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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」
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第百五十四話「真夜中の侵入者」

 昨夜と同じく、積み重ねられた座布団の山みたいな寝床によじ登る。


 横になりながら、俺は念話でカエリに声をかけた。


『カエリ、聞こえるか?』

『おう! 聞こえるぞ』


 反応は即座だった。いつものぶっきらぼうな声だが、どこか安心させられる。


『今夜も帰れないって、クェルのとこに行って、伝えてくれないか? それで、できれば連絡役としてクェルについていてほしいんだけど』


 事情を簡単に伝えると、カエリはあっさり承諾してくれた。


『わかった、あの女のところに行ってくる』


 短い言葉を残し、彼の気配はすっと遠ざかっていった。


 ひとり残された俺は、布団の中で身じろぎしながらスマホを取り出す。

 ステータス画面を開くと、数値が以前より明らかに上がっていた。


 魔素との同期:23%

 風素との同期:19%

 火素との同期:23%

 水素との同期:20%

 土素との同期:17%

 光素との同期:25%


「おお……これはなかなかの伸びじゃないか」


 四人の精霊と追加契約を結んだおかげだろう。だが、ここまで上がってもアップデートは来ないらしい。少し物足りなさを覚える。

 いまだにアップデートの基準がわからない。

 なんとなくしれっとされたりするから、俺が意識してない方がされたりするのか?

 同期率は関係していると思ってるんだが……。


「あ、そうか……今はカエリが離れてるから、火素の同期はされないのか」


 ステータスを確認すると、火素の同期はゼロになっている。カエリが俺の近くから離れたからだろう。

 どこまで離れたら同期が切れるのか……感覚的には十メートルくらいだろうか。念話は距離の制限をあまり感じないのに、この同期の距離制限は少し不便だ。


「いっそのこと、スワップ設定でどれかを30%にしてみるか……」


 独り言のようにつぶやきながら設定画面を開く。

 今はスワップ機能を使っていないが、水、風、土の数値をまとめて火素に集中させることにした。

 これで火素の同期は3倍速で上がるはずだ。


 この同期率も、10%以上あれば魔法適性があると判断され、その系統の魔法が使えるようになる基準だということはわかっている。

 けどこの同期率が上がることで、その先はどうなるのだろう?

 もっと感覚的に魔法が使えるようになるとか、そんな感じなんだろうか?

 詠唱すれば、適性さえあれば魔法は発動すると俺は思っている。だから、この値が上がることでどうなるのかがわからず、楽しみでもある。

 100%になったら、一体何が起こるのか?

 俺はそんなとりとめもないことを寝ながら考えていた。


 ふと、部屋の明かりが目に入った。寝具からすぐの場所に置かれているベッドランプの魔道具だ。


「……そろそろ寝るか」


 手を伸ばして明かりを消すと、視界が一気に暗くなる。

 布団に沈み込むと、ゆっくりとした上下の揺れが体を包んだ。


 そうだった。今、自分が寝ているのは巨獣の背中の上だった。

 立っているときは気にならなかったが、こうして静かに横になると、地面――いや、背中――が波のように上下しているのがよくわかる。生き物の呼吸に合わせた揺れは、不思議な安心感を与えてくる。


 昨日は疲れててそんなことを感じる暇もなく寝ちゃったからな……。


 目を閉じ、呼吸を整える。

 体が微睡に沈みかけた、その時――。


『主、誰か来ますわ』


 耳元でアイレの声が響いた。落ち着いた声色の中に、確かな警戒が混じっている。


 意識が一瞬で覚醒する。

 目は開けずに、気配に集中した。だが、物音はしない。足音も衣擦れも、息遣いすら聞こえない。


 ……気配を消す技術に長けた相手だ。


 しばしの静寂の後、低く落ち着いた声がすぐ近くから聞こえた。


「起きていることはわかっている。起きろ」


 ……ぞわり、と背筋が粟立つ。いつの間に、すぐ傍まで?


