表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

139/236

第百三十九話「瘴気の大地」

 宿に戻ると、食堂の隅の席で見覚えのある小柄な背中が動いた。


「お、ケイスケお帰りー!」

「ケイスケも何か食べるか?」


 声をかけてきたのは、当然のようにクェルとリームさんだった。テーブルの上には香ばしい匂いを漂わせる肉料理が残り少なく盛られている。どうやら俺が帰る少し前に注文していたらしい。


「いや、さっき鹿肉食べたばっかでな。飲み物だけもらうよ」


 そう言って注文を済ませ、席の端に腰掛ける。クェルはナイフとフォークを手早く動かして残った肉を平らげていった。リームさんも一息ついた様子で、満足げに器を下げる。

 それからしばらくして、部屋に戻った俺とクェルは、いつものようにささいなことを話し合っていた。疲れもあって、こんな何気ない時間が妙に心地良い。


「ねえ、浄化の魔法、あれってもっと改良できたりするの?」


 クェルがそう聞いてきたのは、唐突でもあり、どこか当然のようでもあった。


「できると思う」


 俺は率直に答える。クェルの目が見開かれた。


「ほんとに!? あれ以上に?」


 その驚きように、少しばかり罪悪感を覚える。というのも、あの浄化魔法、実のところけっこう適当に組んだものだった。詠唱も、組み立ても、思いついたまま日本語でやったに過ぎない。

 でも、その「日本語」でというのが、この世界ではチートみたいなもので。単語の組み合わせで複雑な魔法効果を生み出せるとなれば、元エンジニアの俺にとっては、魔法がまるでコードみたいに見えてくる。


「少なくとも、今日は範囲と早さの調整はできた。だから、たぶんもっといける」

「……すごいよ、ケイスケ。私、ケイスケと会えて本当に良かったよ」


 その言葉に、一瞬息が詰まった。正面からそんなふうに感謝されるのは、どうも照れ臭い。


「喜ぶのは、瘴気が完全になくなってからにしてくれよ」


 それが俺なりの照れ隠しだった。けれど、クェルはにっこりと笑って「うん」とだけ答えた。


 それからの一週間、俺はひたすら魔法の調整と実験に勤しみ、クェルはリームさんの護衛役に徹していた。毎晩宿に戻っては、少しだけ言葉を交わす。そして翌朝には、またそれぞれの役割をこなす日々が続いた。

 ちなみに、ダッジたちはというと……連日、町で遊び歩いていたらしい。クェルが「ちょっとは仕事しろよ!」と苦言を呈したそうだが、彼らにとっては馬耳東風。

 リームさん自身が「自由にしていい」と言っていたのだから、彼らを咎めることもできない。


 そういえば何日か前、ダッジとばったり会ったときに、ヴァイファブールの夜遊びスポットについて熱く語られたのを思い出す。


 要は、酒と女。

 中でも、獣人の女性がたまらないらしい。


「甘えてくる仕草が最高なんだよな~」なんて、バンゴがにやつきながら言っていたが、隣にクェルがいたので俺は笑って流すしかなかった。


 とはいえ、ちょっと気になる。飲みながら女性を選ぶとか、完全に夜の接待システムじゃないか。


 ……気になる。

 だが今は、それどころじゃない。


「集中だ、集中」


 そう自分に言い聞かせて、魔法の調整に戻る。


 そしてついに、一週間後。


『ケイスケ、モウショウキ、ナイ』


 レガスの低い声が頭の中に響いた。

 俺も周囲を見渡して確認する。


「だなあ……」


 グレイアームズが残していった瘴気は、完全に浄化された。改良を重ねた魔法は、『浄化』の一言で発動できるようにしてあるが、範囲も効果も格段に向上していた。

 ただ、そのおかげで……この先実験がもうできない。瘴気がないのだから、試しようがないのだ。


 瘴気なんてないほうがいいのだが、魔法はまだまだ改良の余地があると思っている。

 ここで中止になんてしたくはなかった。


「なあ、レガス。この辺で、瘴気が濃い場所って、他に知らないか?」


 俺がそう尋ねると、レガスは即答した。


『アル! メチャクチャコイバショ!』


 どうやら飛竜の目から見ても、はっきりわかるほど強烈らしい。空にまで立ち昇るような瘴気の柱。レガスたちは本能的に近づこうとしないらしいが、逆に言えば、そこには強力な「瘴気の源」があるということ。


