第百二十九話「念話」
「でもその過去の火の精霊の契約者たちって、何をやったんだ?」
夜の静けさの中、焚火の明かり越しに訊いた。ぱちりと爆ぜる薪の音と、風の音。クェルの姿が炎の明かりで浮かび上がっている。
「そうね、詳しくは知らないけど……大体が町を焼き払ったとか、森を焼き払ったとか、そんな感じって聞いてるよ」
「……まあ、火の精霊の本領発揮って感じだな」
『主がやりたいって言うなら、やるぞ!』
カエリの声が辺りに響いた。やる気満々すぎて、逆に怖い。
「いやいや、やる気まんまんなのはまずいから。町を焼き払うとか、しないから」
「あはは、まあ頼むよ? 相棒が犯罪者とか、面倒だからさ」
クェルは軽く笑いながらそう言った。
「……ん? 面倒なだけ?」
「え? だって、いろんなとこで追いかけられたりしそうじゃない? 依頼も受けづらくなりそうだし」
「そうなったら普通は解散とかじゃないのか?」
「えー? そんな、もったいないよ」
「もったいない……」
俺が犯罪者になっても、その程度の反応なのか……。いや、クェルだしな。あんまり世間の評価とか気にしないタイプだし。
でも、不思議と嬉しかった。たとえ俺が何かやらかしたとしても、そばにいてくれるって、そういう覚悟みたいなものを感じたからだ。……まあ、たぶん彼女は深く考えてないだけかもしれないけど。
それにしても火の魔法って、どうしても破壊に向きがちだ。炎はエネルギーの塊であると同時に、制御を誤れば全てを飲み込む危険性もある。エンジンや火力発電といった技術があれば、火の精霊ももっと活躍の場が広がるんだろうけどな。
――いや、待てよ。鍛冶屋とかなら、重宝されるんじゃないか?
火は本来、破壊より創造にこそ使われるべきだ。鉄を打ち、道具を作り、街を支える。それこそが火の本当の姿なんじゃないか。そう思うと、カエリの力の活かし方はまだまだ模索の余地がありそうだ。
「じゃあ、私は先に寝るね。番よろしく!」
「わかった」
クェルはそう言って、寝袋に潜り込んだ。
焚火の炎を見つめながら、俺はふと思い出してスマホを取り出した。カエリが以前、熱を感知できるって言ってたよな。
「熱を感知できるって、赤外線のことだよな」
スマホの辞書機能を開き、「赤外線」と打ち込む。出てきたのは、赤外線ヒーター、赤外線通信、静脈認証……あまりこの世界で応用できそうな情報はなかった。でも、もし赤外線カメラみたいなことができれば、まだら熊の魔獣も簡単に見つけられるかもしれない。
「……あれ? となると」
思考がある一点で繋がる。以前リラが使ってくれた不可視化の魔法――あれは確か、光の屈折を利用して姿を見えなくするものだった。ということは、熱は消えていない?
クェルは匂いや音にも気づいていたし、バレる要素って実は結構多いんじゃないか。
「カエリ、俺の体から出てる熱を、感知されないようにすることってできるか?」
『ん? 主の体の熱を、わからなくさせる? ……できると思うぞ』
「お! そうなのか」
そう言った直後、焚火の炎が風もないのに僅かに揺れた。
『効果が出てるか、わかりづらいけど、もうやってみたぞ』
「え? もう?」
慌てて自分の腕や体を確認するが、特に何かが変わった様子はない。まあ、感知されないだけなら、自分で確かめようがないか。ちょっと不安だけど、信じるしかないか。
「……わからないな。まあいいや」
『また何かあれば言ってくれよ』
「わかった。思いついたらな。ちなみにこの周囲に危険な獣とかの気配はないか?」
『ないですわ』
『なさそうだぞ』
アイレとカエリの声が重なって、頭に響く。二人とも精霊だから、俺よりずっと感知能力が高い。危険がないって言ってるなら、たぶん大丈夫だろう。
それにしても、俺も念話が使えたらなあ。いちいち声を出す必要もなくなるのに。スマホがアップデートしてくれないかな、なんて無茶な期待をしてしまう。いや、自力で念話を覚える方法って、ないのか?
