第十三話「一夜明けての異変」
朝日が昇る。
俺はまぶたをゆっくりと開き、微かな痛みを覚えながら体を起こした。
あの後極度の緊張から放たれた俺は、ゴンタの体を縛る縄を解くと、そのまま気を失ってしまった。
夜の間に多少の回復はしたものの、まだ体の節々が軋むように痛む。頭を強く打ったせいか、一瞬視界が揺れたが、すぐに収まった。
隣ではゴンタが寝息を立てている。彼の呼吸は落ち着いていて、特に異常はないようだった。
昨夜の出来事を思い出し、俺は思わず息を呑んだ。
ドラゴン――。
あの圧倒的な力でゴブリンたちを蹂躙し、俺たちを視認し、確かにこちらへ近づいてきた。
だというのに、何もしないまま飛び去った。
「なぜ……」
呟くが、当然答えはない。
俺たちが生きている――それだけが、今確かな事実だった。
ふらつく足取りで立ち上がり、昨夜の殺戮の場となった場所を見渡す。
朝日が斜めに差し込み、その光に照らされた光景はまるで天災の後のようだった。
地面は深くえぐれ、巨大な爪痕が刻まれている。
倒れた木々が無造作に散乱し、根こそぎ吹き飛ばされた樹木もある。
ゴブリンたちの死体は原型をとどめておらず、黒い血が泥と混じり合い、不気味な色をしていた。
空気には鉄臭い血の匂いが漂い、それが喉の奥をざらつかせる。
「すさまじいな……」
俺は呆然と呟いた。
これがドラゴンの力――規格外の破壊。
もし、あれが俺たちを敵と見なしていたら……そう考えただけで背筋が凍る。
不意に、小さなうめき声が聞こえた。
「……ウゥ」
ゴンタだった。
彼はゆっくりと目を開け、眠りから覚めようとしている。
「ゴンタ、大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼は顔をしかめながら頷いた。
「アア……ナントカ……」
呂律が少し回っていないが、意識はしっかりしている。
体の状態を確認すると、打撲や擦り傷はあるものの、骨折や筋の損傷はなさそうだった。
「良かった。……とりあえず、荷物を探さないとな」
「ウン……」
ゴンタはゆっくりと起き上がり、俺と一緒に周囲を探し始めた。
――ゴブリンたちとの戦いで荷物は散乱してしまったが、運よくいくつかは無事だった。
半分土に埋もれたスマホを見つけたとき、俺は思わず安堵の息を漏らした。
「お、あったあった、良かったー!」
慎重に拾い上げ、土を払い落とす。
画面は割れていないし、外観にも大きな傷はない。
電源が落ちていたが、ボタンを押すとロゴマークが浮かび上がった。
「動く……よかった……」
スマホが生きている。それだけで、少しだけ心強く感じる。
ネットには繋がらなくとも、時間の確認、メモ、辞書機能――これだけでも、この異世界では十分貴重なツールだ。
食料の方は、俺たちの持っていたものはほとんどゴブリンに食べられてしまっていた。
それでも、わずかに残っていた食料を回収することができた。
「死体はどうする?」
荷物を集め終えた俺は、周囲に転がるゴブリンたちの亡骸を見ながらゴンタに尋ねた。
正直、埋めるつもりはないが、このまま放置すれば獣を引き寄せかねない。
もしかしたら、異世界定番の、死体がゾンビとなってしまうことだってあるかもしれない。
しかし、ゴンタはゆっくりと首を振った。
「イイ。シバラク、ナニモ、コナイ」
「どういうことだ?」
「ドラゴンノ、チカラ……ノコッテル」
……なるほど。
俺は納得した。
この世界には魔法のようなものが存在する。ならば、ドラゴンが残した「何か」が、ここを危険な場所として他の生物を遠ざけているのかもしれない。
「それなら放置でいいか……」
ゴンタが頷く。
俺たちは最低限の荷物をまとめ、すぐにここを離れることにした。
ふと手元のスマホを確認する。
そろそろ起動が完了しているはずだ。
「さて……起動したかな?」
軽い気持ちで画面を覗き込んだ瞬間、俺の思考が停止した。
「……え?」
画面には、見慣れたシステムメッセージが表示されていた。
いや――以前ならば見慣れていたはずのものだった。
そこに映し出されていたのは――。
『アップデートが完了しました』
俺は、しばらくそれを凝視する。
……あり得ない。
ネットに繋がるはずのないこの異世界で、なぜシステムアップデートが行われた?
誰が? どうやって?
「……アップデートが完了しました、だって!?」
驚愕の声が、静かな森に響き渡った。
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