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第百七十九話「エージェのステータス」

スミマセン。今回少々下ネタありです……。

 帰還した二股の鼠が、さっそく二股の猫と絡み合うように転げ回っていた。耳を噛んだり、尻尾を追いかけたり、なんとも騒がしい。けれど、その動きにはどこか不思議な調和がある。いがみ合っているように見えるが、本気で傷つける気は毛頭ないらしい。互いを分かりすぎているからこそできるじゃれ合いなのだろう。


「……仲がいいのか悪いのか、どっちなんだよ」


 呆れたように呟きながらも、少し口元が緩む。ずっと薄暗い通路に篭って作業してきたからだろう、こうした生き物の仕草が妙に人間臭く、和ませてくれる。


「マスター。あの二股の鼠の魔物ですが、実体を持ち始めております」

「え? マジで?」

「はい。実体率は47パーセントです」

「外で有機物を取り込んできたってことか……」

「そのようです」


 俺は腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかって少し考えた。そして浮かんだ疑問をエージェに投げかけた。


「あいつがこのまま肉体を獲得したら、ダンジョンの制御下から抜けるのか?」


 俺が危惧したのは、肉体を獲得した魔物が、そのまま言うことを聞くのか、ということだった。

 エージェの答えは簡潔だった。


「いえ、そのようなことはございません。あの個体のコア――魔石に刻まれている情報が書き換わることはありえません」

「そうか」


 ほっと胸を撫でおろす。


「でもそうすると、魔物が肉体を獲得するメリットってなんなんだ?」


 エージェが言うには、魔物が肉体を獲得すると、その個体はダンジョンの外での行動が自在にできるようになるとのこと。

 そのまま魔獣という存在になり、場合によっては繁殖することも有り得るのだとか。


「あれ? でもそうしたら、手紙を持たせたっていうのは……」

「魔石に内包されていた魔力が切れれば、そのまま自壊していたでしょう」

「マジか、下手したら死んでたってことか?」

「死ぬ……という概念が魔物に適応するかは別の問題ではありますが、その認識で間違いありません」


 どうやら俺は、二股の鼠にかなり危ない橋を渡らせていたらしい。


「あの個体が帰還できたのは、ひとえに知能の高さ故でしょう。効率的に外界で有機物や魔素を取り込んで行動していたと推測されます」

「不幸中の幸いだな……」


 通常ダンジョンの魔物が肉体を得る過程というのは、ダンジョンの中で有機物を少しずつ取り込んでいき、ある程度実体をもって初めて外界に出て、さらに有機物を取り込んで完成するらしい。

 このダンジョンにはその有機物を得る手段がないから、ダンジョン内で実体を持つことは叶わない。


「……ん?」


 不意に机の上に置いておいたスマホが震える。それは何か通知があったときの知らせだった。

 手に取り画面を確認すると、やはりアップデートの通知だった。


「今度は何の機能が追加されたんだ?」


 そういえば、最近あまり触っていなかった。ダンジョンのデータは拡張されたコンソールから見ることができるし、マップも同じだ。少し胸騒ぎを覚えつつ、俺はアップデートを確認してみる。すると、見慣れたステータスアプリの欄に『+』マークが新たに追加されていた。


「……なんだ、これ」


 恐る恐るタップしてみると、驚くべきことに「他人のステータスを追加して確認できる」という説明が現れた。俺は思わず息を呑む。今まで自分専用のものだと思っていたスマホが、他人の情報まで覗けるようになるなんて。

 しかしプラスマークのアイコンはタップしても何も表示されない。


「なんだ? 誰も登録できないのか?」


 多分機能的には登録できる他人の名前なりが表示される仕様だと思うのだが、どこを触っても何も表示されることはなかった。


「……これも何か条件があるのか?」


 とにかくわかることは、せっかく機能が追加されてもすぐに使うことはできないということだけだった。


「残念ですね」

「ほんとにな」


 エージェは淡々と俺の様子を観察していた。彼女は俺に基本的に干渉しない。


 そのエージェとは、いまだに定期的に魔力の授受を続けている。俺から直接流し込むことで、彼女はダンジョンを拡張し維持できる。正直、初めての時は動揺しかなかったが、三か月も繰り返しているうちに、無心で行えるようになった。……いや、無心で行わなければならない、と言った方が正しい。

 なぜなら、彼女の様子があまりにあからさまだからだ。最初は熱に浮かされたような反応だったのが、今ではどこか楽しんでいるようにさえ見える。俺の腕に抱きついてくることも増えた。銀色の長い髪から漂う匂いが鼻をくすぐり、褐色の肌の温もりが直に伝わってくる。柔らかい感触を意識してしまうたびに、理性を総動員して心を封じた。

 滾るものは確かにあった。けれど俺はそれを振り払うように、「無心、無心」と心の中で唱える。エージェは人ではない。もう元の人格は失われている。ダンジョンの核と融合し、システムの一部となった存在だ。彼女を女として意識するのは間違っている――そう言い聞かせなければならなかった。


