第百四十四話「乱戦予選と、敗者の叫び」
ざわついた会場の空気は、まるで収まる気配がなかった。
観客席はギュウギュウ詰めで、興奮と混乱が入り混じったような喧騒が絶えず響いている。そんな中、広場の中央に立った角の生えた獣人が、マイクのような音具を通じて大声を張り上げた。
「それでは! 本日から始まりますは、闘技大会予選! ルールは……乱戦!! そう! 五十人が一度にぶつかり合う、バトルロイヤルだ!!」
「……何が何やらわからないな……」
俺の隣で、リームさんがぼそりと呟いた。まったくだ。三百人を超える参加者を一気に捌く手段がコレとは、豪快というか、無茶というか。
中央の闘技場には、剣や槍を携えた冒険者たちがすでに待機していた。各々が開始位置を勝手に決めていいのか、ばらばらに散って陣取っている。重装備の騎士風の者もいれば、布切れ一枚で軽快さを重視した盗賊風の者もいる。中には場違いなほどおどおどしている者も混じっていて、観客からは早くも「おいおい、あれ本当に戦士かよ」と笑いが飛んでいた。
「んー……、あの岩のあたりにいる斧持ちの大男と、柱の上に陣取ってる細剣の男は、勝ち残りそうかな?」
クェルが鋭く指差した。あの大男……全身を筋肉で包んだ巨漢。どこかバンゴを思わせる体格だ。武器は巨大な戦斧。振り下ろされたら盾ごと粉砕されそうだ。
対する細剣の男は、まるで獣のような動きで柱の上に軽々と跳ね上がっていた。黒い外套を羽織り、顔は隠れてよく見えないが、目だけが妙に鋭く、冷徹さを物語っていた。
「ケイスケは、どいつか注目する選手はいないの?」
「……多すぎてよくわからないよ。強いて言えば、あそこの腰の曲がった角生えた爺さん。なんか、気になるかな」
俺の視線の先にいるのは、長い槍を杖のようにして佇む、爺さん。
創作ものだと、ああいうのが逆にかなりの実力者で、ダークホースだったりする。
とはいえ、俺が気になったのは、少し震えているような様子で、普通に体調とかが心配になっただけなんだが……。
試合開始の合図とともに、五十人の戦士たちが一斉にぶつかり合った。
金属音、叫び声、爆発、炎――混沌。
誰がどこにいるのかまったくわからない。観客席でも「おぉ!」だの「うわぁ!」だの悲鳴や歓声が上がりっぱなしだった。
共闘して袋叩きにしたり、逆に撥ね退けて数人を倒したり、はたまた相打ちになっていたり、闘技場の中でいくつもの戦闘が繰り広げられている。
そんな中、冷静な目で戦場を見渡していたのは、クェルだけだった。
倒された選手はすぐさま係員に回収されていく。
相手を殺すことは禁止されているが、当たり所が悪ければ死ぬこともある。動けないものは優先して治療を施してもらえるようになっているらしい。
「やっぱりあの二人が残ったね」
クェルが言った通り、最終的に生き残ったのは、大男と細剣の男。血まみれで立つ二人の姿に、観客席からも拍手と歓声が飛び交う。
ちなみに俺が気になっていた老人の選手は、開始早々に倒されてしまっている。見た目通りの実力だったようだ。
「どっちが勝つかな……」
「なあケイスケ、賭けようぜ!」
ふと、隣のダッジがずいと身を乗り出してきた。
「……えぇ? 賭け?」
「今夜の酒を賭けようって話さ! 勝つのはどっちか。俺は大男に賭ける!」
なるほど、その程度の賭けなら別に乗ってもいいだろう。同じ選手に賭けても面白くない。
「じゃあ俺は細剣のほうですかね。で、酒一杯? それとも――」
「そりゃあ、今夜の酒代全額だろ? 負けたやつが全員分奢りってことで!」
「えぇ……。話が急すぎるし、ちょっと額も心配なんで……全部の予選で勝ちが多かったほうが支払免除ってのは?」
「ちっ、仕方ねぇな。それで手を打つか」
「おいダッジ、俺たちも参加させろよ」
割り込んできたのは、言うまでもなくバンゴ。隣にいたズートも、無言のまま手を挙げて参加意思を示している。
「じゃあ私も参加しようかな。ただ見てるのも暇だしね」
おいおい、クェルまでかよ。そう思ったときには、もう彼女は腕を組んで観戦体勢に入っていた。
「おっ! ノリがいいな! 歓迎だぜ!」
ダッジは嬉しそうに手を叩いた。こうして、予選の行方に一喜一憂する内輪の賭けがはじまった。
結果はというと――。
「……クェルの一人勝ちか」
予選六戦すべての勝者を当てたのは、なんとクェル一人。俺は三勝、バンゴとズートが二勝、そして最下位は言い出しっぺのダッジ。一勝も当てられなかった。
「……こんな、こんなはずじゃ……!」
ダッジは肩を落とし、地面に座り込んでいた。周囲の笑い声にも反応できないほど、ショックを受けている。
「認めねえ……! 俺は認めねえぞ……!」
ぶつぶつ呟くダッジに、俺は苦笑いするしかなかった。
「認めねえって言ってもなあ……」
「……認めろ」
バンゴの言葉が鋭く突き刺さる。ズートは腕を組んで頷くだけだった。
ちなみに初戦を勝ち抜いたのは、俺が賭けていた細剣の男。柱の上からの奇襲と、見事な体術で大男の腹を突いた一撃は、もはや芸術だった。
バンゴが腕を組みながら、ふんと鼻を鳴らす。
「見た目じゃわからねえもんだな。ま、あの身軽さは悪くねえ」
「さて、明日からは本戦ですね」
六回の予選で勝ち残った六名。残りの二人は、前回の大会で二位と三位に入った者らしい。つまり、計八名での本戦トーナメントというわけだ。
どんな試合が繰り広げられるのだろう。
ウルズ様の、あの宣言があった以上、少なくとも本線出場者達は奪還作戦の主戦力となるはずだ。
「……ちくしょうめー!」
ダッジの大きな叫びが、会場の喧騒に紛れて消えていく。
本気で項垂れる彼の背中を見つつ、俺は明日の試合の行方に思いを馳せるのだった。
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