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第百八十三話「精霊との連携」

 夜の帳がすっかり下り、森は夜行性の獣や虫たちの合唱で賑やかになっていた。

 カチカチと鳴く虫の声、遠くで梟が木を叩くような低い声。焚き火がぱちりと爆ぜ、橙色の光が闇に輪を描く。


 俺たちはその輪の中、開けた場所で向き合っていた。


「じゃーん!」


 真上に跳んだクェルがそんな気の抜けたような掛け声をしたかと思った、次の瞬間――。


 ボンッ!


 乾いた破裂音とともに、彼女の姿が空に弾けた。爆ぜた火花が小さな花火のように夜空に散り、そこから飛び出したクェルが弾丸のように疾走する。まるで重力から解き放たれたみたいに、空中を好き勝手に駆け回っていた。


「えぇ……」


 俺の口から情けない声が漏れる。驚きすぎて、口を閉じるのを忘れていた。

 ほんの半年前まで、クェルは投げた石なんかを蹴って宙に浮かぶしかなかった。なのに今は、空気そのものを足場にしているみたいだ。爆ぜる火花が起爆装置みたいに彼女を弾き飛ばし、軽やかに次の軌道へと乗せていく。


 ボンッ、ボンッ、ボンッ!


 夜の闇に弾ける音がリズムを刻み、俺はただ呆然と見上げるしかなかった。

 やがてひと通りの動きを披露し終えたクェルは、ふわりと地面に舞い降りてきた。土煙を上げるでもなく、軽やかに。


 彼女が地に足を着けた瞬間、ドヤ顔が爆発した。


「へへーん、びっくりしたでしょ!」


 俺に向かって胸を張るクェル。まるで子どもが秘密の特技を見せつけるみたいに、嬉しそうに笑っている。

 その顔は“褒めて褒めて”とでも書いてあるかのような満面のドヤ顔だった。


『僕らもなかなかやるだろ、主!』


 その横で、カエリまで偉そうに胸を張った。赤い火の粉をまとった小さな体が、誇らしげに輝いて見える。


 ……おい、なんだその「僕ら」って言い方は。


「……お前ら、まさか」

「んふふー、そう! あたしとカエリ、最近一緒に依頼とかやっててさ!」

『ああ。こいつ、意外と無茶をしないから助かる』

「ちょっと! “意外と”は余計!」


 笑い合う二人を見て、俺はなんだか言葉を失った。いや、正直に言えば、胸の奥にチクリと刺さるものがあった。


「俺の契約した精霊のはずなんだけどなあ……」


 ぽろりと本音が漏れてしまう。

 クェルが目を丸くして俺を覗き込んだ。


「およ? なんかケイスケ、落ち込んでる?」

『主?』


 俺は慌てて笑みを作ろうとするが、顔が引きつっているのが自分でもわかる。喜ばしいはずの光景なのに、素直に喜べない。なんでだろうな……。


「俺も、みんなとの連携訓練、したいな……」


 ぼそっと出た言葉は、思っていた以上に弱々しかった。


 考えてみれば、俺はいままで精霊たちと正面から訓練をしてこなかった。理由はただ一つ――「目立つのが怖かった」からだ。

 五体もの精霊と契約しているなんて知られたら、どう扱われるかわからない。厄介ごとを避けるため、必要な時以外は“偶然”に見える程度しか力を借りなかった。


 突風で動きを補助してもらうとか、足場をちょっといじって敵を転ばせるとか。そういう小技ばかり。

 だがクェルとカエリは、俺が避けてきた領域を、堂々と踏み込んでいた。


「うーん……。ケイスケの場合、確かにこういうのはやりにくいかもね」


 クェルが気まずそうに言う。その声に、逆に胸がチクリとした。


『なんでだ? 僕たちは主との訓練したいぞ』


 カエリの声音は不思議そうで、俺を責めているわけじゃない。ただ純粋に、当たり前のことを言っているだけだ。だからこそ、余計に胸の奥が痛む。


『そうですわ、私たちももっと、主のお役に立ちたいですわ』

『私もですー』

『ん』

『じゃあ、私も―!』


 口々に重なる声は、決して強要ではない。けれど、真っ直ぐすぎて目を逸らすことすらできない。


「でも、そうか……。少なくとも訓練だけなら、別にしてもいいのか」


 小さくつぶやいた言葉は、夜風にさらわれていった。


 脳裏に蘇るのは、ハルガイトとの戦い。あのとき、もっと上手く連携できていたなら……。ほんの少しの工夫で、結果は違っていたかもしれない。だが、違う結果になっていたなら、俺はエージェに会えなかった。ダンジョンの底に落とされ、あの夢を見て、ダンジョンを深く知ることもなかった。すべてが今に繋がっている。


 だから後悔ではない。でも、同時に「もしも」という棘が心に引っかかっているのも事実だった。


『ケイスケ―、やろうよー』


 リラの声が、影の奥からひょっこりと響く。調子は軽いが、その響きには不思議な重みがあった。


『そうですわ、訓練は悪いことではありませんもの。むしろ当然のことですわ』


 アイレが優雅に囁き、焚き火の炎に淡い光を重ねる。


『……おくれるの、いや』


 もどかしそうに言葉を紡いだのはシュネだ。短い一言が、胸の奥に真っ直ぐ届いた。


『ん。派手なの、やる』


 最後にポッコが力強く付け加え、ぽすんと俺の肩を叩いた。


「…………」


 みんなの声が重なり、俺の背中を押す。できない理由ばかりを並べて、逃げ道を作っていたのは――結局は俺自身の臆病さだったのかもしれない。

 視線を上げると、さっきまでクェルが駆け回っていた夜空に、まだ小さな火花が名残のように漂っていた。そのきらめきを見上げながら、俺は深く息を吐き、静かに頷いた。


「……よし。じゃあ、やってみるか!」


 自分でも驚くほど、声はすんなりと出た。思えば、頭の中にはずっと“もし精霊たちと連携するなら”という構想だけは山ほどあったのだ。眠れない夜に何度もシミュレーションし、無駄に練り上げてきた妄想の数々。


「実は構想だけは腐るほどあるんだ!」


 言葉にした途端、胸の中に小さな灯がともるのを感じた。まるで長い間くすぶっていた火種が、ようやく空気を得て燃え始めたみたいに。

 リラがクスクスと笑い、アイレが落ち葉を宙に躍らせ。シュネは小さな飛沫を森に降らせ、ポッコは地面から土を盛り上がらせ『派手なやつ』と拳を握った。


 そしてクェルが両手を高く掲げて、ぱんっと手を叩いた。


「よっしゃー! じゃ、まずは軽く模擬戦からいくよ!」


 次の瞬間、爆ぜる火花が夜空に再び舞い上がった。音と光が合図のように弾け、森の闇に一瞬だけ昼のような明るさをもたらす。

 その光景を見ながら、俺は確かに感じていた。まだ不安は消えないし、臆病さも残っている。けれど――前に進む一歩だけは、今、ここで刻むことができたのだと。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

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