第百五十一話「巨獣の背の上」
感想、誤字報告ありがとうございます!
アクセス数も増え、ランキングにも載るようになってきました。感謝しかありません!
これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします!
「ケイスケです」
名乗ると、男はうなずいた。
「そうか。ケイスケ殿、我々と来てもらいたいが、いいか?」
その物言いに敵意は感じられなかった。命令口調ではなく、あくまで丁寧な依頼といった体をとっている。ただ、兵士たちが俺を囲むように並んでいるせいで、どうにも落ち着かない。
不意に、俺の隣から声があがった。
「えーと、それって今じゃなくちゃダメなの?」
クェルだった。腰に手を当て、あからさまに不満げな顔で衛兵の一団を見回している。その声に、男がクェルの方へと視線を向ける。
「君は?」
「銀級冒険者のクェル。この子の師匠だよ」
にっと笑ってみせたクェルは、どこか挑発的にも見える。けれど、その雰囲気に対しても男は微動だにせず、むしろ冷静にうなずいた。
「……なるほど」
兵士たちは沈黙を守ったまま、ただ俺たちの周囲を取り囲んでいる。槍の穂先がわずかに揺れているのは、風のせいか、それとも俺の神経が過敏になっているせいか。
俺が周囲に目を配っていると、それに気づいたのか、男が一歩、前に出て言った。
「すまないな。周囲の警戒のために人員を配置させてもらった。威嚇するつもりはない」
この男……言葉も行動も、無駄がない。まるで訓練された兵士の中でも、長年現場にいたような雰囲気を持っている。
「お名前、聞いても?」
「ヘクトル。水森の里の衛兵隊長だ」
なるほど、と頷きかけて、ふとクェルと目が合う。彼女は俺に目配せしながら、わずかに首を傾げた。
「で、何の用? この子を連れてってどうする気?」
クェルの問いに、ヘクトルは一拍の間を置いてから答える。
「すまないが、できればこれから我々と来てもらいたい。ケイスケ殿のみで」
にべもないその言葉に、俺は少しだけ目を細めた。「これから」って、つまり、今からってことか?
俺はクェルと目を見合わせる。彼女もまた、眉をひそめていた。
ヘクトルの態度からは、なにかやましいことをしているような雰囲気は感じられない。だが、唐突に今からというのは、どうにも引っかかる。
「どうする? ケイスケ」
そう言って、クェルは俺に判断を委ねる。
俺は少し考えて、やがて口を開いた。
「行ってくるよ」
「……ん、了解」
短いやり取りを交わし、俺はヘクトルに向き直る。
「行きます」
「そうか、感謝する」
その瞬間、兵士たちの動きがわずかに変わった。俺を守るように……いや、囲むように隊列を組み直す。まるで、何か重大な人物を護衛するかのような態勢だった。
「……警戒、厳重すぎませんか?」
思わず口をついて出た言葉に、ヘクトルはわずかに目を細めた。
「……それほどの存在であると、上は判断したのだろうな。私個人の判断ではない」
そう言って、視線を前に向ける。
なるほど。上層部の意向、というわけか。
「危険な場所に行くわけじゃない、ですよね?」
「もちろん。君に危害を加えるつもりはない。ただ、少々話をさせてもらいたいだけだ」
「話……?」
「勿論、私ではない」
ふと後ろを振り返ると、クェルがじっとこちらを見ていた。
彼女はいつものように飄々としていながらも、その目にはどこか憂いがあった。
心配、してくれてるんだな。
俺は小さく手を振ってみせた。彼女は無言で、親指を立てる。その仕草だけで、少しだけ気持ちが軽くなった。
ヘクトルに連れられて向かったのは長い階段だった。
見上げれば、夜空に溶け込むような巨獣の背。そこにしつらえられた巨大なテントのシルエットが、月明かりにぼんやりと浮かんでいる。タラップのような石とも土ともつかない階段には、絨毯が敷かれていて、足元は思ったより柔らかかった。
先頭にはヘクトル、背後にもその部下。逃げ道はない――もっとも、逃げる理由もないのだが。
ただ一つ、どうにも落ち着かない。なんで、俺なんだ……?
