表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/235

第百三十五話「灰色の魔石」

 グレイアームズは地面にべったりと張りついたような形を保ったまま、かすかに身じろぎしていた。濁った灰色の肌がぬらりと光り、うねうねとした動きが妙に不気味だ。森の奥からの微かな風が、湿った土と焦げた草の匂いを運んできた。


「……クェル、俺が魔法で攻撃してみてもいいか?」


 息を吐きながらそう告げると、クェルは片眉を上げ、口元だけで笑った。


「うん。それをケイスケに言おうと思ってたんだ。やってみてよ」


 彼女は足を引き、剣を構えたまま俺に正面を譲る。油断のないその視線は、獲物から一瞬も離れない。


「了解」


 火球の魔法を展開し、標的めがけて放つ。グレイアームズの表面に火の玉がぶつかり、周囲に火の粉が弾けた。黒煙が一瞬だけ上がる。焦げた匂いが鼻腔を刺したが――。


「……効いてないな」


 魔物は苦悶の声もあげず、身をよじることもない。ただ粘りつくように地面に張りついていた。


 焦げたような跡はついたが、それだけだった。あれほどの熱をまともに受けたはずなのに、肉が爛れることも、体勢を崩すこともない。


「なら、次だ」


 口の中で詠唱を組み直す。もっと効率的に火の精霊たちを呼び出す言葉を選び、魔力の流れを整える。脳裏に赤き炎が円を描きながら広がる光景を描く。


『紅き精霊たちよ。集い集いてかの場所で踊り狂え……コンバスション!』


 次の瞬間、グレイアームズの周囲に火の粉が散り、円を描くように舞い上がった。それらはやがて赤い炎となって地面を這い、狭い範囲を高温で包み込む。周囲の草木には火は移らず、魔物だけを焼くための精密な炎だ。


「……やば、あの魔法」

「ふつうに消し炭になるやつだな……」

『人には絶対使えませんわ』

「だなあ」


 アイレの少し引き気味の声色に、俺は苦笑する。以前、穴ウサギの魔獣にこの魔法を使った時は、本当に魔石しか残らなかった。生物を瞬時に炭化させる力――それがこの魔法の本質だ。

 炎はしばらく地面を舐め、やがて収まっていく。熱気が皮膚を撫で、頬に汗がにじんだ。


 しかし――。


「……生きてる」


 グレイアームズは、焦げた体を引きずりながらも、まだその場にあった。腕の一本は炭となって崩れ落ちていたが、胴体は形を保ったままだ。


「だめか……」

「いや、効いてはいるよ。再生が遅くなってる」


 クェルが指差す先、細い腕の断面はじくじくとした再生を繰り返していたが、その速度は明らかに鈍っていた。火は有効――だが、この程度では足りない。もっと高温でなければ。


「カエリ、今の魔法をもう一度やる。温度をさらに上げてくれ」

『おっ! 僕の出番!?』


 カンテラの中から飛び出したカエリが、炎の羽を揺らしながら宙を舞う。その小さな顔が興奮で輝き、「やるぜやるぜー!」と弾んだ声をあげる。


 よし――と思った、その時だった。


「っ!?」


 グレイアームズが突如、地面を弾くように跳ねた。まるでばね仕掛けの人形のような、異様な速度の跳躍。黒灰色の塊が視界を掠め、森の奥へ一直線に逃げる。


「逃がすか!」


 土が爆ぜる音と共に、クェルが地を蹴った。疾風のように駆け、瞬く間に魔物へと肉薄する。振り下ろされた長剣が複数の腕を叩き斬り、灰色の肉片が宙を舞った。


 だが、グレイアームズは怯むことなく、不規則な跳躍を繰り返す。まるで逃げることだけに特化した生き物のようだ。


『逃がしませんわ』

『逃がさないよー』

『……ん、逃がさない』


 風、水、土の精霊たちの声が重なった瞬間、突風が林を揺らし、魔物の体が空中で揺さぶられる。軌道がわずかにずれ、次の瞬間――。


 ドボンッ!


 派手な水音と共に、魔物は池に落ちた。水面を叩き、激しくもがく。


『水の中は苦しいですよー』


 シュネの得意げな声が届く。水流が魔物の動きを封じているのだろう。必死にもがき、ようやく池の縁にたどり着いたそのとき、足――いや、複数の腕が泥に沈み込んだ。


『ん。逃がさない』


 泥は硬化し、石のように固まって魔物の動きを封じる。ポッコの仕業だ。灰色の腕がきしむ音を立てる。


『主、今だぞ!』

「お、おう!」


 カエリの声に押され、再び詠唱を紡ぐ。火の粉が舞い上がり、コンバスションが発動。だが今回は違う。カエリが『むむむむむむ……!』と力を込めている。


「うおっ……」


 炎が赤から白へと変わり、凄まじい熱が辺りを満たす。視界が歪み、空気が悲鳴を上げる。魔物はその熱に形を保てず、ぐずぐずと崩れ落ちていく。まるで雪像が真夏の日差しに晒されるように、音もなく溶けていく。


『――ッ!?』


 耳をつんざく、金属を無理やり軋ませたような不気味な音。悲鳴とも機械音ともつかないその音に、反射的に耳を塞いだ。


 やがて音は途切れ、静寂が戻る。


「カエリ、どうだ?」

『もう死んだと思うぞ! 火の中に残ってるのは魔石だけだ』


 魔法を解くと、焦げた土の中央に、灰色の魔石がひとつ、ぽつりと残っていた。


 ……これって。


 それを見た瞬間、ぞわりと背筋が寒くなった。どこかで見たことがある。いや――俺が飲み込んだことがある魔石だった。


 以前、ハンシュークの魔石屋で手に入れたダンジョン内産の魔石。形は違うが、質感や色合いは酷似している。あのときは、飲み込んだ後しばらく気分が悪くなった。でも、時間が経てば何事もなかったかのように戻った。


 ……まさか?


 目の前の不気味な魔物の魔石と、俺が飲み込んだ魔石が同じものだったとしたら――。


「どうしたの、ケイスケ?」

「いや、なんでもない」


 慌てて首を振る。今は考えるべきときじゃない。まずは事実として、この魔物を倒せた。それだけで十分なはずだ。


「なんにせよ、倒せたな……」

「そうだね! 流石ケイスケ!」

『サスガ! サスガ!』


 クェルの明るい声と、レガスたち飛竜の賑やかな称賛。俺は思わず、照れくさくなって頭をかいた。


 ただ、胸の奥に残る違和感――。

 あの灰色の魔石が、ダンジョンの魔石と酷似しているという意味。


 今はまだ、考えないことにした。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