 俺は目を閉じたまま心の中で舌打ちする。まるで影のような忍び足だ。


 命令口調に少し反発を覚えたが、ここで意地を張っても仕方ない。

 目を開き、ゆっくりと上体を起こした。


 そこにいたのは、顔も体も暗い布で覆った男だった。布の隙間からは何も見えず、外見からは年齢も種族もわからない。唯一の手掛かりは、その声だ。


「……なんでわかったんです?」


 寝ていないのがどうしてわかったのか、率直に聞いた。


「寝息がしていなかったからだ」


 あまりにも普通の答えに、一瞬拍子抜けする。


 確かに、息遣いを意識して隠していたわけじゃない。これだけ近くまで来られれば、そりゃわかるか……。

 じわりと、恥ずかしさがこみ上げてくる。


『主……?』


 アイレが心配そうに念話を送ってくる。


『今は突っ込まないでくれ』


 そう返すと、余計に顔が熱くなるのを感じた。

 男は、俺の微妙な問いなんて気にも留めず、淡々と話を続けた。


「俺と一緒に来てもらおう」

「……どこに?」

「君が気にする必要はない」


 問答無用、というやつだ。

 その声音に迷いはなく、拒否権など存在しないとでも言いたげだった。


 俺はしばし考えた。

 無理に抵抗しても、ここで揉めれば面倒なことになるだけだ。

 それに、剣も鎧もない今の俺の状態では、たとえ精霊たちが協力してくれたとしても、完全に逃げ切れる保証はない。


 結局、俺は抵抗せず、男に従うことにした。


 意外だったのは、男が俺の剣や鎧を持ってきていたことだ。

 装備を差し出し、「身に着けろ」と指示してくる。


 ……俺が暴れても、制圧できるって自信があるってことか。


 そう考えて、少しムッとする。

 剣を渡すなんて、普通なら危険極まりない行為だ。

 にもかかわらずそうするあたり、よほどの腕か、あるいは強力な魔道具でも持っているのだろう。


『そういえば、カエリ、聞こえるか?』


 鎧の留め具を締めながら、念話でカエリに声をかけた。


『あ、主? 僕はまだ、主とよく一緒にいる女のとこにいるぞ』

『そうか……。一応伝言を頼む。俺はこれからどこかへ連れていかれるらしいって』

『えっ!? 主、大丈夫なのか!? 僕、すぐ帰るぞ!』


 焦ったような声が、頭の中で響く。


『いや、カエリはそのままクェルと一緒にいてくれ。連絡役がいてくれたほうが、良さそうだから』

『……わかった! 僕はこのまま、この女のとこにいるぞ』

『助かる。頼んだ』


 わざと寝ぼけたような仕草で、念話を切った。

 演技なんてお粗末なものだが、相手が見抜いたところで、気づかないふりをしてくれることを祈るしかない。


「用意はできたか? 行くぞ」


 男の声が飛んできた。

 俺は剣帯を腰に巻き、背中を追う。


「ちなみに、ウルズ様はご存知で?」

「……お前には関係ないことだ」

「つまり、知らない、と」


 ほんの僅か、男の肩がぴくりと動いた。

 無言は肯定の証だ。


 やっぱりな。ウルズさん絡みなら、こんな高圧的に、しかも深夜に俺を連れ出すなんてやり方はしないはずだ。


 かといって、反対派の首長たちの差し金だとしても、こんなこそこそとした手段を取るのは妙だ。

 あの権力者たちなら、堂々と命令を突きつけてきてもおかしくない。


 そんな疑問を抱えていると、精霊たちの声が念話で届いた。


『主、この者、魔道具を使って、周囲に音を届かせないようにしていますわ』

『ですねー。なんというか、主の周囲が隔離されている感じですー』

『……ん。特殊な魔道具』


 なるほど、それで周囲に声が漏れないのか。

 そういえば、さっきこの男が近寄ってきたとき、足音すら聞こえなかった。

 どうやら遮音だけじゃなく、気配を抑える効果まであるらしい。


 俺は魔道具の効果を頭に入れつつ、黙ってテントの外へ出た。


 本来なら、入口や階段下には見張りの兵士がいるはずだ。

 だが今は、誰一人として立っていない。


 ……いや、倒れてる?


 よく見れば、兵士が倒れているのが見て取れる。

 呼吸はしているみたいだから、眠っているだけと思いたい。


 どんな手段を使って、この天幕の中まで忍び込んだのか……。


 そう考えながら、俺は月明かりの下を歩かされ、やがて町の外れに出た。


「乗れ」


 男が顎で示した先には、小型の恐竜のような生き物が繋がれた竜車があった。

 馬車と似ているが、窓はなく、厚い板で囲われた木箱のような構造だ。


 俺が中に乗り込むと、外から重たい鍵がかかる音が響いた。


 暗闇。

 揺れる車輪の感触。

 息苦しいほどの閉塞感が、じわじわと胸にのしかかる。


「……まさか、こんな展開になるとはな」


 ぽつりと独り言をこぼす。


『主、どうしますか? どうやらこの馬車にも魔法がかけられています。私たちも閉じ込められていて、出られません』


 アイレの念話が届いた。いつもよりも声が低い。怒気を孕んでいる証拠だ。

 しかしアイレですら外に出ることができない馬車……。試しにカエリに念話をしてみたが、通じなかった。魔法の類が封じられているということなのか……。


『……ひとまず様子見で。でも外に出られないかは色々試してみてくれないか?』

『……わかりましたわ』


 せめて精霊たちでも脱出できれば、打てる手はいくつでも思い浮かぶ。

 無理に脱出する手もあるかもしれない。精霊たちの力を使えば、木箱を破ることくらい容易いだろう。普通の木箱ならの話だが……。

 しかし、相手の実力も目的も分からない状況で動くのは、あまりに危険だ。


 剣を持たされたのも、「持っても構わない」と判断されたからだ。

 つまり、逃げられない算段があるのだろう。


 俺は決断を保留し、板壁にもたれて目を閉じた。

 車輪のガタゴトという振動が、まるで子守歌のように続く。

 これから何が起きるのか……その答えは、しばらくすれば嫌でも分かるだろう。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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