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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」
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第百四十話「白い魔石」

 空の上から見下ろす風景は、地上にいたときとはまるで違って見える。

 灰色の空。揺れる瘴気の膜。その下に、蠢くグレイアームズが三体。


「ちょっと違うか……?」


 ――グレイアームズ、よりは小さい。


 レガスの背に乗った俺は、目を細めてそれらを見つめた。確かに、さっきまで俺たちが滞在していた場所に、得体の知れない肉の塊のようなものが三体、蠢いている。


 それが第一印象だった。全長は二メートルもない。形は……肉塊に足が二本、ぶっ刺さっているだけのような異形。腕も頭もない。胴体の正面が不自然に割れていて、まるで口のように開いたその内部には、ぎっしりと歯が並んでいる。見ただけで生理的な嫌悪感がぞわりと背を這った。


『主、魔物で間違いありませんわ』


 アイレの念話が頭に響く。俺は短く頷いた。


「だよな」


 あんな生物がいてたまるか。そう思うが、ここは異世界だから否定もしにくい。


「けど……なんで急に?」


 このあたりは結界に守られていたはずだ。グレイアームズだって、結界の外に出てきた。こんなタイミングで三体も現れるなんて偶然にしては出来すぎている。


『恐らくですが、あれくらい小さい魔物ですと、結界のすき間をすり抜けてしまうのでは?』

「……そんな話、あったな」


 以前、どこかで聞いたことがある気がする。小型の魔物なら結界を完全には防げないこともある、という話だ。


 だけどそもそもの原因は。


「……瘴気を浄化したから、か?」


 ふと思い至る。さっき、俺は末端の瘴気を浄化した。あの行為が、何か“引き金”になった可能性はある。瘴気に繋がれていた魔物たちが、浄化によって何かを察知したとか……。


「……じゃあ、浄化するたびに、魔物が現れるのか?」


 にわかには信じがたいが、可能性としては無視できない。もしそうだとしたら、これから瘴気を消すたびに魔物との戦いになるかもしれない。


『主。主の浄化の魔法を、あの魔物どもに当ててみては?』


 アイレの提案に、俺は小さく頷いた。


「なるほどな。瘴気の原因が魔物自身だとすれば、『浄化』で弱らせられるかもしれない」


 手応えを探るいい機会だ。やってみる価値はある。


「レガス、もう少し低く飛んで、魔物に近づいてくれ!」

『ワカッタ!』


 レガスが軽く声を返し、旋回しながら高度を落としていく。風が顔を打ち、マントがばたつく。俺はしっかりとレガスの首の根元にしがみつきながら、魔物たちに狙いを定めた。


『浄化!』


 右手から放たれた光の帯が、魔物の一体に直撃した。途端に、魔物がけたたましい甲高い音をあげた。言葉では表せない、耳障りなノイズのような声だった。


「――ッ!? ――ッ!?」


 苦しんでいるのは明らかだった。魔物は地面に転がり、二本の足をバタバタと暴れさせる。体からは白い湯気のようなものが立ち昇っていた。


「……効いてる、な」


 ぐるりと旋回しながら、その様子を注視する。やがて、光に包まれた魔物は動かなくなった。魔法を当てていた時間は、だいたい十秒程度。これだけで無力化できるなら、『浄化』はかなり強力な対魔物兵器になりそうだ。


「次だ」


 狙いを変えて、残りの二体に意識を向ける――が、すでにそいつらは走り出していた。どちらも同じ方向へ、足並みをそろえて駆けていく。


「……逃げてる?」


 その進行方向を見て、胸がざわつく。


「瘴気の、濃い方へ向かってる……」


 つまり、結界の内側、瘴気がまだ満ちている領域へ。まるで、そこに逃げ込めば安全だと知っているかのように、一直線に。


「レガス、頼む!」

『ワカッタ!』


 俺の言葉に応え、レガスが俺を乗せて魔物を追いかける。

 足は意外なほどに速い。だが、いかに地を這う速度があろうと、空を飛ぶレガスには遠く及ばない。上空からの視認と移動の優位性、それに俺の持つ魔法があれば、ほぼ確実に仕留められる。


