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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第一章「異世界スタート地点:ゴブリンの森と優しき村」
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第十六話「森の境界」

 旅は続く。

 山を登り、谷を下り、大きな川を渡った。


 道中、一度だけ人間サイズのネコ科の獣に遭遇し、襲われかけた。全身を漆黒の毛に覆われたその獣は、喉を鳴らしながらこちらを睨みつけ、じりじりと間合いを詰めてきたのだ。

 しかし、ゴンタが鋭い牙を剥き出しにして威嚇すると、相手はわずかに耳を伏せ、警戒を強めた。そして数秒の睨み合いの後、不意に背を向けて森の奥へと消えていった。


「助かったな……」

「ウン、アレ、ツヨイ」


 無駄な戦いを避けられたことに安堵しながら、俺たちは先を急いだ。

 そして途中、運よく大きめの鹿のような獣を仕留めることができた。

 ゴンタと一緒に狩猟を成功させたのは初めてのことで、思わずテンションが上がった。


「よし! 今日はご馳走だな!」

「ケイスケ、ヨロコブ」


 ゴンタも嬉しそうに牙を見せて笑っていた。

 しかし、問題はその後だった。


「食べきれない……」

「モウ、ムリ……」


 俺たちは腹がはち切れそうになるまで食べたが、それでも大量の肉が残った。もったいないとは思ったが、持ち歩くこともできず、泣く泣く土に埋めることにした。


「シカタナイ」

「だよな……」


 ただ、狩った獣からは立派な一対の角を得ることができた。まっすぐに伸びたそれは見た目にも美しく、ゴンタと一本ずつ分け合った。


「ナカナカ、イイモノ」


 ゴンタが満足げに角を見つめるのを見て、俺もなんとなく誇らしい気持ちになった。

 さらに獣の体内には小さな魔石もあった。色は茶色。これまで見た魔石とは違うが、これも何かの力を秘めているのだろう。ゴンタに譲ろうとしたが、彼は固辞した。


「イラナイ、ケイスケ、モツ」

「……じゃあ、ありがたくもらうよ」


 落ち着いたら、どんな効果があるのか試してみることにしようと思った。


 激しく降る雨に会い、岩場での日々を思い出した。もう遠い過去のことのようだった。

 晴れた空に、渡り鳥の群れを見た。綺麗な編隊を組んでいて、しばらく彼らを見送った。

 鮮やかな蝶の群れの中に入った。花弁が舞うようで、幻想的な風景だった。

 岩場で足を踏み外して、斜面を転がり落ちた。落ちた先には蛇がいて、食料を確保できた。

 森で木の実を採って食べたが、渋くて食えたものじゃなかった。


 二人での旅は辛いこともあったが、振り返ると楽しいことばかりが思い出として残っている。


 それから、あれから毎晩スマホのステータスアプリを確認していたが、同期率に変化はなかった。ただ、たまに『光素』の横に同期マークがついたり消えたりすることがあったが、それだけ。


「これってなんなんだ……?」


 そのたびに周囲を見渡してみるが、特に何かが変わった様子はなく、まだまだ分からないことだらけ。


 歩いて。歩いて。


「――だいぶ景色が変わってきたな」


 ドラゴンとの邂逅からもう、二週間。

 俺たちはかなり遠くまで来たはずだ。


 空気が乾いており、森の様子が明らかに違う。

 ゴブリンたちの集落があった場所は、どこか熱帯に近い雰囲気だったが、今はもっと見慣れた風景になってきていた。

 木々の葉の形や色合いが変化しているのがわかる。


「落葉広葉樹林ってやつかな……?」


 専門的な知識があるわけじゃないから自信はないが、それっぽい。

 そういえば、最近ドラゴンの姿を見ていない。

 夜空に黒い影が飛ぶのを目撃することもなくなった。

 たまに空を横切る大きめの鳥を見てドキッとすることはあるが、あれはドラゴンではないだろう。


 そして、森が開けた。


 目の前には広大な平原が広がっている。

 俺はしばしその景色に圧倒された。


「……すげぇ」


 まるで地平線の先まで続くかのような草原。その向こうに何があるのかは分からないが、確実に新しい世界が待っている。


 だが、その時だった。


「ケイスケ、ゴンタ、ココマデ」


 ゴンタがふと足を止め、静かにそう告げた。


「……え?」


 振り返ると、彼は森の境界でじっとこちらを見つめていた。


「コノサキ、ニンゲン、ムラアル」


 その言葉で、俺は悟る。


「……そうか」


 ここで、ゴンタとはお別れなのだ。

 そもそも人間とゴブリンの関係がどうなっているのかもわからないが、ゴブリンが人間の村に入るのはあまり良くないことなのだろう。


「ケイスケ、ダイジョウブ」


 ゴンタは俺をじっと見つめて、ニカっと、屈託なく笑った。

 その表情を見て、込み上げるものがあった。

 俺はゴンタに向き直ると、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとう」


 ゴンタがいなければ、俺はとうに死んでいただろう。

 彼がいてくれたから、俺はここまで来られた。

 彼は、俺の命の恩人で、頼もしい友人だった。


「ケイスケ、タノシカッタ」

「俺もだ」


 手を差し出すと、ゴンタは意味がわからなかったようだが、「握ってくれないか」と俺が言うと、応えてくれた。


 無言で握手する俺とゴンタ。

 言葉はそれ以上続かなかった。

 手を離すと俺は前を向き、平原へと歩き出す。


 背後でゴンタがじっとこちらを見送っている気配を感じた。

 だけど振り返らなかった。

 そうすると、いつまでもここに留まってしまいそうだったから。


 前だけを向いて、どれだけ歩いただろうか。

 ふと振り返ると、森はもうかなり遠くなっていた。


「……あ」


 そして気づく。

 森の入り口には小さな影があった。


 ゴンタはまだそこにいた。


 俺が見えなくなるまで、見送ってくれていたのだろう。

 その姿が、景色がぼやけていく。目から溢れ出る温かいものを止めることはできなかった。


「……ありがとう、ゴンタ」


 目を拭うことはなく、無理矢理に森に背を向けて歩き出す。

 ぼやけた視界だったけど、足取りは確かに大地を踏みしめる。


 この広大な異世界で、俺の新たな旅が始まるのだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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