第百四十六話「闘技大会・本戦初日」
闘技大会二日目。本戦初日だ。
朝から町の空気がやけに騒がしくて、宿の窓を開けた瞬間、歓声の余韻が風に乗って耳に届いた。まるで祭りの真っ只中に放り込まれたみたいな高揚感。もっとも、実際これは祭りみたいなもんで、出場者が真剣勝負しているだけに観客の熱の入り方も段違いだ。
今日は本戦の初日。トーナメント形式で、ベスト4までが今日中に決まるらしい。
出場者は8人。今日の試合は一回戦4試合。試合の合間には舞踊やエキシビジョンマッチまで用意されてるとかで、まるまる一日楽しめる構成になっているようだ。
一方、ダッジはというと、もう完全に別のスイッチが入っていた。
「ケイスケ、今日の賭け試合、全勝で当てたらおごれよ?」
「……俺に言われても知らんがな」
「まぁまぁ、夢ぐらい見させろよ」
目の奥にギラギラと欲望の炎が燃え盛っているようだ。
どう見ても賭け事に向いていないタイプだと思うんだが、本人が大人なら口出しする義理もない。バンゴとズートも呆れた顔で後ろからついてきているだけだった。
そして、観客席に到着して間もなく、試合の鐘が鳴り響いた。第一試合が始まる。
対戦カードは、昨日の予選一回戦で見かけたイタチ系獣人の細剣の男と、前回三位の女性戦士キルク。
「あ、あの女の人、前回三位だね! なかなか強そうだよ」
クェルが即座に反応する。ダッジはそれを聞くや否や、すぐさま賭け札を買いに走った。なんでも三位のキルクが圧倒的に人気で、レートは3対50とかなり傾いているらしい。
紹介を聞いてみると、細剣の男はイタチ系の獣人ルグ。体格は小柄で、動きの速さが武器。まるで跳ねるようなステップで相手を翻弄する戦法らしい。
対してキルクの方は熊系の獣人で、腕も脚も分厚く、毛に覆われた巨体をしている。大剣を片手で構え、その切れ味というよりは、力で叩き潰すスタイルだという。
鐘の音が再び響き、試合開始。
最初に動いたのはルグだった。左右にぴょんぴょん跳ねるように動きながら、徐々に間合いを詰めていく。リズムの変化でタイミングを測っているのだろう。
しかしキルクは一切動かない。まるで山のように、どっしりと構えている。
近づいては遠のき、また近づく。そんなことを繰り返しながら、しばらく牽制するような動きをするルグ。
そして、ついにルグが一気に背後を取るように回り込み、刺突を繰り出した――が。
「おっふ……」
俺は思わず声を漏らした。攻撃は、すんでのところでかわされた。キルクが体をわずかにずらしただけで、ルグの細剣は空を切った。次の瞬間、その太い拳が腹に突き刺さる。
ルグの体が大きく吹き飛び、砂塵を巻き上げながら転がる。……あれは痛そうだ。
会場は一気に沸き立った。だが、俺の中には妙な違和感が残った。
……なんか、ちょっとレベルが低くないか?
もちろん、あのキルクの拳は尋常じゃない速度、籠められていた力も相当だったろう。けれど、あれならクェルなら簡単に避けていたはずだし、俺でも防御はできたと思う。いや、思いたい。
腹に一撃を受けたルグは、それ以降の動きが明らかに鈍った。いくつかの攻防を繰り返すが、反撃の機会を掴めないまま、大剣の一撃をもろに受けて沈んだ。
「予想通りだったね」
「やったぜーっ!」
クェルとダッジ、それぞれが別の意味で声を上げた。ダッジの手には握りしめた賭け札。どうやら一戦目は読み通りだったらしい。
「ケイスケ、今の試合見てどう思った?」
クェルが笑いながら訊いてきた。俺は少し迷ったが、正直な感想を口にした。
「……ぶっちゃけ、クェルのがすごいと思った」
「ははっ、さっすがケイスケ! わかってるじゃーん!」
そう言って、クェルは俺の肩を勢いよく叩いた。
あまりに無邪気に笑うもんだから、俺もつられて笑ってしまった。自分を褒められてこんなに喜ぶやつ、他にいるんだろうか。
「次の大会は私も出るからね!」
そう宣言する彼女の目は、真っすぐだった。
ああ、確かに。クェルならきっと、かなり上まで行くだろう。
というか、俺の中ではクェルが誰かに負けるなんて、まだ想像すらつかなかった。
第二回戦が始まった。
円形の闘技場に登場したのは、灰色の毛並みを持つ狼の獣人バルバと、背の高い鹿の獣人ローイだった。どちらも引き締まった体躯をしていて、見るからに戦い慣れている雰囲気を漂わせている。観客たちの熱気がさらに高まり、会場には熱い視線と歓声が飛び交った。
狼のバルバは、素手で構えている。長い爪をわずかに立て、前傾姿勢で低く身構えていた。対する鹿のローイは、長身を活かした伸びやかな構えで、槍を斜めに構えている。静と動。そんな印象を受けた。
