表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/235

第百四十八話「クェルとの手合わせ」

 夜になってから、俺たちは街の外れに出た。広い場所がほしかった。

 周囲には誰もいない。星明かりの下、風に草がさやめく音だけが響いていた。


「じゃあ、ちょっと手合わせ、しよっか」


 軽い調子でクェルが言った。


「胸を借りるよ」

「えー? ケイスケのエッチ!」


 俺の言葉に、クェルが胸元を隠すような素振りで一歩後ずさる。


「ばっ……!? 違うだろ!?」

「あはは! 冗談だってば! 早速いくよ!」


 冗談だったのかよ! ……と突っ込む間もなく、空気が変わった。いや、空気そのものが締め付けられるように感じた。クェルが腰を落とし、両足に力を込める。そして――。


 爆発。


 クェルの足元が小さく爆ぜたかと思うと、次の瞬間、彼女は俺の眼前にいた。目にも止まらぬ速さというのは、こういうことを言うんだろう。剣を振り抜く音が、空気を裂いた。


「――っ!」


 咄嗟に剣を構えて受け止める。その衝撃で俺の足が地面から離れた。数メートルは飛ばされたと思う。

 地に足がついたと思った瞬間、またクェルの足元が爆ぜる。

 今度は下から、剣を振り上げる形で飛びかかってきた。俺はまた剣で受け、身体ごと宙に浮かされる。


 高さは二メートルもなかったが、空中では踏ん張ることもできない。やばい。やばいやばい。このままじゃやられる。


 俺の脳が必死に危険信号を鳴らす。クェルのやつがこのまま終わるはずがない。

 案の定、次の爆ぜる音。


 視界の端で、クェルが俺の背後に回ったのが分かった。


 背後からの跳躍。


 そして、剣を振りかぶって――。


「マジかよ……っ!」


 悪態をつく暇すらない。空中で、態勢を崩したまま、俺は体を捻って、無理やり剣をクェルの軌道に合わせる。


 ギィンッ!!


 火花と衝撃が同時に生まれた。俺はまたも吹き飛ばされた。地面を転がって、ようやく体勢を立て直す。


「やるじゃん! 今のを防ぐなんて」


 クェルが笑いながら言ったが、俺には素直に喜ぶ余裕はなかった。あの連撃のどれかひとつでも受け損ねていたら、今頃、気絶していたかもしれない。


「全然……だよ」


 息を整えながら、そう返した。

 何もできなかった。受けただけだ。でも、それでも、なんとか凌いだ。


「少しは驚いたか?」

「うん、ちょっとだけね」


 クェルが満足そうに笑う。

 きっと、彼女なりの優しさだったのかもしれない。俺の成長を試してくれたのだ。


「次は、少しでも斬り返せるようになるよ」

「期待してるよ」


 その一言に、また少し、背筋が伸びた。

 世界は広い。強者だらけだ。ライザンやそれに勝った竜人、クェルだって、化け物じみている。


 だけど、諦めたくはなかった。折角、クェルのような才能を持つ冒険者と組ませてもらってるんだ。

 彼女に少しでも追いつきたい。しかしまだまだ剣で追いつくのは無理だった。

 大分、前よりは成長はしたとは、思うんだけど。


 クェルが言った。


「ケイスケは魔法を使ってもいいよ! そのほうが修行になるでしょ!」


 俺は思わず笑ってしまう。言ったな、クェル……魔法を解禁すると決めたからには、こっちも本気でいかせてもらう。


「言ったな? 後悔するなよ!」

「おっ! いいね!」


 クェルはウキウキした様子で、軽く手招きしてきた。剣で空を裂くように振ってみせる。星の光を反射して、刀身がキラリと輝いた。

 俺はすぐに詠唱に入った。まずは牽制のための魔法からだ。


「いくぞ!『火球、火球、火球!』」


 詠唱短縮に登録してある火球魔法を、三連続で放つ。狙いはクェルの胴から下。真正面からの直線軌道。

 当然、クェルなら避けるか、切り払うかしてくるだろう。むしろそれでいい。もとより牽制のための魔法だ。


「よっと!」


 軽い声とともに、クェルは一本目の火球を斜めに跳んで回避。次の瞬間、彼女の長剣が二発目と三発目の火球を同時に斬り払った。火の魔力が裂かれ、周囲に散った火花が閃光となって舞い上がる。


 まあ、当然の結果だ。でもそれでいい。


 クェルの動きを追い、続いて別の魔法を発動する。


『水の精霊よ、大地の聖霊よ、かの場所を泥と化せ! クァグマイア!』


 水と土の精霊を同時に呼び出す複合魔法。足場を崩すにはうってつけだ。

 詠唱の末尾、「かの場所」と指定することで、発動範囲を半径十メートル程度に抑えた。ピンポイントではないが、広すぎても制御が難しい。場所指定の研究の成果を、ここで活かす。


 魔法の効果で、クェルの足元の地面が泥と化し、ぬるりと動いた。


「わわっ!?」


 意表を突かれたクェルの、素の声。油断していたわけではないはずだが、急にぬかるんだ地面に反応が追いつかなかったのか、わずかによろける。


 今だ。


『風の精霊よ、強き突風を起こし、石礫を乗せて打倒せよ。ラファール!』


 続けざまに風属性の魔法を重ねる。魔法名については、ぶっちゃけ適当だ。スマホの辞書アプリで「突風」とか調べたときに拾った外国語だったと思う。ラファール――確かフランス語だったか。


 突風が巻き起こり、足元の小石や泥、枝葉を巻き上げて暴れ狂う。泥沼で動きの鈍ったクェルには、回避が難しいはずだ。

 俺は一歩踏み出し、剣を構えて突進の体勢に入る。魔法で足止めし、隙を生んで、接近戦に持ち込むのが狙いだ。


 だが、爆発音のような轟きが耳を突いた。


「なっ——!?」


 泥が跳ね上がり、破裂するように地面が弾け飛ぶ。同時にクェルの姿が消えた。


 と思った瞬間、視界の上方――。


 いた。クェルが空中にいた。


 高さ三メートル。俺の風魔法の攻撃範囲外。しかも、完全に重力の落下を利用して、俺の位置に向かって落ちてくる。


「なら、やり返す!」


 俺はすぐさまクェルの落下地点に走り込み、剣を構えた。さっきと同じだ。今度は俺が仕掛ける番。彼女が空中で無防備なうちに、背後に回り込もうとする。

 だがその瞬間、再び信じられない現象が起きた。


 クェルが、空中で突如として横に弾けた。


「はあっ!?」


 視線を向けた瞬間、爆発のような風圧が空中に発生し、クェルの身体がまるで跳弾のように横滑りした。空中には何もない。足場もなければ、踏み台もない。

 俺が呆然とする中、クェルは悠々と地面に着地すると、にっこりと笑った。


「残念だったね!」


 ……ちくしょう。どこまで俺を翻弄すれば気が済むんだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