第百四十五話「酒場で」
なんだか急にランキング入りしていて、本当びっくりしてます。
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「かんぱーい!」
夜の酒場に、木のジョッキがぶつかり合う軽快な音が響いた。
広間いっぱいに笑い声が渦巻き、焼き肉の煙が立ち込め、甘い果実酒や香辛料の匂いが入り混じる。長い木のテーブルの上には、山盛りの串焼き、香ばしいパン、ぐつぐつ煮えたシチューが次々と並べられていく。給仕の娘たちが忙しく駆け回り、誰かが大声で歌い出せば、別の席からすかさず野次が飛ぶ。まさにお祭りの二次会だ。
「いやあ、最後の試合は盛り上がったな!」
「まさか、あんな土壇場から逆転とはな。俺、完全に財布の口開けてたぜ」
「……地形の使い方、見事だった。真似、したい」
バンゴが低くうなり、ズートは鶏の骨をしゃぶりながら力強く頷く。骨の先から肉を器用に引きちぎる様子は、もはや小動物じみている。
というかズート、酒が入っているからかいつもよりも喋っている。
「おいズート、骨までいく気か?」
「……うまい。まだ味、ある」
「あるかよ! ったく野生児かよ」
笑いながら俺もジョッキを傾ける。
今夜の肴はもちろん、昼間に行われた闘技大会の予選だ。
最初は「乱戦ってなんだ?」と首を傾げていた俺たちも、数試合で観戦のコツをつかみ、後半は完全に観客の一部となっていた。途中からは「誰が勝ち抜けるか」を当てる小さな賭けを始め、酒を賭け、串焼きを賭け……気がつけば夢中になって叫んでいたのだから、我ながらチョロい。
「私はやっぱりアレかなー。あの狼の獣人。今日の予選じゃ一番だったと思うんだよねー」
クェルが、鶏の串を片手にひらひらさせながら言う。口元にはタレが少し光っている。
「おい、タレついてるぞ」
「ん? あ、ほんとだ。誰か舐めて?」
「自分で拭け!」
俺が慌てて布を投げると、クェルはくすくす笑いながらそれで口元をぬぐった。
「おっ、出たなクェル予想。お前の勘は外れねえからな……明日は俺、本気で賭けるぞ!」
「……賛成」
バンゴとズートが同時に乗っかる。二人の目はもう、明日の大勝ちに向けてギラついていた。
ちなみにクェルが推した狼の獣人は、拳だけで嵐のような連撃を繰り出し、相手を押し切った猛者だ。会場全体が唸るほどの迫力で、確かに大本命。
「ちなみにリームさん、明日は?」
俺は隣で上品にワインを口にしていたリームに振った。
「もちろん行くよ。ナルメルと一緒にな。商談の合間だがね」
リームは柔らかく笑った。どこか余裕のあるその仕草に、バンゴがすかさず乗る。
「さっすが旦那! 観戦席も頼りになるなあ!」
「入場券は全日分、皆の分も用意してある。遠慮なく使ってくれ。ただし……」
「ただし?」
「明日からは一般席だ。特別席は今日だけのご厚意だからね」
「十分だぜ! ありがてえ!」
俺たちのテーブルには次々と料理が運ばれてくる。香ばしい羊の丸焼き、湯気を立てるシチュー、山盛りの黒パン。酒瓶は尽きることなく補充され、雰囲気はまさに「大宴会」だ。
……だが、その輪の中でひとりだけ、酒も料理も手をつけない男がいた。
ダッジだ。
「……絶対に、明日は勝ってやる! 絶対だ!」
ひとりごとのように呟くその顔は、真剣そのもの。まるで悪霊でも取り憑いたかのような気迫だ。
「勝つって言っても、あんたが大会に出るわけじゃないでしょうに」
クェルが串をくるくる回しながら呆れた声をあげる。
「そうだぜ。まあ、明日は気楽に楽しもうや」
バンゴも笑うが、ダッジにはまったく届いていない。
「いや……俺は明日、俺の全てを賭ける!」
「全て!? 命とか魂とかも入ってんの!?」
「財布なら貸さねーぞ」
俺とクェルが同時に突っ込むが、彼は聞く耳を持たない。
「だからクェル!」
突然、ダッジが身を乗り出し、クェルの目を射抜いた。
「およ? 私?」
「頼む! 協力してくれ!」
ガバッと頭を下げる。テーブルに額をぶつけるほどの勢いだ。酒瓶がカタカタ揺れる。
「……えー?」
クェルは思わせぶりに眉をひそめた。俺にはわかる。あれは断るつもりじゃない、観客を煽るときの“演技”だ。
「しょうがないなあ。いいよ」
「ほ、ほんとか!?」
「うん。ただし――」
その瞬間、笑いと音楽で満ちた酒場の空気が、ほんの一瞬、凍りついたように感じた。
「いつになるかはわかんないけど。ビサワのクミルヒース奪還作戦。そのときは協力してよ」
クェルの声は普段と変わらず軽やかだったが、その奥には重みがあった。
ダッジは一瞬目を細め、何かを見極めようとしたが、すぐに頷いた。
「あんた、冒険者仲間多いんでしょ? そっちにも声かけといて。それが条件」
「……そんなんでいいのか?」
「うん、それでいい」
クェルは肩をすくめて、また串をかじった。だが俺にはわかった。あれはただの思いつきなんかじゃない。ウルズ様の言葉が、彼女の中で確かに何かを変えている。
「でも、勝てる保証はないからね! そこは責任取らないよ!」
「そんなのわかってるさ!」
ダッジが肩の力を抜き、照れたように笑う。そのやり取りに、俺は思わず呟いていた。
「……あんたらしいな、クェル」
「ん? なんか言った?」
「いや、なんでも」
「ふふーん? 感謝するなら今のうちよ?」
「ははは! 何にだよ?」
胸を張るクェルに、俺たちはつい吹き出した。
酒場の明かりは暖かく、笑い声は尽きない。
未来への不安も、希望も、酔いと共にテーブルに混ざり合っていた。
こうして夜は更けていく。
それぞれが胸に小さな思いを抱きながら――明日もまた、闘技大会の幕が上がるのだ。
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