 魔力を注ぐ行為は、鍛錬にも似ている。以前より魔素の流れを繊細に感じ取れるようになったのだ。戦闘においても、この感覚は役立つはずだ。

 とはいえ、まったく平静でいられるわけではない。人間だ、俺は。美しい女の姿をした存在に抱きつかれて、何も思わない方が不自然だろう。けれど、ここで俺が理性を捨てればすべてが崩れる気がしていた。だからこそ、我慢するしかない。


 だけど、そんな我慢が限界になったときだ。

 俺の男としてのムラムラとした本能がどうにも制御できず、作業にも集中できなくなって、仕方なく一人で処理しようとしたときのこと。……男なら誰でもわかるだろう、そういう時だ。


 事件が起きた――。


 人払いも済ませたし、今日こそは安全圏! と完全に油断していた俺の背後に、するりと忍び寄っていた影があったのだ。もちろん俺は気づかない。結果――はい、見られました。

 よりによってエージェに。

 もう地面に頭突っ伏して埋まりたいレベルの羞恥で、慌てふためく俺に、彼女は涼しい顔でこう言った。


「お手伝いいたします」


 ……はい?


 そのままエージェは綺麗で蠱惑的な顔を寄せてきて――。俺のストッパーは全部吹っ飛び、気付けば床に押し倒されていた。


 いや、誤解はされたくない。直接的には最後の一線は超えていない。何度でも言う。俺は「していない」。されたのだ。

 だが、彼女の手で果てたのは事実だった。

 彼女は俺が出したものを、平然と口に含み、そして飲み干した。


「魔力が満ちています。この方法はとても効率がいいです。毎日行うことを推奨します」


 その無機質な声を、俺はいまだに忘れられない。だからこそ、俺は即座に却下した。……却下したのに、その日以降、彼女は度々俺を狙ってくるようになった。


 おかげで俺は、より神経を使う時間が増えてしまった。精霊たちは何も言わないが、シュネがやや呆れ顔で視線を逸らすことが増えた気がする。アイレは咳払いして話題を変える。ポッコは……無言だ。あの子は平常運転すぎて逆に怖い。

 ただ、その「効率的」な行為のおかげかどうかは分からないが、ある日、俺のステータス画面に異変があった。プラスアイコンをタップすると……なんとエージェが登録できるようになっていたのだ。


「……マジか」


 半信半疑で登録すると、淡々とした文字で彼女の情報が並ぶ。


【ステータス】

・名前:エージェ

・年齢:◇▽×

・性別:女性

・状態:安定稼働中

・役割:ダンジョンコア


・視覚:100%

・聴覚:100%

・味覚:100%

・触覚:100%

・知覚:100%

・精神:100%

・免疫:100%

・存在:100%

・魔力:150%


【スキル】


・魔素吸収(LV1)

・肉体再生速度上昇(LV1)

・魔素との同期:15%

・土素との同期:19%

・光素との同期:2%


「……やっぱり、適性は土か」


 俺は頷く。これまでの行動や雰囲気からもそうだろうとは思っていたが、こうして数値として突きつけられると、妙に納得してしまう。

 

 ……ただし、登録欄に「魔力:150%」って書いてあるのが、妙に引っかかって仕方がないのだが。


 そして気になるのは“同期率”の項目だ。俺のステータスにはずっと同期マークがついているが、エージェにはそれがない。俺は無意識に、その数字をタップしていた。

 すると、さらに新しい選択肢が現れる。


【自動スワップ設定】


「……え? 自動スワップ?」


 興奮と強烈な好奇心が胸の奥から湧き上がる。俺の指は迷うことなく光素の欄を選んでいた。

 そして、スワップ対象は俺のステータス欄が表示され――。


・光素との同期:2%(自動スワップ設定中)


「……設定できたな」


 驚いてエージェのステータスに切り替えると、そこには確かに同期マークが表示されていた。つまり、俺の持つ同期をエージェに移譲──あるいは共有できる、ということなのか。


「……ってことは、エージェが光魔法を使える可能性が出てきたってことか?」


 俺は思わず声に出す。彼女の能力は、ダンジョンの維持と拡張に特化している。そこに光の力が加われば、彼女の存在は全く新しい段階に進むことになるかもしれない。


「エージェが浄化の魔法を使えるってことだよな」


 ただ、そこでふと疑念が浮かぶ。俺の同期率は相変わらず39.9%で止まったままだ。同期マークは確かについているのに、それ以上動かない。もしもこの上限が何らかの意味を持つものだとしたら……。

 ステータスアプリの仕様をさらに調べてみるが、追加できるのは現状エージェ一人のみ。誰でも登録できるわけではないらしい。


 条件というかきっかけはやっぱりひとつしか今のところ思い当たらない。

 思い返すと生々しい感触が今も思い出されるようだ。


 俺は顔を赤くして、誤魔化すようにスマホの画面を眺める。

 同期率の欄は変わらないまま、魔素・火素・水素・風素・土素・光素がそれぞれ39.9パーセントで横並びになっている。そこから先へは進まない。なぜかはわからないが、どうやら見えない壁のようなものがあるらしい。


 でも、でもだ。他人のステータスを追加する条件が、そういうことなら……。


「……男を追加したい場合は、どうすればいいんだよ、これ……」


 俺の悩みは尽きなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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