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第百七十四話「瘴気の正体」

 単純な鉱石や金属の再現は、思っていた以上に簡単だった。いや、正確には「データが単純すぎる」と言った方がいいかもしれない。組成がわかれば、あとはただ配置するだけ。だから石や鉄はもちろん、銅や銀も割とあっさり生成できた。純度の高さを指定すれば、それも忠実に反映される。

 俺は掌に乗せた銀の塊をしげしげと見つめ、指でなぞる。冷たさと重みは本物そのものだ。思わず口笛を鳴らしてしまう。


 魔石については魔素が結晶化したものなので、生成することはできなかった。

 いや、生成した魔物を倒せば魔石は手に入る。でもわざわざ生成した魔物を倒すにも、手間ばかりかかる。

 魔石のみを生成する方法も探せばあるのだろうが、まだそこには至っていないのが現状だ。


 ふと視線を移すと、コアルームの奥で淡く光っていた魔石の欠片が目に入る。あれはこのダンジョンを攻略したとき、大量に出た白濁色の魔石だった。


「そういや……あれ、エージェが吸収したんだったな」

「はい。魔石を吸収すれば、多少の魔力――DCを回収できます」


 彼女は無機質に告げるが、わずかに胸に手を当てる仕草を見せる。どうやらその行為が、彼女にとっても有益だったらしい。


「俺は飲み込むのに躊躇してたけど……お前が有効活用できてよかったよ。もともとはこのダンジョンから出たものだしな」

「合理的な循環です」


 相変わらずの機械的な答えに、俺は苦笑した。


 ダンジョン産の魔石が丸い理由についても、なんとなくわかった。

 それはダンジョン――というよりはダンジョンで魔物が生成される仕組みにあった。

 魔物は何もない空間から生成される。生成される瞬間を観察していてわかったのだが、魔物はまず周囲から魔素を集め、まず第一に魔石から形作られる。その形は球状で、今まで目にしてきたダンジョン内で産出される魔石と同じ形だ。

 対して魔獣からとれる魔石は、いびつな形だ。

 これはウサギでも鼠でもなんでもそうだが、もともと自然界に生息する獣に、何らかの形で魔素が取り込まれ、体内で魔石として形成される。だから歪な形になるのだ。


 そして、瘴気の正体について――。


「……魔物とか魔獣が人間を襲う理由って、魔素のせいだったんだな。いや、正確には魔素に含まれる、あらゆる生物の残留思念のせい、か。そして瘴気は、その残留思念を抽出した塊のようなもの」


 俺が呟くと、エージェが即座に肯定した。


「その認識で問題ありません。マスター」


 エージェの即答に、背筋がぞくりとした。やはり……。


 瘴気とは、生物が死んだりしたときに魔素に残る、怒りや悲しみ、未練や恨み、そういった残留思念が魔素に残り、それが濃縮されたものだった。そしてダンジョンは、そんな残留思念を空気中の魔素から吸収し、浄化させるための施設だということもわかった。

 残留思念は魔素と共にダンジョンに取り込まれ、魔物や魔獣として生み出される。つまり、魔物は「残留思念を浄化するための器」に過ぎない。

 スプリチュアル的な言い方だが、その思念の未練を断ち切るための措置、といったところか。

 魔獣や魔物が人を襲うのは、残留思念のせい。


「この世界で生きるすべての生物において、特に魔素に残留思念を残すような強い感情を持つ種族は、人種ひとしゅをおいて他にありません」


 エージェの言う人種というのは、人間はもちろん、獣人や亜人種なども含まれている。この世界の言い方だ。

 確かに人種は獣などと比べて知能が発達している分、感情もまた強く発露する。


「ということは、魔獣や魔物が人を襲うのは、人のせいってことか?」

「その通りです」


 以前リラに聞いた、命の精霊。命の精霊は魂に結び付き、あらゆる生命とともにある、だったか?

 ならば、その生命が死んだとき、命の精霊はどうなる? その生命の思いは消えてなくなるのか?