「そこまで案内してくれるか?」

『オレ、トモダチ、ツレテク! スグニゲル、デキルヨウニ』

「頼む」


 レガスの背に乗って、高空から地上を見下ろす。


 目に飛び込んできたのは、地表を這うように渦巻く紫色の靄だった。いや、靄なんて穏やかなものじゃない。まるで病に蝕まれた臓腑のように、どろりとした瘴気が荒野に満ちている。そこだけが、世界から切り離されたように異様だった。


「……一目でわかるな。異常な場所だって」

『ウン……ココ、チカヅク、アブナイ』


 瘴気は風に流されることなく地に溜まり、沼のように濃縮していた。空気がねばついているような錯覚さえある。

 ひとつの都市どころじゃない。範囲は見渡す限りといった範囲で、どれだけの面積が包まれているのか見当もつかない


「なんで……こんなことに?」


 つぶやいた言葉に、レガスが答える。


『ワカラナイ! デモ、マモノイッパイデテキタ!』


 魔物が大量に出てきた――あのグレイアームズみたいなのが、大量にか。


 喉の奥がじわりと渇く。あの忌まわしい魔物が何体もいるなんて、考えただけで背筋が冷える。だが、怯えている場合じゃない。これは一筋縄ではいかない。瘴気をただ浄化するだけでは、根本的な解決にはならないだろう。原因となる「何か」を取り除かない限り、また同じように瘴気は生まれ、魔物が湧いてくる。


 周囲を見渡す。枯れ果てた荒野。木一本、草一本、生えていない。


 ……命の気配がない。


 地表には無数のひび割れが走り、まるで大地自体が呻いているようだった。荒廃ではなく、死を感じさせる土地だ。


「……ん?」


 その中に、奇妙な構造物が見えた。ぼんやりと、結界のような膜が地上を覆っている。


「あれ、幕のようなものが見えるな……?」

『アレ、ケッカイ! ニンゲン、ツクッタ!』


 やはりそうか。結界だ。人為的な力で、この場所を封じているのだ。瘴気を封じるためか、それとも中から出てくる魔物を閉じ込めておくためか。


「……もしかして、これがクェルの……」


 そう、クェルが話していた。自分の故郷を滅ぼしたスタンピード。その元となるダンジョンがあると。それを封じた土地があると。

 この瘴気、この結界、この荒廃。

 すべてが繋がった。


「これが……クェルの故郷の成れの果て……」


 レガスはかなり高い場所まで飛んで旋回しながら、結界の中心を見せてくれた。視界の奥、紫色の渦の中心には、何かがある――そう直感した。肉眼では見えなかったが、あそこに原因がある。

 アイレが絶妙な風のバリアを張ってくれているおかげで、高空でも冷たい突風に晒されることはない。精霊たちの力があってこそ、ここまで来られたのだと痛感する。


「レガス、端のほうでいい。瘴気の薄いところに降りれるか?」

『ワカッタ』


 レガスは翼をはためかせ、高度を下げていく。結界から離れた場所――それでも、紫の瘴気は地面を這いながら外へと漏れ出していた。

 まるで、生き物が地を這うように。嫌悪感を催す動きで、瘴気は蠢いている。


「……これは……気色悪いな」


 俺は手を前にかざし、魔力を込めた。


『――浄化』


 掌から放たれるのは、円錐状に広がるスポットライトのような光。精霊たちの助言を元に改良した、俺の魔法だ。魔力効率と照射範囲を両立させ、瘴気に対する浄化力を強化してある。

 光に照らされた瘴気は、ひとつ、またひとつと音もなく消えていく。足元を這っていた瘴気も、スーッと引くように消失した。


「……だが、焼け石に水だな。広すぎる」


 今いるのは、瘴気の末端。それでもこれだけの濃度があるということは、中心は……まさに地獄のような状態だろう。

 浄化だけでどうにかなる相手じゃない。根本を断たなければ、瘴気は何度でも生まれる。俺の魔法だけでは足りない。


 そのときだった。


『ケイスケ、ナニカクル!』


 レガスの警告と同時に、俺は顔を上げた。

 結界の内側。紫の霧の中を、何かが蠢いている――いや、歩いてくる。

 灰色の塊。腕。無数の、形も大きさも異なる腕がのたうち回っている。


 ――グレイアームズ。


 しかも、三体だ。


「っ、レガス、飛ぶぞ!」

『ノルッ!』


 俺はレガスの背に跳び乗った。瞬間、レガスは地を蹴り、大空へと飛翔する。風が唸りを上げて吹き抜ける中、振り返ると、グレイアームズたちがこちらを見上げていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