俺なんかにここまで厳重な案内はされないはずだ。剣も魔具もすべて預けさせられている。でも取り上げられたわけじゃない。これから会う重要人物にあたり、礼を失せないようにということだ。
脳裏をよぎるのは、あの金色の髪と枝角。――ウルズ・ヒューグルリュン・リリーヒス。玄鹿族の首長。
二度交わした視線は、やけに鮮烈に記憶に刻まれていた。あれは偶然なんかじゃない。
やがて俺たちは、ぶ厚く垂れ下がる布の幕前で足を止めた。扉はなく、まるで儀式でも行うような荘厳な雰囲気が漂っている。兵士の一人が手で布をかき分け、俺に進むよう合図した。
中に入ると、さらに内部にテントが張られていた。いくつかの区画に分かれており、俺はその一つに通された。
中は意外なほど落ち着いた雰囲気だった。木板に絨毯、遊牧民のゲルを思わせる柔らかな照明。巨獣の上とは思えないほど、床の安定感があった。
「ここまでだ。この先に君に会いたいという方がおられる」
ヘクトルは一礼して外に立つ。任務はここまで、ということか。
そして、俺の目に飛び込んできたのは――やはり、あの金髪の女だった。
「ようこそお越しいただきました」
旋律のような声。ウルズ様は、俺を見てすっと立ち上がる。その姿は、まるで別の世界の存在のようだった。
高い。俺の身長の一・五倍……いや、もっとあるかもしれない。細身の体には、女性らしいしなやかさがあった。衣装は白を基調としたシンプルなものだが、素材は明らかに高級品。月の光が絹のように反射している。
そして、その隣には――彼女に瓜二つの男。
「マヌスという」
短髪の彼が名乗った。どこか凛とした雰囲気があり、二人の血縁を否応なく感じさせる。姉弟だろうか。
「そのようなところにお立ちになっていないで、こちらへ」
促された椅子は、竹で編まれたような涼しげなものだった。まるでこちらの緊張を見透かしているかのように、ウルズ様は微笑を浮かべる。
俺は少し躊躇いながらも腰を下ろした。ぎこちない。分かってる。でもどうにも、この状況に慣れそうにない。
「お名前を伺っても?」
「あ……ケイスケといいます、ハイ」
「ケイスケ様ですね。ご存じでいらっしゃるかもしれませんが、ウルズと申します」
「あ、はい」
どうにも緊張してしまって、うまく受け答えができなかった。
「先ずは感謝を」
そう言って、ウルズ様は軽く頭を下げた。
思わず、俺は自分の目を疑った。感謝されるようなこと、した覚えなんて――。
「あ、あの、どういたしまして……?」
情けない声が漏れた。言葉の選び方を間違えた気がする。でも、相手はこの国の預言者とも言われる存在だ。下手な敬語で逆に失礼になっていないか、不安で仕方ない。
「夜分突然、連れてこられて困惑なさっておいででしょう。事情につきましてはご説明いたしますので、ご納得いただけると幸いです」
「いえ……、それについては別にいいんですけど、なんで俺が、その、ウルズ様に呼ばれたんでしょう?」
クスリと、ウルズ様が笑った。
「ウルズ、と。敬称はなくて大丈夫ですよ」
いやいや、それは無理だって。目の前に物腰や佇まいから理解させられるような高貴な人物が座ってるんだぞ。
きっと冗談だ。そう思って俺は曖昧に笑うだけで返事はできなかった。
俺の困惑を知ってか知らずか、ウルズ様は話を続ける。
「ケイスケ様をお呼びした理由について、でございますね。勿論お伝えしなくてはなりません」
そう言った彼女の声には、不思議な響きがあった。どこか哀しみと、覚悟と、慈しみが混ざり合ったような。
俺は背筋を伸ばし、正面から彼女を見つめた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。
ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!
もし「いいな」と思っていただけたら、
お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!
コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、
どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。
これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!