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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」
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第百二十九話「念話」

「でもその過去の火の精霊の契約者たちって、何をやったんだ?」


 夜の静けさの中、焚火の明かり越しに訊いた。ぱちりと爆ぜる薪の音と、風の音。クェルの姿が炎の明かりで浮かび上がっている。


「そうね、詳しくは知らないけど……大体が町を焼き払ったとか、森を焼き払ったとか、そんな感じって聞いてるよ」

「……まあ、火の精霊の本領発揮って感じだな」

『主がやりたいって言うなら、やるぞ!』


 カエリの声が辺りに響いた。やる気満々すぎて、逆に怖い。


「いやいや、やる気まんまんなのはまずいから。町を焼き払うとか、しないから」

「あはは、まあ頼むよ? 相棒が犯罪者とか、面倒だからさ」


 クェルは軽く笑いながらそう言った。


「……ん? 面倒なだけ?」

「え? だって、いろんなとこで追いかけられたりしそうじゃない? 依頼も受けづらくなりそうだし」

「そうなったら普通は解散とかじゃないのか?」

「えー? そんな、もったいないよ」

「もったいない……」


 俺が犯罪者になっても、その程度の反応なのか……。いや、クェルだしな。あんまり世間の評価とか気にしないタイプだし。

 でも、不思議と嬉しかった。たとえ俺が何かやらかしたとしても、そばにいてくれるって、そういう覚悟みたいなものを感じたからだ。……まあ、たぶん彼女は深く考えてないだけかもしれないけど。


  それにしても火の魔法って、どうしても破壊に向きがちだ。炎はエネルギーの塊であると同時に、制御を誤れば全てを飲み込む危険性もある。エンジンや火力発電といった技術があれば、火の精霊ももっと活躍の場が広がるんだろうけどな。


 ――いや、待てよ。鍛冶屋とかなら、重宝されるんじゃないか?


 火は本来、破壊より創造にこそ使われるべきだ。鉄を打ち、道具を作り、街を支える。それこそが火の本当の姿なんじゃないか。そう思うと、カエリの力の活かし方はまだまだ模索の余地がありそうだ。


「じゃあ、私は先に寝るね。番よろしく!」

「わかった」


 クェルはそう言って、寝袋に潜り込んだ。

 焚火の炎を見つめながら、俺はふと思い出してスマホを取り出した。カエリが以前、熱を感知できるって言ってたよな。


「熱を感知できるって、赤外線のことだよな」


 スマホの辞書機能を開き、「赤外線」と打ち込む。出てきたのは、赤外線ヒーター、赤外線通信、静脈認証……あまりこの世界で応用できそうな情報はなかった。でも、もし赤外線カメラみたいなことができれば、まだら熊の魔獣も簡単に見つけられるかもしれない。


「……あれ? となると」


 思考がある一点で繋がる。以前リラが使ってくれた不可視化の魔法――あれは確か、光の屈折を利用して姿を見えなくするものだった。ということは、熱は消えていない?

 クェルは匂いや音にも気づいていたし、バレる要素って実は結構多いんじゃないか。


「カエリ、俺の体から出てる熱を、感知されないようにすることってできるか?」

『ん? 主の体の熱を、わからなくさせる? ……できると思うぞ』

「お! そうなのか」


 そう言った直後、焚火の炎が風もないのに僅かに揺れた。


『効果が出てるか、わかりづらいけど、もうやってみたぞ』

「え? もう?」


 慌てて自分の腕や体を確認するが、特に何かが変わった様子はない。まあ、感知されないだけなら、自分で確かめようがないか。ちょっと不安だけど、信じるしかないか。


「……わからないな。まあいいや」

『また何かあれば言ってくれよ』

「わかった。思いついたらな。ちなみにこの周囲に危険な獣とかの気配はないか?」

『ないですわ』

『なさそうだぞ』


 アイレとカエリの声が重なって、頭に響く。二人とも精霊だから、俺よりずっと感知能力が高い。危険がないって言ってるなら、たぶん大丈夫だろう。

 それにしても、俺も念話が使えたらなあ。いちいち声を出す必要もなくなるのに。スマホがアップデートしてくれないかな、なんて無茶な期待をしてしまう。いや、自力で念話を覚える方法って、ないのか?


