表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

157/237

第百五十七話「深淵へ」

『主、土の中から来るよ!』

 

 珍しくポッコの声が響いた。普段は口数の少ない土の精霊の彼が警告する時は、本当に危ない時だ。

 咄嗟にその場から飛び退く。次の瞬間、今まで俺がいた場所の地面が盛り上がり、大きな腕のようなものが飛び出してきた。


「な、なんだ!?」


 地面を突き破って現れたのは、巨大な蜘蛛だった。体長は五メートルを超える赤黒い異形。いや、生物ではない。土が絡み合って形を成している……蜘蛛のような土人形だ。


『おお……なんか気持ち悪いですわね』アイレの声が軽く震える。

『あれはー……蜘蛛というより、土塊の集合体、ですかねー?』シュネがのんびり呟くが、声色に隠し切れない焦りが混ざっている。

『……力が通じないから、ただの土じゃないよ』ポッコが制御しようとしてできなかったのか、硬い声で告げる。


 蜘蛛の巨体の向こう側に、ハルガイトの姿があった。落ち着き払った表情で俺を見下ろしている。


「ふむ……まさかヴァーリの鉄球をすべて壊されるとは思わなかったよ」


 相変わらず淡々とした声だ。


「これも……魔道具か?」


 俺は問いかける。


「魔道具などという陳腐なものと一緒にはしてほしくはないのだがね。学のない者にはわからないか……。これはアーティファクトというものだよ」

「アーティファクト……」

「ダンジョンより産出される、特に力を持った遺物だよ。これは『ワンシンロークの土蜘蛛』。魔法は効かぬぞ。さあ、どうするかね?」


 ヒルガイトの声には微塵の迷いもない。絶対的な自信だ。


「抗うなら抗って時間をかけて死ぬ。抗わなければ一思いに死ぬ。それだけの違いだ。私のお勧めは、一思いに死ぬことだよ」


 胸の奥がぐつぐつと煮える。ふざけるな。俺を実験台みたいに扱いやがって。

 無言で剣を構えた。


「残念だ。無駄な時間に付き合う気はないのだが……まあいい。君には未知の魔法を教えてもらった礼もある。このくらいは付き合ってあげようじゃないか」


 唇の端を歪めたヒルガイトが指を弾く。


「行け」


 号令と同時に、土蜘蛛が動き出した。巨体に似合わず俊敏。振り下ろされる脚を咄嗟に受け流すと、地面が抉れ、砂利が飛び散った。


『速いですわ!』アイレが悲鳴混じりに叫ぶ。

『主ー、気を付けてー! 口から何か吐いてきそうー』リラが囁く。


 言葉通り、蜘蛛の口から粘つく糸が吐き出された。避けきれず、足に絡みつく。


「くっ……!」


 脚が止まった瞬間、蜘蛛の前脚が振り下ろされる。剣で受け止めるが、重い。押し潰される。


『凍らせますよー!』


 シュネが叫び、青白い冷気が広がった。絡みついた糸が凍り、脆く砕け散る。


「助かった!」

『のんびりしてる暇は、ないですよー!』


 シュネの声に押され、俺は飛び退き体勢を整える。蜘蛛はすでに次の動きを始めていた。足元を崩してやるしかない。


『ポッコ、やるよー!』シュネが呼びかける。

『……うん』短い返事。


 大地が揺れ、蜘蛛の足元が泥濘に変わった。巨体がわずかに沈み込む。


「今だ!」


 渾身の力で剣を叩きつける。刃は土蜘蛛の頭部に直撃し、土塊が弾けた。……だがすぐに元に戻る。まるで何事もなかったかのように。


「だめだ、中まで通らない!」

『主、距離を取って。あれ、しつこいですわ』アイレが冷静に促す。


 蜘蛛の脚が雨のように襲いかかる。必死に捌きながら距離を取った。だが息をつく暇などない。

 攻撃は衰えない。土蜘蛛にはスタミナ切れなど存在しないのだ。


 剣を構え直しながら、俺は考える。どうする……?


 ふと頭に浮かんだのは、先日の闘技大会で見た、ライザンの強さだった。


 こんなとき、あの強者なら、どうするだろう?

 あの土蜘蛛の攻撃を避けるか受け、動きを止める?

 そして、大槌で強烈な一撃を叩きこむ?


