第百四十八話「クェルとの手合わせ」
夜になってから、俺たちは街の外れに出た。広い場所がほしかった。
周囲には誰もいない。星明かりの下、風に草がさやめく音だけが響いていた。
「じゃあ、ちょっと手合わせ、しよっか」
軽い調子でクェルが言った。
「胸を借りるよ」
「えー? ケイスケのエッチ!」
俺の言葉に、クェルが胸元を隠すような素振りで一歩後ずさる。
「ばっ……!? 違うだろ!?」
「あはは! 冗談だってば! 早速いくよ!」
冗談だったのかよ! ……と突っ込む間もなく、空気が変わった。いや、空気そのものが締め付けられるように感じた。クェルが腰を落とし、両足に力を込める。そして――。
爆発。
クェルの足元が小さく爆ぜたかと思うと、次の瞬間、彼女は俺の眼前にいた。目にも止まらぬ速さというのは、こういうことを言うんだろう。剣を振り抜く音が、空気を裂いた。
「――っ!」
咄嗟に剣を構えて受け止める。その衝撃で俺の足が地面から離れた。数メートルは飛ばされたと思う。
地に足がついたと思った瞬間、またクェルの足元が爆ぜる。
今度は下から、剣を振り上げる形で飛びかかってきた。俺はまた剣で受け、身体ごと宙に浮かされる。
高さは二メートルもなかったが、空中では踏ん張ることもできない。やばい。やばいやばい。このままじゃやられる。
俺の脳が必死に危険信号を鳴らす。クェルのやつがこのまま終わるはずがない。
案の定、次の爆ぜる音。
視界の端で、クェルが俺の背後に回ったのが分かった。
背後からの跳躍。
そして、剣を振りかぶって――。
「マジかよ……っ!」
悪態をつく暇すらない。空中で、態勢を崩したまま、俺は体を捻って、無理やり剣をクェルの軌道に合わせる。
ギィンッ!!
火花と衝撃が同時に生まれた。俺はまたも吹き飛ばされた。地面を転がって、ようやく体勢を立て直す。
「やるじゃん! 今のを防ぐなんて」
クェルが笑いながら言ったが、俺には素直に喜ぶ余裕はなかった。あの連撃のどれかひとつでも受け損ねていたら、今頃、気絶していたかもしれない。
「全然……だよ」
息を整えながら、そう返した。
何もできなかった。受けただけだ。でも、それでも、なんとか凌いだ。
「少しは驚いたか?」
「うん、ちょっとだけね」
クェルが満足そうに笑う。
きっと、彼女なりの優しさだったのかもしれない。俺の成長を試してくれたのだ。
「次は、少しでも斬り返せるようになるよ」
「期待してるよ」
その一言に、また少し、背筋が伸びた。
世界は広い。強者だらけだ。ライザンやそれに勝った竜人、クェルだって、化け物じみている。
だけど、諦めたくはなかった。折角、クェルのような才能を持つ冒険者と組ませてもらってるんだ。
彼女に少しでも追いつきたい。しかしまだまだ剣で追いつくのは無理だった。
大分、前よりは成長はしたとは、思うんだけど。
クェルが言った。
「ケイスケは魔法を使ってもいいよ! そのほうが修行になるでしょ!」
俺は思わず笑ってしまう。言ったな、クェル……魔法を解禁すると決めたからには、こっちも本気でいかせてもらう。
「言ったな? 後悔するなよ!」
「おっ! いいね!」
クェルはウキウキした様子で、軽く手招きしてきた。剣で空を裂くように振ってみせる。星の光を反射して、刀身がキラリと輝いた。
俺はすぐに詠唱に入った。まずは牽制のための魔法からだ。
「いくぞ!『火球、火球、火球!』」
詠唱短縮に登録してある火球魔法を、三連続で放つ。狙いはクェルの胴から下。真正面からの直線軌道。
当然、クェルなら避けるか、切り払うかしてくるだろう。むしろそれでいい。もとより牽制のための魔法だ。
「よっと!」
軽い声とともに、クェルは一本目の火球を斜めに跳んで回避。次の瞬間、彼女の長剣が二発目と三発目の火球を同時に斬り払った。火の魔力が裂かれ、周囲に散った火花が閃光となって舞い上がる。
まあ、当然の結果だ。でもそれでいい。
クェルの動きを追い、続いて別の魔法を発動する。
『水の精霊よ、大地の聖霊よ、かの場所を泥と化せ! クァグマイア!』
水と土の精霊を同時に呼び出す複合魔法。足場を崩すにはうってつけだ。
詠唱の末尾、「かの場所」と指定することで、発動範囲を半径十メートル程度に抑えた。ピンポイントではないが、広すぎても制御が難しい。場所指定の研究の成果を、ここで活かす。
魔法の効果で、クェルの足元の地面が泥と化し、ぬるりと動いた。
「わわっ!?」
意表を突かれたクェルの、素の声。油断していたわけではないはずだが、急にぬかるんだ地面に反応が追いつかなかったのか、わずかによろける。
今だ。
『風の精霊よ、強き突風を起こし、石礫を乗せて打倒せよ。ラファール!』
続けざまに風属性の魔法を重ねる。魔法名については、ぶっちゃけ適当だ。スマホの辞書アプリで「突風」とか調べたときに拾った外国語だったと思う。ラファール――確かフランス語だったか。
突風が巻き起こり、足元の小石や泥、枝葉を巻き上げて暴れ狂う。泥沼で動きの鈍ったクェルには、回避が難しいはずだ。
俺は一歩踏み出し、剣を構えて突進の体勢に入る。魔法で足止めし、隙を生んで、接近戦に持ち込むのが狙いだ。
だが、爆発音のような轟きが耳を突いた。
「なっ——!?」
泥が跳ね上がり、破裂するように地面が弾け飛ぶ。同時にクェルの姿が消えた。
と思った瞬間、視界の上方――。
いた。クェルが空中にいた。
高さ三メートル。俺の風魔法の攻撃範囲外。しかも、完全に重力の落下を利用して、俺の位置に向かって落ちてくる。
「なら、やり返す!」
俺はすぐさまクェルの落下地点に走り込み、剣を構えた。さっきと同じだ。今度は俺が仕掛ける番。彼女が空中で無防備なうちに、背後に回り込もうとする。
だがその瞬間、再び信じられない現象が起きた。
クェルが、空中で突如として横に弾けた。
「はあっ!?」
視線を向けた瞬間、爆発のような風圧が空中に発生し、クェルの身体がまるで跳弾のように横滑りした。空中には何もない。足場もなければ、踏み台もない。
俺が呆然とする中、クェルは悠々と地面に着地すると、にっこりと笑った。
「残念だったね!」
……ちくしょう。どこまで俺を翻弄すれば気が済むんだ。
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