表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」
130/181

第百三十話「飛竜のかどわかし」

「というか主、番なら俺たちができたのに」


 カエリの何気ない一言に、俺の手がぴたりと止まった。


「……それは思いつかなかったな。次からはお願いするかもしれない」

『おう! 僕たちは寝ることなんてないからな! 任せてくれよ!』


 鼻息荒く張り切る声に、つい苦笑してしまう。


 夜の番なんて、そもそも俺たちがするべきだとばかり思い込んでいたけど、確かに精霊たちは眠らない。物理的な疲れもないし、集中力も切れない。これからはそういう役割も任せていけばいいのかもしれない。旅の効率を考えると、なかなか悪くない発見だった。


 そんなことを考えながら、俺はまだ毛布の中で丸まっているクェルをつつく。彼女は小さく唸りながら、ゆっくりと目を開けた。


「ん~……もう交代ぃ……? まだ寝てていい……?」


 子どものような甘えた声と、無防備な寝顔。栗色の髪がふわりと跳ねていて、寝癖がひどい。戦っているときの切れ味鋭い身のこなしと、今の姿が同一人物だとは思えないほどだ。


「起きてくれ。もう交代の時間だ」

「うぅ……あと三分……いや五分……むにゃ……」

「はい、却下。三秒で起きろ。でないと──」

「ひえっ、分かった分かった起きるーっ!」


 脅しをかける前に飛び起きた。まあ、そのへんの勘だけはやたらいい。

 それから俺は仮眠を取り、夜明けと同時に再び目を覚ます。火を消して野営の跡を片付け、簡単な乾パンとスープで朝食を済ませると、ようやく気持ちも落ち着いた。

 この静かなひとときが、次に訪れる混沌の前兆だったとは、このときまだ誰も気づいていなかった。


 予定通り、俺たちは魔物の探索を始めることにした。


「さて、歩くか」

「おっけー! 体ほぐすのも兼ねて、ね!」


 とはいえ、俺たちがやるのはあくまで“徘徊”であり、実際の索敵は精霊たち──特にアイレとカエリの仕事だった。彼らの探知能力は非常に優秀で、半径数キロ以内なら微細な反応も拾ってくれる。


『主、この辺りには反応ありませんわ。もう少し奥に行ってください』

『あいよ。了解』


 念話で返し、隣のクェルに伝える。


「クェル、もう少し奥に行ってみよう」

「ん、了解。足場も悪くないし、進みやすいね」


 渓谷は深く、底には冷たく澄んだ川が流れていた。水面には朝の光が反射し、ちらちらときらめいている。ときおり水飛沫が飛び、小さな虹が浮かぶのが見えた。


 周囲は広葉樹を中心とした豊かな森で、ところどころに針葉樹が混じっている。地面には湿った落ち葉と苔が広がり、足音が吸い込まれていくようだった。空気は少しひんやりしていて、深呼吸すると肺の奥まで冷たさが染み込んでくる。


 その上空には──。


「キュエエッ!」

「キエエエー!」


 何匹もの飛竜が、渓谷の上を旋回していた。大きな翼をはためかせ、時には岩肌すれすれを飛び抜け、時にはこちらを一瞥するかのように、低空でぐるりと旋回していく。


「……なんか、ほんとに喋ってるみたいだな」

「飛竜って頭いいんだっけ? ……ってか、また来たよ。あーもう、うっとうしいなー」


 一際大きな影が、俺たちのすぐ横をすれすれに通過していった。突風のような風圧で体が一歩押し戻される。視界の端に、大きな翼と鋭い爪がちらりと映る。


「びっくりさせられるよな……。わざとやってるのか?」

「あいつら、威嚇してるのかな? それとも単に遊んでんのかなー」

「クェルはどう思う?」

「んー……なんとなくだけど、嬉しそうなんだよね。こう、テンション上がってるっていうか……興奮してる?」


 なるほど。確かに、彼らは飛び抜ける前に鳴き声を上げている。キュエエッ、と甲高く、弾んだ声色で。まるで、俺たちの反応を見ているようだった。

 俺たちは上空を警戒しながらも、歩を進めた。数度の通過を経て、次第に驚かなくなり、しまいには──。


「無視無視」


 クェルが顔を上げることすらやめて、無関心を決め込む。その様子を見て、俺も真似をする。案の定、飛竜たちは何度も上を通過するだけで、特に害はなかった。


「あははは……。まあ、それが正解っぽいな」


 俺たちは探索を続けた。森の風景に大きな変化はなく、精霊たちからも新たな反応はない。鳥のさえずりと風の音、そして周期的な飛竜の鳴き声。繰り返される同じリズムに、意識が少しずつぼやけていく。


 ──それが、油断だった。


「キュエエエ!」


 まただ、と俺は思った。どうせ今回も──そう思って、完全に無視した。

 しかし次の瞬間、世界が傾いた。


「……は?」


 ふわり、と身体が浮く。いや、引っ張られた。何かが俺を、強引に持ち上げていた。


「うおおおおおおい!? ちょっ、なんだこれ、攫われてる!? マジかよ!!」


 背中の服が引きちぎれそうなほど引っ張られている。視界が一気に開けて、足元の大地があっという間に遠ざかっていく。周囲の木々がミニチュアのようになり、風が耳元をビュウビュウと唸っていた。


『主!? 主、しっかり! 飛竜に攫われています!』


 アイレの声が念話で飛び込んでくる。だが、そんな冷静な報告など、このパニックの前には焼け石に水だった。


「クェルーッ!!」


 絶叫とともに、地面を見る。そこには豆粒のように小さくなったクェルが、ぽかんと口を開けて突っ立っていた。


「なにやってんのケイスケーーーッ!? おいこら飛竜、ちょっと降りてこいコラーーー!! ぶっ飛ばすぞゴラァ!!」


 クェルの大声が聞こえてくるが、流石の彼女もこの高さまでは跳んでも届かない。


『主! いま、風の精霊で減速の術式を準備しています! 落下に備えてください!』

「落下!? やめろやめろおおおお!? 落ちるとか嫌だってば!!」

『……冗談ですわ』

「こんな状況で冗談やめてくれぇぇぇぇぇっ!!」


 俺の悲鳴は、渓谷の空に虚しく響き渡った。体はまだ上昇を続け、飛竜の腹がすぐそこにある。まさか、本当に連れて行かれるとは……。

 どうするよ、これ……。


「キュエエ……」


 飛竜が小さく俺に向かって鳴いたような気がした。


 まるで、「申し訳ない」とでも言うように。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