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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」

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第百三十四話「沼に潜むもの」

 俺達はレガスの背に乗り、空を駆けた。風を裂いて進むそのスピードは凄まじく、数十秒で目的地が見えてきた。

 眼下には、まばらに木が茂っている土地が広がっている。森と呼ぶには木々が足りないが、かといって荒野とするには草や緑も多い。強いて言えば──そう、サバンナだ。広く、開けていて、どこか乾いた印象を与える大地。


『主、あの池のあたりですわ』

「……あの池か?」


 俺が指を差すと、アイレが頷く。


「カエリ、熱反応はあるか?」

『んー。生き物みたいな熱は感じないぞ。完全に隠れてるな、これ』

「……ってことは、やっぱ池の中か」


 無意識に眉が寄った。あの池の中にいるというのか。どこか不穏な気配を漂わせていた池。透明度の低い水面。魚の死骸が何匹も浮かび、虫一匹いない。淀んでいるだけじゃない。何かが、この池全体を支配しているような、重苦しい空気を感じた。


『主、周囲にも反応はありませんので、やはり魔物は池の中、ですわ』

「……なるほど。じゃあ、念のため──シュネ、池の中、探れるか?」

『わかりますよー。確かに魔物は、あの池の底に潜んでますー』

「確認、ありがとう」

『いえいえー』


 俺たちは飛竜の背から降り、池のほとりに静かに着地する。瘴気を感じ取ったクェルが、腕を組んだまま鼻をひくつかせた。


「ケイスケ、これが魔物の瘴気だよ」


 言われるまでもない。池から立ち上る空気は明らかに異常だった。目に見えるわけじゃない。でも、肌が拒絶反応を起こす。呼吸をするたびに体内に何かが入り込むような、そんな錯覚。

 カエリがカンテラの中でつぶやいた。


『これは、結構濃いな……。耐性がなきゃ近づくだけで気持ち悪くなるかも』


 俺とクェル、そして飛竜は、できるだけ距離を取って観察を続ける。


 と、そのとき。池の水面が不意に波打った。風はない。自然現象とは考えにくい。


「来る……!」


 クェルが長剣に手をかけた。そして池の中央、死んだ水の中心から、異様な影が姿を現した。


 ──魔物だ。


 一目見て、脳が警鐘を鳴らした。


 生理的嫌悪感。ぞわりと背筋を走る寒気。目を逸らしたくなるような異形。

 灰色のぬめりを帯びた肉体。胴体からは大小さまざまな腕が、数えきれないほど生えている。長い腕、短い腕、太い腕、細い腕。胴体のあらゆる部位から、まるで樹木の枝のように無数の腕が伸びている。

 頭はない。足もない。足があるべき場所にも腕。首があるはずの位置にも腕。

 腹は縦に裂けており、そこには歯がびっしりと並んでいた。ぎざぎざの、まるでノコギリのような歯列。吐き気がこみあげるほど、気持ち悪い。

 その姿は、まるで出来の悪いホラーゲームに出てくるような、気味の悪いモンスターそのものだった。


「うわぁ……これは……」


 思わず、クェルが引いた。


「なんか……無理……」


 普段どんな状況でもヘラヘラしているクェルですら、言葉を詰まらせている。正直、俺も似たような気分だった。見ているだけで体のどこかがおかしくなりそうな、そんな生理的な嫌悪。


 でも──。


「行くぞ。あれが毒を撒いた張本人なんだろ?」


 俺の言葉に、レガスが「ギィ」と低く唸った。

 怒りは、恐怖をも凌駕する。そうだ、今は俺がいる。毒なんて怖くない。やるべきことは、ひとつだけだ。


「ケイスケ、来るよ!」


 クェルの鋭い声が、俺の背を押した。反射的に跳んだ。直後、地面がぐしゃりと潰れる音。さっきまで俺がいた場所には、魔物の巨体が突っ込んできていた。


 ドゥン! と地面が爆ぜる。


 クェルの“爆足”だ。強烈な踏み込みによって地面を砕きながら、一気に魔物の側面へと回り込む。


「ヤアアアアアッ!!」


 いつも飄々としている彼女が、咆哮と共に剣を振るう。重たい風切り音のあと、魔物の腕がひとつ、吹き飛んだ。


 さらに、二本目、三本目。


 だが――。


「くっ……きりがない!」


 落ちたはずの腕の切断面から、新たな腕がにゅるりと生えてくる。再生速度が異常だ。


「……駄目だね、ただ切っただけじゃ、再生してきりがない」


 俺の隣に着地したクェルが、剣を肩に担ぎながら息を整える。


 仮称――グレイアームズ。とりあえず、そう呼ぶことにしよう。


『オレタチモ タタカウ!』


 上空から、レガスの声が響く。飛竜たちが一斉に魔物に襲いかかっていく。

 巨大な爪が腕を引き裂き、ちぎり、放り投げる。何体もの飛竜が連携して、巨体を地面に転がしていく。


「よしっ……!」


 だが希望が差したのは束の間だった。魔物は転がされながらも、細長い腕をいくつも地面に突き刺して、動きを止めた。

 アンカーのように、腕で自身を地面に縫い付けている。


「飛竜の攻撃でも、もう押しきれない……」


 実際、飛竜たちの攻撃はその表皮をかすめる程度になり、もはや小さな腕をもぎ取るのが精一杯になっていた。


「ちょっとどいて!」


 クェルが飛竜たちを退かせ、自ら斬りかかる。だが結果は同じ。

 灰色の肉に剣が食い込んでも、切断には至らない。表面が硬化している。


「完全に……膠着状態か」


 飛竜たちも疲弊の色を見せはじめ、距離を取って旋回するようになっていた。

 瘴気が濃くなっている。足元の土が、まるで腐ったようにドロドロに変色しているのがわかる。空気が重たい。息を吸うたび、喉や肺が汚染されているような気がする。実際この瘴気に混じって、飛竜たちを侵した毒が混じっているのだろう。


「……やばいね」


 クェルがぽつりとつぶやく。


「え?」

「このまま倒せなければ、瘴気は増すばかりだし……。あいつ、今も進化してるよ」


 魔物――いや、グレイアームズを見れば一目瞭然だった。

 さっきよりも腕の数が増えていた。特に地面に突き刺している細長い腕は、数が倍以上に膨れ上がっている。まるで触手のようだ。しかも太さも増していて、岩をも砕きそうな迫力を帯びている。


「防御特化にシフトしたってことか……?」


 俺のつぶやきに、カエリが言った。


『あいつ……適応してる……! こいつ、戦いの中で進化してるぞ、主!』


 その言葉にゾクリとした。

 瘴気をまき散らすだけでなく、外敵の攻撃を分析し、即座に対応している。


「これが、魔物……?」



最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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