第百七十二話「魔物の生成」
次は魔物の項目を試してみるか」
テンプレートでは、このダンジョンに出る魔物は獣と虫が基本。
砂鼠と砂蛇、岩ムカデに石サソリは既に生成してある。行動も何も制限したり設定していないので、今は自由にダンジョンの中を歩き回っていることだろう。
テンプレートでは、獣は鼠、兎、狼、蝙蝠、蛇……虫は蟻、ムカデ、甲虫、蛾……そして大物のボスが生成できるようだ。もともとの設定では、この迷宮のボスはミノタウロスだったらしい。
「ミノタウロス……?」
牛の頭を持つ獣人──冒険譚でよく語られる存在だ。この世界では獣人がおり、その人間の亜種のように思えるが、これはあくまで魔物として登録されていた。興味が湧き、試しに復活させてみることにした。
「コストは1500DCか、結構高いな……」
「でしたらマスター。プレビュー機能で一時的な生成を試すことが可能です」
「お、マジで?」
エージェにアドバイスを受けて、早速プレビュー機能でボスのミノタウロスを生成してみる。
生成時間は10分。コストは0.0001DCだ。安い。
「……でけぇ……」
目の前に現れたのは、全長十メートルを超える巨体のミノタウロスだった。岩を砕くような蹄の音、振るうだけで風を巻き起こす巨大な斧。見上げるしかできないその姿は、まさに災害そのものだった。
試しに軽く戦ってみたが……。
「速っ……!? やっば……!」
巨体に似合わず、信じられないほど素早い。剛腕を軽く振るだけで衝撃波のような風圧が襲ってきて、俺の体は容易く吹き飛ばされそうになる。巨斧の一撃を防ごうと剣で受けるが、受けた瞬間に軋むような音を立て、吹き飛ばされた。
俺を傷つけさせないように手加減させてこれだ。
「……ぶっちゃけ、勝てる気がしない……」
汗を拭いながら、俺はミノタウロスのデータを強制終了させた。巨体は光となって霧散する。あんなの、本気で実装されたら金級冒険者でも全滅だろう。
勿論、このミノタウロスのデータだって変更できる。
テンプレートでは何も変更できない仕様だったが、中身を覗いてみれば色なんかは勿論、大きさ、力の強さ、素早さなんかのパラメータを設定できる。
角を黒くしてみたり、透明にしてみたり。目の数を三眼にしてみたり、武器を大きくして頑丈にしたりといった具合だ。
「もうちょっとパラメータをいじってみれば、修行相手にちょうどいいかもな」
デフォルトだと俺には強すぎた。
試しに半分のサイズ、パラメータで試したところ、勝てそうにはないけれど奮闘できる、ちょうどいい修行相手になってくれた。
運動不足になることはないが、息抜きも兼ねてたまに相手をしてもらおうと思う。
「素早さ特化型とか、硬さ特化型とか作れたら、おもしろいかもな」
ボスのような大型を試してみたから、今度は小物で試してみる。
ダンジョンの基本魔物──砂鼠の色を黄色のパステルカラーに変更してみた。すると、鮮やかなレモン色の毛並みを持つ鼠がちょろちょろと現れる。
「……ピカ──……いやいやいや、言わないでおこう」
危ない。とんでもない既視感を覚えてしまった。
さらに細かい改造ももちろん可能だ。腕や足、尻尾の数を増やす、とか。
試しに二股の尾を持つ鼠を作ってみると、通常よりも明らかに知能が高そうな動きを見せた。仲間と目を合わせ、状況を判断しているような挙動まで見せる。
「……おもしろいな」
続いて二股の猫を作成。
同じように知能は高そうだ。
だが問題もあった。二匹作ったら、互いに争い始めたのだ。まるで自分こそが優れていると誇示するように、取っ組み合いを始める。見ている分には面白いが、放置すれば殺し合いにもなりかねない。
「ケンカはいいけど、度を越すなよ」
データに干渉し、互いを殺し合わないよう制限を設ける。すると、二匹は舌打ちするように離れ、それぞれ別方向へ散っていった。
俺はしばらくその背中を眺め、ふっと息を吐いた。
「……本当に、なんでもできるんだな。永遠に触ってられるぞ」
コアルームに戻り、目の前に広がるデータを眺める。
次は何を試してみようか。
『主、楽しんでいらっしゃるようで何より、ですわ』
アイレの少し呆れたような声が頭に響く。
『前向きなのが一番ですー』
シュネも同意するように、のんびりとした声を添える。
『……ん。主が満足なら、そのほうがいい』
ポッコはいつもの調子で淡々とした意見を述べた。三者三様だが、どれも本音だろう。俺の没頭ぶりは、傍から見れば呆れ半分、安心半分なのかもしれない。
思えば俺は、もともとファンタジーのゲームや漫画が大好きだった。自作でゲームを作ろうとしたこともあったし、海外のオープンワールド系のゲームではMODを作って遊ぶことに夢中になっていた。
環境を作り変えること、パラメータをいじること。そうした「世界の裏側に触れる」遊びは、俺にとって何よりの快感だった。
そして今、俺は実際の「ダンジョン」を作り変えている。水を得た魚のように、夢中でのめり込んでいた。寝食を忘れるほどに没頭し、ひとつの通路を何度も作り直し、パンの焼き加減を何度も調整し、時には壁の模様を微妙に変えてドット絵を描いてみたりもした。
通路ひとつとってもそうだ。
普通なら「通路作成」の機能で選べるのは、広い、狭い、その中間、くらいのものだった。しかし、俺はそのパラメータを直接いじれる。結果、広間のように広大な通路を作ることも、鼠一匹がやっと通れるような極細の道を作ることだってできる。
正直、最初は既存のデータを少しいじった程度に過ぎなかった。だが、それだけでも劇的に改善されたことがあった。
「……やっぱ、食事だよな」
パンの質感ひとつ取っても、柔らかくしたり、硬くしたり、塩気を増したり、甘みを強めたり。これができるだけで、毎日の楽しみが格段に増したのだ。食生活の充実は、精神的な充足にも直結する。腹を満たすだけでなく、心を満たすための食事。こんな当たり前のことが、どれほど大切かを痛感した。
「これはいけるな」
パンの焼き加減を試しながら、俺は思わず声をあげていた。焼き色を濃くすると香ばしい匂いが漂い、逆に薄くすればふわふわの食感が残る。口に入れた瞬間に広がる味わいの違い。これは、下手な娯楽以上の中毒性があった。
気がつけば、外界の時間の感覚はすっかり曖昧になっていた。窓もなく、時計もない。意識を引き戻したときには――。
「……一か月、経ってるのか?」
思わず呟いた。俺の目の前には、膨大な試行錯誤の成果として積み上がったデータと形跡。そして、精霊たちの呆れ混じりのまなざし。エージェは相変わらず無表情だが、スーツ姿のまま淡々と俺を見つめていた。
時の流れを忘れて没頭する。それは俺にとって幸せな時間だったが、同時に恐ろしいことでもあった。
それでも、もう後戻りはできない。俺はこの「ダンジョン作り」という遊びに、心の底から取り憑かれていた。
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