがて、瞼が重くなり、俺たちはそれぞれの寝床へ。
俺はすぐに眠りに落ちていった。
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