 焚火の炎がぱち、と音を立てた。クェルはすでにすやすやと眠っている。その寝顔は、どこか子供のように無防備で、安心して見ていられる。


 考える。

 俺の言葉はいつだって音として発せられ、空気を伝って誰かの耳に届く。でも、あいつら――精霊たちは違う。声を出すまでもなく、俺の頭に直接、言葉を投げかけてくる。

 まるで思考そのものが会話になるかのように。最初は奇妙で落ち着かなかったけれど、今は慣れた。むしろ、羨ましいとすら思う。


「俺にも、念話って使えるようにならないかな?」


 カエリとアイレに、何気なく尋ねてみる。思いつきのような質問だが、心のどこかで本気だった。


『できると思いますわ』

『おう、主もきっとできるぞ』


 ふたりとも即答だった。あまりに自信たっぷりで、俺は思わず苦笑する。

 二人がこうまで言い切るのなら、きっとできる。そう思えた。


「……そうか。で、どうやるんだ?」


 俺の問いに、まずはアイレが答える。


『私は、主に声が届けと思ってやっていますわ』


 カエリも続く。


『僕も同じだな! 届けーって思ってると、勝手に届く感じ!』

「……それって、思ったら叶う的なやつじゃないのか?」


 内心突っ込みながらも、真面目に聞いてみたのにこの有様だ。思えば精霊たちの言葉って、たまに哲学めいていて掴みどころがない。

 軽く頭を抱えながら、スマホに向かって声をかける。


「……シュネとポッコはどうだ?」


 スマホの中のふたりも念話ができる。ならば、彼らの意見も聞いてみよう。


『私もー、二人と同じですー。ふわっと思ってると、届くんですー』

「うん、だよな……」


 言語化が難しいってのはわかるけど、やっぱり抽象的すぎる。

 だが、ポッコの答えは少し違っていた。


『……ん。声を主に指定して送ってる。頭の中で主の居場所を認識して、魔素を通じて届けてる、感じ』

「……なるほど、魔素を通じて、指定、か」


 ようやくヒントらしいヒントがもらえた気がした。たとえるなら、電話をかける時の相手の番号指定。仮想通貨のウォレットアドレスとか、メールアドレスみたいなもんだろうか。


 だけど――俺が念話を送るには、どうやって「宛先」を指定すればいいんだ?

 精霊たちのように、「主」という存在がはっきりしていればやりやすいのかもしれない。


 でも、俺にはそんな自分専用の受信設定なんてない。


「向こうからこっちに届くんだから、逆もできるはずなんだが……」


 頭の中でぐるぐると考えが巡る。だけど、結論は出ない。考えれば考えるほどわからなくなっていく。


 そんなときだった。


『主、わからなければやってみろって!』


 カエリが、勢いよく言った。


「……やってみろ、か」


 思考を止め、ただ実行する。確かに、それが一番早いときもある。


「わかった。とにかく、やってみるよ」


 俺はカエリの姿を見つめながら、魔力を籠めて頭の中で強く思う。


 ――カエリに届け、届け、届け……!


 念じる。全神経を集中させて、頭の中でその姿を思い浮かべる。ただ、それだけをひたすらに。

 最初のうちは、何も起きなかった。


 でも、数分、あるいは十分以上繰り返したころだろうか。


 ふっと何かが繋がった感覚があった。


『あっ! 繋がった! 繋がったぞ、主!』

『えっ、本当に?』


 声は出していない。でも、カエリの反応が頭に直接響いた。


『届いてる届いてる! 主の声、ちゃんと僕の中にある!』

『……マジか! やった! できたんだな!』


 俺は思わずガッツポーズを取りそうになるのを、ぐっとこらえた。声に出さずに会話ができる。それが、こんなにも不思議で、感動的だなんて思わなかった。


 念話――確かに俺にも使えるらしい。


 念話が使えるようになったことで、すぐに他の精霊とも試してみた。姿を現してもらい、アイレにも、シュネにも、ポッコにも声を送る。

 最初こそ戸惑いがあったが、いざ繋がればあっという間だった。


「……できてしまえば、案外なんでもないもんだな」


 それが正直な感想だった。

 ただ、ここで気になるのは範囲の問題だ。どれだけ距離が離れても、この念話は通じるのか? 村と町とか、街と街の間でも可能なのか? 


 そして、もうひとつ――。


「人間相手にも、使えるのか……?」


 俺の声が人間に念話として届くなら、これほど便利なものはない。戦闘中でも声を出さずに指示ができる。仲間との連携も格段にスムーズになるだろう。


「検証、したいな……」


 小さく呟いたその言葉に、応える声はなかった。


 スマホの画面に目をやる。時刻は――午前二時。番の交代の時間だ。


 この件は、また後日試してみるか。その前に俺自身、精霊たちとの念話も完璧にしておきたいし。


 ひとまず念話、取得。

 俺の「できること」が、また一つ増えた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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