『浄化』


 そのひとことで魔法は発動する。手のひらから光が迸る。それは一直線に灰色の魔物に向かって伸び、瞬く間にその体を包み込んだ。

 その瞬間、魔物の動きが止まり、無数の腕がバタついた。まるで虫が仰向けにひっくり返ってもがいているようで、強烈な嫌悪感が胸を走る。


「……倒せた、のか?」


 地上に降り立ち、慎重に近づいていく。そこには、先ほどまで確かに存在していたはずの魔物の姿はなく、残されていたのは――魔石だった。


「……あれ? 白い?」


 手に取った魔石は、俺の知っているものとは明らかに違っていた。色は灰色ではなく、乳白色に濁った透明。まるで雲が閉じ込められた水晶のようだった。

 試しに、先に倒した二体の魔物の残骸を確認しに行く。……やはり、残されていた魔石は同じ色。白く濁った、透き通るような魔石だ。


「魔物の魔石って、灰色じゃなかったのか……?」


 俺の使った浄化魔法が影響しているのか、それとも、この魔物たちが元々こういう性質なのか。情報が足りなさすぎる。


「……検証、だな!」


 思わず口元が緩んだ。今までなら、ただの魔物退治で終わっていた。だが今の俺には「浄化」という独自の魔法がある。危険が少なく、倒せる相手と分かった以上、今後の研究素材として申し分ない。

 ひとまずは情報を整理したり、落ち着きたいと思った俺は、今日の検証はもう終わらせることにした。

 レガスの背に再び乗り、俺たちはヴァイファブールへと戻った。




「えっ、もう瘴気なくなったって? ほんとに?」


 クェルが訝しげな目を向けてくる。そりゃあ、そうもなるだろう。あの瘴気地帯が消えるなんて、普通なら信じられない。


「ああ、あの池周辺にもう瘴気はないぞ」

「って、まあケイスケのすることだしね! それもありか!」


 彼女はすぐに目を細めて笑ってみせる。信じてくれているのか、呆れているのか、その両方か。俺としては納得してもらえたなら、それでいい。


「でも、報告したいことがある」


 そう切り出すと、クェルの表情が少し引き締まる。


「瘴気が消えたから、別の場所で検証してみた。そしたら……ものすごく濃い瘴気の渦を見つけた」

「……まさか。行ったの? クミルヒースに」


 その言葉に、俺は少し眉をひそめる。


「それがクミルヒースかどうかはわからない。けど、空から見た感じ、間違いないんじゃないかと思う」

「……そう。……そっか」


 クェルの声がわずかに沈む。


「結界も見てきた。外にまで瘴気が溢れてた。そして少しだけ瘴気を消してみたら、そこに三体の魔物が出てきた」

「瘴気を消したら、魔物が来たんだ?」

「ああ。因果関係ははっきりしないけどな。もう少し試してみようと思う」


 俺の報告を聞いたクェルは、腕を組んでうーんと唸った。そして視線を机の上へと移す。

 そこには、例の三つの魔石――白く濁った魔石が転がっている。


「この魔石が、その魔物の?」

「ああ。これも気になる点だ。普通、魔物の魔石は灰色なはずだろ?」

「うん、そうだね。でもこれ、なんか……綺麗」


 クェルが一つを手に取り、窓から差し込む光に透かして見ている。その顔がほんの少し柔らかくなったのが、なんとなく印象的だった。


「検証が必要だってことは……つまり、これからまた突撃するつもりってこと?」

「ああ、予定ではな」


 俺の言葉に、クェルはため息まじりに笑った。そして、少し間を置いてから真顔になる。


「ケイスケ、ほんとありがたいんだけどさ。本当に、ありがたいんだよ? だけどね」

「……どうした?」

「順調すぎて、怖いんだよ。……なんていうか、落とし穴がありそうでさ」


 その言葉に、俺は言葉を失った。クェルの、素直な不安が、意外と深く胸に染みた。


「……そう、か」


 思い返せば、瘴気の浄化――クミルヒースを取り戻すことは、クェルの悲願だ。それが急に瘴気を消す手段が見つかって、俺はその地で魔物も難なく倒すことができるときた。


「まあ、確かに順調すぎるかもな。……でも、だからこそ慎重にやるよ。検証だって、段階を踏んでいく」

「それならいいけどさ」


 クェルは頬を指で軽く掻きながら、笑う。だがその笑みはどこかぎこちない。


「ねえ、ケイスケ。あの瘴気の渦、次は、私も一緒に行っていい?」

「……いいのか? 危険だぞ」

「それでも。ケイスケ一人で何でもかんでもやっちゃうの、見てるとちょっと不安なんだよ」


 クェルの目はまっすぐだった。ふざけた口調もなければ、からかいもない。真剣に、俺を案じてくれているのが伝わってきた。


「わかった。次は、一緒に行こう」

「よしっ!」


 クェルは笑顔を取り戻し、机に肘をついて魔石を指先で弾いた。


「それにしても……白い魔石、か。なんだか、不気味なような、綺麗なような」

「不思議なもんだよな。俺も、まだ何かが見落とされてる気がする」

「気をつけていこうね。順調な時ほど、足元をすくわれるから」

「肝に銘じておくよ」


 白い魔石が、静かに光を返した。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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