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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」

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第百四十九話「爆足の影を追って」

誤字報告ありがとうございます! 大変助かっています!

 信じられないものを見た。


「……どうやったんだ? 今の」


 空中で、足場もなく軌道を変える。

 まるでアクションゲームの中の動きのようだった。


「ん? 簡単だよ、ケイスケの飛ばしてきた石を踏み場にしただけだよ」


 クェルがさらりとネタ晴らしをして言ってのけるが、意味がまるでわからなかった。

 俺が風魔法で巻き上げた石礫なんて、拳の半分ほどの大きさがあればいい方で、ほとんどは小石や砂だ。その中のどれかを足場にしたって?

 しかも、自分に向かってくる石を?


「それ……マジで言ってる?」

「うん、ほんと。ちょっと重心ずらして、あとは筋力でガッて感じ?」


 クェルは笑顔のまま、さらにこう付け加えた。

 まるっきり脳筋の言い草だ。しかし理論的に言われたところで理解できないだろう。


「ぶっちゃけ、うまくいくかはわからなかったけどね。やってみたらできた! あとは、まあ……ノリ?」


 ノリ、だと……?


 俺は思わず、額に手をやった。

 クェルの明るさに隠れているが、この人はやっぱり――いや、間違いなく本物の化け物だ。

 肉体強化魔法と並外れた戦闘センス、そこに緻密な感覚の操作と即応力。それを、全部楽しげに「できちゃった」みたいな顔でやってのける。


 底が知れない。


「はあ……まいった」

「でもさ、ケイスケの魔法、すっごくいいね! こんなに多様性がある魔法使いなんて、初めてだよ!」


 それは当然だろう。まだまだこの世界のことを詳しく知っているわけじゃないが、魔法適性を持っているだけで持て囃されるこの世界だ。

 俺のように何種類もの魔法を使える魔法使いが多分それなりにいるとは思うが、やはりレアであることは間違いない。

 それは当然クェルも知っているはずだが、俺の非常識加減はクェルも承知していることだ。


「多様性、ねぇ……」


 俺は苦笑した。


「ケイスケのおかしさは私もわかってるから、もう突っ込まないけどね!」

「……なら、お互い様か」

「クスッ……。そうかもね」


 クェルは肩をすくめて、また剣を構えた。


「さ、もう一戦、いこっか? 次は――そっちが空を飛ぶ番だよ!」

「……マジかよ」


 笑っているのは、どちらだ。


 でも、不思議と悪くない気分だった。こんなふうに魔法を全力で使える訓練なんて、今までなかった。力を試せる相手がいる。だからこそ、俺も、もっと上を目指したくなる。


「わかった。いくぞ! 爆足のクェル!」

「はーい! お手柔らかにね、ケイスケ!」


 手合わせはまだ、始まったばかりだった。


 それから何度も俺は転がされた。

 なんとなく追い詰めたような気がしても、クェルは常に俺の上を行く。


「ほらほら、まだまだいくよ?」


 クェルの明るい声が響いた直後、またしても爆発音。土煙と衝撃波を巻き上げながら、彼女は信じられない速度で俺に向かって突っ込んでくる。わずかに目を細めたその一瞬、視界の端に栗色の髪が揺れるのが見えた。


「くっ! 『風壁』!」


 反射的に魔力を練り、風の壁を展開して迎撃する。だが、クェルの動きは俺の予測を遥かに上回っていた。彼女は風の流れを読んだかのようにその壁を避け、空中で僅かに身を翻すと、弾けたように進路を変え、俺の懐に飛び込んできた。


「マジかっ!? 『土壁』!」


 咄嗟に魔力で生成した土の盾を前に構えた。だが、それすらも意味をなさなかった。剣が炸裂するような勢いで叩きつけられ、盾ごと弾かれる。俺の体はよろめき、足を取られて地面に倒れ込んだ。

 次の瞬間、冷たい鉄の感触が額に触れる。見上げれば、クェルの剣が俺の眉間に向けて突き立てられていた。もちろん寸止めだ。だけど、その速度と威力、そして正確さは、実戦だったなら命を落としていてもおかしくない。


「……参った」


 俺は両手を挙げて降参の意を示した。彼女は得意げに鼻を鳴らすと、ぱっと剣を引いて俺に手を差し出してくる。


「いい線いったと思うけどねー? でも最後のは完全に読んでたよ」

「くそっ……あの空中移動さえなければ、もう少し粘れたはずだ」


 悔しさを噛み殺しながら立ち上がる。やっぱりあの空中移動は反則だろ。

 クェルはまるで気にしていない様子で、肩をすくめた。


「うんうん。我ながら結構ものにできてきた気がするよ。でもケイスケの魔法にはほんとに驚かされたし。正面から受けて対処できる人なんて、そうそういないと思うよ?」


 褒めてくれているのは分かる。でも、今はその言葉すら、ほんの少し胸に引っかかった。


「でさ、あれ……最後の。空中で方向変えて突っ込んできたやつ。どうやってやったんだ?」

「あれ? 持ってた石を足場にしたんだよ。ただそれだけ。本当の技には敵わないけどね。真似っこ」


 クェルは屈託なく笑いながら、剣を鞘に収めた。


「私の師匠がやってたの。天瞬のアリオスっていうんだけど、聞いたことない?」

「……天瞬?」

「金級冒険者の一人だよ。私が冒険者になってすぐの頃、一週間だけ教えてもらったの。まぁ、"師匠"っていうにはおこがましいけどね」


 天瞬のアリオス。確か以前、盗賊団「狂犬の牙」の用心棒のマーカーとクェルが戦っていた時に出た名前だった。

 マーカーもクェルと同じような技を使っていた。

 でも空中に足場のないところで踏み込み移動ができたって話は、俄かに信じがたい。


「それ、石とかない空中でもできたってことか?」

「うん。彼は風の魔法を使ってたから、それで自分の体を押し出してる感じかな? 私には無理だけど、真似ぐらいならできるかなーって」


 ふむ……。つまり、風……空気をどうにかして足場にして移動してたのか? 理屈の上では可能かもしれない。だが、空中での姿勢制御やバランスの問題、何より繊細な魔力制御が求められる。俺にできるかどうかは、正直わからない。


 ――だが。


『主にも、できますわ。私が足場を作りさえすれば』


 脳裏に響く声。風の精霊のアイレだ。確かに俺には無理でも、彼女に頼めば空中での足場を一瞬だけ作ることも不可能じゃないかもしれない。


『そうだな。今度試してみたいから、そのときは頼む』

『わかりましたわ!』


 念話でやり取りを交わすと、アイレの声が嬉しそうに弾んだ。


「じゃあ、今の反省を踏まえて、もう一回やるよ!」


 クェルはニカッと笑って構えを取った。


「わかった」


 息を深く吐き、俺も立ち上がる。


 それから再び夜の大地に閃光が走り、魔法と剣戟の音が交錯する。地面が砕け、空気がうねり、砂塵が舞う。技と知恵と反射神経を全力でぶつける。

 気が付けば、時間はとうに深夜を回っていた。



最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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