「素手の戦士って、珍しいのか?」と、隣のクェルに聞いてみた。
「珍しくないけど、なんで?」
「いや、なんていうか、流派みたいなのはあるのかなって思ってさ」
クェルは肩をすくめた。
「流派? 王国の騎士様の剣の流派みたいなやつ? そんなの、ビサワじゃ聞いたことないなー。あっても、名前付きのが広く知られてるってことは、まずないよ」
俺はなるほどと頷いた。
ここビサワでは、体系立てられた武術の流派は、あまり重視されていないらしい。あるとすれば、どこかの達人に弟子入りして技を盗む、という程度のもの。書物にまとめて代々伝えるような文化は少ないのかもしれない。だから、流派というより「誰々の技」といった個人単位で語られることが多いのだろう。
ちなみに、クェル自身は『天瞬』と呼ばれた金級冒険者から技を習ったことがあるらしい。
「でも……クェルが誰かに習ったって、ちょっと意外かも」
「何よそれ。失礼なやつ~。まあ、その人がすっごく変わった人でさ。『強くなりたいなら教えてやるぞ』って、あたしみたいなのにも手ほどきしてくれたんだよね。珍しいタイプだったんだろうね、今思えば」
クェルが鼻をかきながら笑う。
ふと、視線を再び闘技場に戻すと、バルバが猛然と間合いを詰めようと飛び込んだ。その速度はまさに獣じみており、地を蹴る音すら風にかき消された。
けれど、ローイも一歩も引かない。槍の柄の中央を軸にして、まるで舞うような身のこなしで攻撃をかわし、距離を取り直す。攻撃も防御も紙一重。じりじりと続く攻防の応酬に、観客たちは息を呑んでいた。
見応えのある試合だった。だが俺の目には、どちらの戦いにも“型”がないように見えた。いや、あるのかもしれないが、それは未成熟というか、個々の経験値と身体能力頼りで成立している印象が強かった。
まさに、習うより倣え。誰かの真似から始まり、自己流で極めていったような戦い方だ。
「……ズートは、あの槍の使い手、どう思う?」
試しに同じ槍使いのズートに聞いてみると、彼は少しだけ眉を寄せ、答えた。
「……俺よりは、強い」
思いのほか、素直な返答だった。
「……しかし、単なる技だけなら、俺のほうが上、かもな」
そんなことを言うズートの顔には、驕りではなく冷静な分析が滲んでいた。
「ズートは、どこかで槍を習ったのか?」
俺の問いに、彼は一瞬だけ視線を逸らした。言いたくなさそうにしていたが、代わりにバンゴが大声で割り込んできた。
「ズートはなあ! 昔、『閃孔』っていうすげー槍使いに教わったことがあるんだぜ!」
「閃孔……?」
「知らねえのか? 金級冒険者だった伝説の槍使いだ。もう何年も前に死んじまったけどな。突きの速度が雷を超えるって噂されてた。ズートはその一番弟子だったんだよ!」
なるほど。名前からして、“閃き”の“孔”……つまり突きの達人ってことか。
「……それほどじゃない」と、ズートはぽつりと呟いた。「そのときの他が、劣っていただけだ」
自分の実力をあまり誇らないあたり、彼らしい。
たしかに、ズートの槍さばきは見ていて飽きない。単調ではなく、流れるように多彩な技を繰り出し、タイミングや間合いの調整も抜群。武器を操る“術”としての完成度は、群を抜いていると思う。
ただ、ズートは肉体強化魔法――ドーピーがあまり得意ではない。
彼の戦いは、ドーピーを使っている相手と比べると、やはり不利な面がある。力、速さ、反応速度。どれも基本スペックで差をつけられると、いくら技が冴えていても厳しくなる。
それでも、もしクェルがドーピーを封じた状態で戦ったら、ズートは互角以上の勝負ができるんじゃないかと思えるくらいだ。
「もっと鍛えなさいよ。あんた、割といいもん持ってんだからさ」
クェルは当然のようにズートを褒めるが、本人はぶっきらぼうに返す。
「……俺はこのままでいい」
その言葉には、投げやりでも諦めでもない、ひとつの確信のようなものがあった。
たぶん彼にとって、強さとは手段であって、目的ではないのだ。必要なときに、必要なだけの力があれば、それでいいと考えているのかもしれない。
もちろん、ドーピーを鍛えるには、日々の地味な修練が必要だ。魔力の制御、体への負荷。それは華やかな冒険の裏で積み上げる、血と汗の結晶だ。ズートは、そういった方向の努力にはあまり興味がないのだろう。
俺は、彼のそういうところも嫌いじゃない。
どれだけ強くても、何を失っても、誇りだけは捨てない。そんな戦い方もあるんだと、彼から教わった気がした。
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