 俺の思考する時間など、土蜘蛛は考慮なんかしてくれなかった。当然だが。


 口から糸を弾丸のように発射し、それに合わせて大きな跳躍で、俺を押しつぶそうとしてくる。


『火球!』


 糸は来ることが予想できたので、火球の魔法で焼く。

 そして素早いとはいえ跳躍しての押しつぶしはクェル直伝の『爆足』擬きで素早く避ける。


 この土蜘蛛がアーティファクトだというならば、使用者であるハルガイトを倒してしまえば――。とも思ったが、土蜘蛛とハルガイトの位置取りがうまく、その隙はない。

 何度か火球を放とうとしても、土蜘蛛がうまく射線に入り、届くことはなかった。


『みんなの力で、ハルガイトに何かダメージを与えることはできないか?』


 俺は土蜘蛛の攻撃を避けながら、精霊たちに念話を送る。


『さっきからやってみていますが、あの男、何か結界のようなものを張っていて、風が届きませんわ』

『私もやってみてますけどー! 同じですー!』

『ん。同じ』


 普通にみんな、直接ハルガイトに攻撃を加えようとしていたのか。


 しかし結界があり、効果がない……。やはり自衛手段も抜かりなく発動させているらしい。


「なんにせよ、やっぱりこの土蜘蛛が邪魔か!」

『ですわ。どうしても力を集中できませんので』


 表面は土の塊っぽい。しかしそれが緩衝材となっているのか、剣では中までダメージを与えられない。

 もっと強力な一撃が必要だ。


 思い浮かぶのは、ライザンの大槌の一撃。


「ポッコ、あの大槌をいつでも出せるよう、準備してくれ!」

『ん』

「シュネは、あいつの動きを水と氷で止めるか鈍らせてくれ!」

『わかりましたー!』

「アイレは、俺の動きのサポートを!」

『承知しましたわ!』


 それぞれに指示を出し、土蜘蛛を破壊するために動く。

 それぞれの精霊が応え、作戦開始だ。

 泥沼をさらに広げて土蜘蛛の足をとらえ、隙をついた瞬間、巨大化させた剣を叩きつける。インパクトの瞬間、ポッコが地面を硬化させれば、衝撃は逃げ場を失い、奴の体を粉砕する――。


『……やる』


 ポッコの短い声に続いて、大地が低くうねった。

 同時にシュネの冷気が広がり、土蜘蛛の関節に白い霜が張りつく。


『今ですわ、主!』

「おう!」


 黒魔鉄の剣を握りしめ、俺は力を込めた。刃の部分を超巨大な鉄塊に変え、振り下ろす。重力と風に加速され、そしてポッコの増幅が合わさった一撃――。

 轟音が大地を揺らし、土蜘蛛の巨体がめり込み、内部から爆ぜた。


「……ふぅ。やったか」


 土煙の中で、黒い魔石のようなものが砕け散る。アーティファクト「ワンシンローク」の蜘蛛――撃破だ。


 俺が肩で息をしていると、すぐ後ろから、落ち着いた声が響いた。


「いやはや……なるほど、これは面白い。さすがは調律者とでも言うべきか? 見事だった。どれだけの能力を秘めているのか……。だが、私はこれ以上、時間を浪費するつもりはない」


 ハルガイト――いや、千里のハルガイト。鋭い眼光が俺を射抜く。

 その手には光る魔道具が握られていた。嫌な予感が背筋を走る。


「……何をする気だ」


 問いかけに答えるより早く、彼の口元が薄く笑った。


「ちょっとした実験だよ」


 次の瞬間、俺の身体が不可視の力に掴まれた。


「……は?」


 言葉が終わる間もなく、俺は地面を蹴った感覚すらなく、弾丸のように空へ打ち上げられていた。

 風圧で肺の空気が抜ける。高度は、何十メートル? いや、何百メートルか。

 そして――眼下に広がっているのは、黒く淀んだ瘴気の海。


『主!?』


 アイレの焦った声が頭に響く。


「アイレ! 風の力で俺を飛ばせるか!?」

『ダメです! 瘴気が濃すぎて、力が発揮しきれません!』

「まじかよ!?」


 瘴気が目前に迫る。あれに落ちたらどうなるかわからない。少なくとも、碌でもないことになることだけは確かだろう。


『浄化、浄化あ!』


 俺は両手を前に突き出した。サーチライトのように光が放たれ、周囲の瘴気を削り取っていく。詠唱短縮を登録しておいて、本当に助かった。


『主! 瘴気がないところなら、風を制御できます!』

「頼む!」


 光で作った空間に、アイレの風が吹き込み、俺の身体の軌道がずれる。

 やがて上昇の勢いが失われ、今度はゆっくりと落下し始めた。


「はぁ……助かった……いや、まだか」


 四方八方は相変わらず瘴気。底がどこかも見えない。


「完全に、瘴気の中だな……。アイレ、上昇して脱出は?」

『……申し訳ありません。この瘴気の中では、落下速度を緩めることが精いっぱいですわ……』


 悔しげなアイレの声が胸を締めつける。

 でも――あのまま地面に叩きつけられることはない。それだけが救いだった。


 足元はまだ闇。けれど、この底に何が待つかは、考えるまでもない。

 俺は奥歯を噛みしめ、光をさらに強めた。


 どれだけ降っただろう。


 俺は息を呑む。

 瘴気の海は、光で切り裂いてもなお、底知れぬ圧を放っていた。


『主……下から、何かが……』


 アイレの声が震えている。普段なら決して見せない弱さだ。


『嫌な気配しますぅ……』


 シュネも珍しく間延びした口調を崩し、緊張をにじませる。


 ポッコは沈黙を守ったまま、ただ俺の肩口に小さく触れてきた。


 一寸先は闇。


 俺達は光を携え、無音無明の深淵にゆっくりと降っていくのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