「……きっと、違うよな」


 きっと強い思いは、残る。

 精霊たちを形作るのは、魔素だ。その魔素に、強い思いが乗るのだ。


 俺は小さく苦笑しながら呟いた。


「……21グラムの重さ、だったっけ? 大昔の魂の重さ説。死ぬと死体が軽くなるってやつ」


 けれど実験では犬では体重が減らなかった。だから「犬には魂がない」と結論づけられた……。真偽は怪しい。だが、この世界では違う。命の精霊が存在する。


 思わず天井を仰ぐ。


「……俺はただ、わかったつもりになってるだけかもしれない。でも、ひとつだけ確信できることがある」


 掌にまだ温もりの残る銀の塊を握りしめ、息を呑んだ。

 人の思いの強さ……それだけは、間違いなく本物だ。


「とにかく理論上はそれで、魔素に含まれた残留思念は浄化されるはずが……現状はあまりにも濃い瘴気のせいで、ダンジョンに吸収することすらできない。飽和状態、ってことか」


 俺の問いに、エージェがまた頷くように目を閉じた。


「はい。正確な分析です」

「喜び、愛、感謝、希望、安らぎとかのポジティブな思いってのは、残留思念にはないのか?」

「もちろんあります。ありますが、そういった思念はダンジョンに取り込む魔素の対象外です」

『そういった思いは害がありませんし、自然と消えてなくなっていくものですわ』


 アイレが補足する。

 確かに、そういった思いはなんていうか、いつまでも残っているイメージがない。

 深い淀んだような思いだけが、地上に沈殿するような……そんなものか。


 あとわかったのは、魔素には同じ属性同士で集まる傾向があるということだった。だから瘴気のような「魔素の一種」も、自然と集まって固まりやすい。

 だから、集まった瘴気は風なんかで散ることもなく同じ場所で留まる。


 火素は本来、大気中に均等に散らばっている。普段は薄すぎて意識する必要もないが、条件が重なれば集まる。結果として、火素が多い土地、少ない土地が生まれる。ビサワは乾いた大地のため水素が少なく、代わりに風素が多い傾向があるらしい。


 そして、アプリのダンジョンデータには「残留思念を魔物にどれだけ組み込むか」のパラメータが存在していた。これを大きく設定すれば、狂暴そのものの魔物――いわば「周囲の生き物絶対殺すマン」が生み出される。逆に値を小さくすれば、普通の動物のように、危害を加えられなければ襲ってこない魔物になる。


 試しに値をゼロに設定してみたら――魔物は完全に「生物らしさ」を失った。外見は生き物だが、他者に一切興味を示さず、ただ設定されたルーチンを淡々とこなすだけ。まるで精巧な人形かロボットのようで、気味が悪かった。


「……これじゃ、ただのプログラムを歩かせてるだけだな」


 俺は肩をすくめた。生き物に見えて、生き物じゃない。そこには意思も感情もなく、あるのはシステムの命令だけだった。

 アイレがひらひらと舞い降りてきて、俺の肩にとまった。


『つまりですわ、魔物の生き物らしさは、残留思念に由来している、ということですわね』

「そういうことだな」


 実態を持たない魔物だが、生物らしさを出すには人のネガティブな感情が必要になる……。なんとも皮肉なものだ。

 思い返してみれば、瘴気から生まれたグレイアームズをはじめとする異形の魔物たちは、生々しすぎていやらしく、気持ち悪いほどだった。


 魔物を倒したら体が崩れていくのは魔素で無理やり元素を繋ぎ合わせて、それらしく構成しているから。だから、その魔素が手を離してしまうと魔物の体は崩れていく。

 瘴気の魔物は、瘴気がその役割を担っていた。


「だから、浄化の魔法が効いたんだな」


 原理はわかった。

 普通に生成した魔物はに浄化魔法を当てても、体が崩れたりはしない。しないが、多分残留思念が浄化されて消えてしまうのだろう。行動がやはりロボット的になり、生き物らしさがなくなってしまった。


「生き物らしさって、なんなんだろうな……」


 俺はひとり、静かに呟いく。

 エージェは無表情のまま、しかしどこか誇らしげに言った。


「このシステムを解析したのは、マスターが初めてです」


 その言葉を受け止めつつ、俺は目の前のデータを見つめる。残留思念、瘴気、ダンジョン、魔物。すべては繋がっている。けれど、その仕組みがわかったところで、どう解決に導けばいいのか。


 答えはまだ見えなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

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これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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