焚火の炎がぱち、と音を立てた。クェルはすでにすやすやと眠っている。その寝顔は、どこか子供のように無防備で、安心して見ていられる。
考える。
俺の言葉はいつだって音として発せられ、空気を伝って誰かの耳に届く。でも、あいつら――精霊たちは違う。声を出すまでもなく、俺の頭に直接、言葉を投げかけてくる。
まるで思考そのものが会話になるかのように。最初は奇妙で落ち着かなかったけれど、今は慣れた。むしろ、羨ましいとすら思う。
「俺にも、念話って使えるようにならないかな?」
カエリとアイレに、何気なく尋ねてみる。思いつきのような質問だが、心のどこかで本気だった。
『できると思いますわ』
『おう、主もきっとできるぞ』
ふたりとも即答だった。あまりに自信たっぷりで、俺は思わず苦笑する。
二人がこうまで言い切るのなら、きっとできる。そう思えた。
「……そうか。で、どうやるんだ?」
俺の問いに、まずはアイレが答える。
『私は、主に声が届けと思ってやっていますわ』
カエリも続く。
『僕も同じだな! 届けーって思ってると、勝手に届く感じ!』
「……それって、思ったら叶う的なやつじゃないのか?」
内心突っ込みながらも、真面目に聞いてみたのにこの有様だ。思えば精霊たちの言葉って、たまに哲学めいていて掴みどころがない。
軽く頭を抱えながら、スマホに向かって声をかける。
「……シュネとポッコはどうだ?」
スマホの中のふたりも念話ができる。ならば、彼らの意見も聞いてみよう。
『私もー、二人と同じですー。ふわっと思ってると、届くんですー』
「うん、だよな……」
言語化が難しいってのはわかるけど、やっぱり抽象的すぎる。
だが、ポッコの答えは少し違っていた。
『……ん。声を主に指定して送ってる。頭の中で主の居場所を認識して、魔素を通じて届けてる、感じ』
「……なるほど、魔素を通じて、指定、か」
ようやくヒントらしいヒントがもらえた気がした。たとえるなら、電話をかける時の相手の番号指定。仮想通貨のウォレットアドレスとか、メールアドレスみたいなもんだろうか。
だけど――俺が念話を送るには、どうやって「宛先」を指定すればいいんだ?
精霊たちのように、「主」という存在がはっきりしていればやりやすいのかもしれない。
でも、俺にはそんな自分専用の受信設定なんてない。
「向こうからこっちに届くんだから、逆もできるはずなんだが……」
頭の中でぐるぐると考えが巡る。だけど、結論は出ない。考えれば考えるほどわからなくなっていく。
そんなときだった。
『主、わからなければやってみろって!』
カエリが、勢いよく言った。
「……やってみろ、か」
思考を止め、ただ実行する。確かに、それが一番早いときもある。
「わかった。とにかく、やってみるよ」
俺はカエリの姿を見つめながら、魔力を籠めて頭の中で強く思う。
――カエリに届け、届け、届け……!
念じる。全神経を集中させて、頭の中でその姿を思い浮かべる。ただ、それだけをひたすらに。
最初のうちは、何も起きなかった。
でも、数分、あるいは十分以上繰り返したころだろうか。
ふっと何かが繋がった感覚があった。
『あっ! 繋がった! 繋がったぞ、主!』
『えっ、本当に?』
声は出していない。でも、カエリの反応が頭に直接響いた。
『届いてる届いてる! 主の声、ちゃんと僕の中にある!』
『……マジか! やった! できたんだな!』
俺は思わずガッツポーズを取りそうになるのを、ぐっとこらえた。声に出さずに会話ができる。それが、こんなにも不思議で、感動的だなんて思わなかった。
念話――確かに俺にも使えるらしい。
念話が使えるようになったことで、すぐに他の精霊とも試してみた。姿を現してもらい、アイレにも、シュネにも、ポッコにも声を送る。
最初こそ戸惑いがあったが、いざ繋がればあっという間だった。
「……できてしまえば、案外なんでもないもんだな」
それが正直な感想だった。
ただ、ここで気になるのは範囲の問題だ。どれだけ距離が離れても、この念話は通じるのか? 村と町とか、街と街の間でも可能なのか?
そして、もうひとつ――。
「人間相手にも、使えるのか……?」
俺の声が人間に念話として届くなら、これほど便利なものはない。戦闘中でも声を出さずに指示ができる。仲間との連携も格段にスムーズになるだろう。
「検証、したいな……」
小さく呟いたその言葉に、応える声はなかった。
スマホの画面に目をやる。時刻は――午前二時。番の交代の時間だ。
この件は、また後日試してみるか。その前に俺自身、精霊たちとの念話も完璧にしておきたいし。
ひとまず念話、取得。
俺の「できること」が、また一つ増えた。
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